第11話 衣選び
午後になって、月花は再び桜花楼に足を踏み入れる。ともに、淑媛・宇露妃と、容華・美姫妃もいる。月花の黄色と薄紅色の襦裙に対し、宇露は銀糸を織り込んだものを、美姫は朱色の西洋の輸入物の絹の襦裙を身にまとっている。月花がこの二人に見劣りしないのは、なにも化粧だけのおかげではない。
「時にソナタ。今度の皇后選びに着ていく襦裙をあつらえなければならないわけだが」
「ええ、いいですよ。後宮の衣はあたたかくて軽いですが、どれも好きではありません」
「そういう問題ではない。寸法も見ねばならないし、この機会に十着ほどあつらえるとしよう。入れ」
月花に与えられた宮は、月花の名前にちなんで月の宮と呼ばれている。そこに、皇帝が頻繁に出入りするものだから、月花の肩身は恐ろしいほどに狭かった。月花は恐縮しながら立ち上がらされ、下女が月花の身の丈と裄、肩幅を計っている。身長は低く、手足は平均的な長さだ。月花の背が低いのは、平民ならばなにも珍しくはない。平民は今でも食うや食わずの毎日で、粟やひえで空腹をしのいでいる。最近は、あの食中毒を起こした爆の食べていたじゃがいもも平民に広がり、しかし、炭水化物ばかりの食事は、五行が土に偏ってよくない。憂いの症状が強く出るし、脾臓、つまり消化管を傷つけるから、免疫が弱くなる。
月花の採寸が終わると、雨流があらかじめ呼んでおいた絹商人が月花の宮に足を踏み入れた。
鈴がはあ、と感嘆の声を上げる。
「うつくしい絹ですねえ。こちらは刺繍がしてあります」
「国一番の商人を呼んだ。ソナタの好みはどれだ?」
どれだ、と聞かれても、月花には答えられなかった。これが食材だったのなら、すべての匂いを嗅ぎ、上等なものをかぎ分けることができるのに。あいにく目の前にある絹を口に含むわけにもいかないし。月花はややひきつった笑いを浮かべている。
「ソナタ、女人は美しいものが好きだと思っていたが、うれしくなかったか?」
「私は着飾るよりも料理がしたいのです……しかし、選ぶならこれを」
一番安そうな黄色の、月花の名前である月を表す黄色を選んだ。小さいころはよく、母親が月花に言ったものだ。「月花はお月さまから名前をいただいたから、黄色が一番よく似合うわ」
別に、名前に月が入っていなくとも、月花に似合う色は黄色だっただろう。人にはどうも、向き不向きな色があるようで、例えば、月花に寒色は似合わない。線の細い襦裙よりも、かさのある襦裙のほうが似合うのは確かだった。しかし、かさのあるものとなれば、それなりに布の量が増えてしまうので、ここでは雨流には伝えないことにする。
「うん、薄紅色に黄色。ソナタにはこれがよく似合うな。見る目もあるようだし」
「見る目?」
月花が反芻すると、雨流はにこりと笑って月花に顔を寄せた。下女の鈴や華女官には聞こえないように、月花の耳元に手を添えて、
「この絹がこの中で一番値が張る」
「な……じゃ、じゃあ私、こっちの寒色の方にします!」
月花が慌てて手に取ったのは、水色の襦裙である。襦が淡い青で、裙が濃い青。雨流はふうんと頷いて、その布を月花の体にあてがった。
「この色は、顔色がくすんで見えるが?」
「そ、それは」
「月花さま。わたくしも先ほどのお色のほうが、お似合いになられると思います!」
鈴が嬉々とした表情で助言して、華女官も先ほどの絹織物を手に、月花の顔のしたに布を当てた。
「わたくしも、そう思います、月花さま」
華女官までもが雨流を肯定し、月花は逃げ道を失った。たらたらと冷や汗が流れる。こんなに高い絹を買い付けて、それを月花の襦裙に仕立てたとなれば、また噂が広がってしまう。そもそも、平民から美人の位に抜擢されてただでさえ悪目立ちしているのだから、もうこれ以上悪くなることもないだろうか。
「はは、じゃあ、これで。ほかはいりませんよ!?」
「なに、一着あつらえるのも二着あつらえるのも手間は同じ。華女官」
「はい、陛下」
「このものに似合う色を慎重に見定め、十着ほど襦裙をあつらえよ。なお、皇后選びの席には、先の薄紅色と黄色の襦裙にするように」
「御意にございます」
華女官は雨流の信頼も厚いらしく、雨流は華女官にきつく言い残して、部屋を出ていった。あの皇帝は暇なのだろうか。こうやって二日に一回は月花の宮に来て、なにかと月花を困らせる。華女官が残りの絹織物を月花の体に当てていく。結局、暖色の絹のすべてで襦裙をあつらえる段取りをつけて、華女官は満足げに頷いていた。
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