第16話 聞き込み

「なるほど。この月餅を出したんですね」

「はい。なにか作り方を間違えたでしょうか」


 水と砂糖、酢を火にかけて半分まで煮詰めて転化糖を作る。そのあと、小麦粉(中力粉)に転化糖とピーナツ油を入れる。餡には蓮の実を使う。一晩浸水したら芽の部分はとって茹でてつぶし、こちらもピーナツ油を加えてよく練る。餡を生地で包んで木でできた型で抜いて卵黄液を表面に塗り、鉄鍋で両面を焼いたら完成だ。


「油は新鮮なものを使いましたか?」

「は、はい」

「点心はこの甘いもの(甜点(ティエンテン))を?」

「はい。水晶包(まんじゅう)を」


 どちらもなんの変哲もない菓子だった。作り方もいたって平凡。水晶包は、浮粉点心で餡を包んだんだけであるし、材料にも問題はなかった。半年前に使われた材料は今も残っていて、月花は材料を口に含んだ。こちらに毒の味はしない。


「あ、皇后さま!?」


 ならば、食べるのみだと思った。月花は点心と月餅を大きく一口ずつ口に入れる。甘みと油の味、皮の甘み。毒の味は感じられない。水晶包も、月餅も、いたって普通の味だった、上等な材料だから、そこら辺のものよりも味がいい。さらに料理人の腕もいいから、これはなかなか、雨流はいいものを食べているなと感心する。


「あ、あの、皇后さま。我々は、打ち首になるのでしょうか」

「なぜ?」

「あの宴席で毒を盛ったのがこ、皇帝陛下ではないとしたら、厨房の人間しかありえないと……噂が立っておりまして」

「ああ……まあ」


 今それを調べているとは言い出せず、月花は今度は倉庫番に話しかけた。倉庫番はひと月ごとに変わるらしく、今日の倉庫番は小柄なおどおどした男であった。月花が男を見ると、ひ、と声をあげられてしまった。高貴な人間とは、こうも平民に恐れを抱かせるものなのか。雨流はどんな気持ちで玉座に座るのか、月花はそんなことを考えた。


「倉庫の鍵を貸してもらいに来たんですよ、そういえば」

「な、なんだぁ。そうでしたか。あの宴席の菓子を作れとお命じになったので、てっきり厨房を疑っているのかと」

「えっと……そ、それは、陛下のお好きな食べ物を知りたいなと思って」

「さようですか! 皇后さまへの陛下のご信頼は厚いと伺っております。そうですね。陛下は月餅と点心のほかに、カリーという、そう、なんでも都から五里離れたところにある小料理屋のカリーが痛く気に入っておられるようでした」


 それは初耳だった。いや、確かに半年ほど通っていたが、それは月花の料理の腕と知識を確かめるために通っていたのであって、料理は二の次だと思っていた。雨流はどうやら、下心なしに月花の料理を楽しんでいたらしい。それはそれでうれしいのだが、そこまで気に入っているのなら、月花を皇后になんて召し抱えないでほしかった。


「そうなんですね、ほかには?」

「ほかには、そうですね。山菜などお好きですよ。反対に、塩辛いものは好まれません」


 なるほどそれは、五行にも出ていた。あの皇帝は火の気が多いので苦いものが好きであろうし、水が全くないので鹹味は苦手だっただろう。だから月花は雨流にみそ汁をよく出したし、カリーも味を濃いめにした。


「そういえば。陛下は最近、穏やかになられた」

「ああ。そうだな。あのカリーの店に行き始めたころからだよな」


 すべては五行によって語られているのだと、月花は言いたいのを我慢するのに必死だった。



 倉庫番から鍵を預かって、鈴を引き連れて倉庫に歩く。倉庫は厨房の少し先にあって、木の戸に鉄の錠がはめられている。なんでも、皇帝の宴に使う、様々な珍しい器が保管されているとかで、月花は、せめて器を壊さぬように注意しようと思った。でなければ、倉庫番の男が罰せられる。月花の失態は月花ではなく、下々のものにしわ寄せがいく。月花は皇后という立場の責任の重さを痛感する。

 錠を開けて、重厚な扉を開けると、何十の美しい器が飾られていた。陶器、銀製、アルミ製など、素材は様々だった。


「アルミ製の、女神の彫刻の器……あ、これか」

「わ、月花さま、美しいですね」


 落とさないように手に取る。大きさは、五十人分の飲み物が一気に入るくらいだ。外は美しい女神が彫られており、内側には一切の腐食がない。西洋のものだとわかるのは、彫刻の女神が写実的だからだ。エイジアの方では、しばしば人間の絵や彫刻は、抽象的なものが多い。対して西洋では、本物の人間をそのままに書き写すから、文化の違いとは面白いものだと月花は旅の中でしみじみと思った。


「腐食の跡はない……だったら、なんで食中毒が?」


 月餅や点心での食中毒もあり得るが、あの厨房の料理人たちが不正を働いたとは思えなかった。ならば、腐食した金属が最も濃厚な線だった。そもそも、月餅や点心を食べる前に、乳酸飲料のみの摂取でその事件は起きたと聞いている。この器にもう一度乳酸飲料を入れるのも一つの方法だ。


「でもなあ、証明する方法がないし」

「皇后さま?」

「鈴。この器に乳酸飲料を入れて飲んでみたいのだけれど」

「なぜですか?」

「うん。銅の食中毒が本当に起こるのか確かめたくて」

「え!?」


 鈴がアルミの器を月花から奪う様に取る。


「なりません! そのような危険なこと! 皇后さまは陛下のお妃さまなのですよ!?」

「はは、じょ、冗談だって……うーん、もう少し聞き込みかな」


 月花がごまかす。鈴はぷりぷりしながら器を元の位置に戻す。月花がアルミの器をとらないように見張りながら、


「皇后さまはなにかお調べで?」

「や、鈴は気にしないで」


 いったんアルミの器から離れて、月花は再び厨房へと足を向ける。実際に確かめられたらよかったのだが、そもそも倉庫には、器の数を確認すると嘘をついて出てきたため、月花がそれを持ち出せるはずもなかった。ましてや、乳酸飲料を器に注ぐなど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る