第9話 皇后選び
後宮の桜花楼に集められた女性たちは、みな美しく、着ている衣も上等なものだった。月花はその名に月を冠することから、淡い黄色の襦裙を身にまとっている。襦に薄紅色を持って来て女性らしさを出し、裙には淡い黄色で月花らしさを表したのだ。また、月花の女性としてのとりえと言えば、この大きな胸くらいで、その体型の良さはほかの姫に引けを取らない。なにより、後宮にはさまざまな女官が配属され、化粧なら化粧、厨房なら厨房、洗い物なら洗い物と、その道を極めた者たちがいるのだから、美人の位である月花に化粧を施す女官の腕は、なるほど大したものである。
おしろいで肌をより白く見せ、頬紅はうっすらと、目の際には切れ長の線を長めに引いた。紅は真っ赤な、しかし上品なものを。結果、出来上がった月花はそこら辺の姫となんら変わらぬ美しさを持ち合わせていた。月のようです、と鈴が零した。
「ああ、本当にお化粧って匂うから好きじゃないのよ」
「そう言わずに。月花さま、よくお似合いです」
「でも、これじゃあ料理の味がわからない」
今日はお茶会をしながらの試問なのだという。つまり、お茶の作法も見られるのだ。本当に面倒な皇帝陛下だと月花は内心で悪態をついた。しかしフルフルと首を振って、心の中とはいえ不忠を謝った。謝ったけれど、悪いとは思っていない。本当に寝耳に水なのだから仕方がない。月花は自分なんて皇后の器ではないと思っている。
「それじゃあ、行ってらっしゃいませ、月花さま」
「行ってきます」
長い裾を踏まないように、開け放たれた扉をくぐる。シャラシャラと簪が揺れている。金色の簪はやはり、月の形のものを選んだ。そこから下がるサガリが揺れて、耳や頬に当たってくすぐったい。扉をくぐった先には、御簾がある。その先には既に皇帝や先帝、皇太后が座っていて、先に集まった妃嬪や貴族たちが月花を振り返り噂する。
「カリー姫が来たわよ」
月花は毅然と振る舞い、噂話など耳もくれない。自分に宛てがわれた席に座る。ふわりと香る茶の香りに、懐かしさを覚えたのは事実だった。
「我が渓国では、今後は西洋との貿易に力を入れようと思っている。よって、本日は茶の作法を見ることとする」
嗅いだことのある香りは、発酵した茶葉の香りだ。わが国でも烏龍茶は好んで飲まれるが、それと同じ種類のお茶である。渓国では茶葉を発酵させて烏龍茶にするが、西洋では同じ発酵でも烏龍茶よりも早く発酵を止めるし、隣国羽国では発酵自体をせずに、そのまま煎じて飲むのだという。羽国では緑色をしているから緑茶と呼び、西洋では赤色だから紅茶と呼ぶ。実際この三つは同じ茶葉から作られても、味も香りも全く違う。緑茶は甘みが強く、渋みと旨味が強い。紅茶の香りは甘さの中に香ばしさが混じり、味は明快に程よい渋みがある。とくに香りがいいから、果物などを合わせると甘みと香りが相まって、間食にもちょいどよい。烏龍茶はしっかりとした発酵による深い香りと、油こい食べ物に合わせると油が流れてさっぱりする。消化も助けるから食事には欠かせない。
「まあ、美味しそうなお茶だこと」
茶葉が茶筒に入っている。つまり、茶を急須に淹れるところから見るらしかった。
最初に動いたのが同じ美人の位の春夜(はるや)妃だった。茶葉を茶筒からそのまま急須に入れて、お湯を一度湯のみに入れた。これは烏龍茶や緑茶を淹れるときのお湯の温度が八十が適温とされているからだ。しかし、西洋の紅茶の適温は百度だ。高温で淹れると渋みが強くなり、低温だと甘みが引き立つ。
傍で見ていた八嬪の一人である淑妃が、すました顔で沸騰したばかりのお湯を急須に注いだ。しかし、茶葉の量が適切ではない。
さて、月花はと言えば、まず茶筒から茶葉を匙に山盛り二杯、急須(ポット)に入れた。そのまま、沸騰したお湯を四人分注いで、蓋をして、そばにあった布(ティーコゼー)をかぶせた。今回の茶葉は大きい為、蒸らし時間は三、四分だ。ここに置いてある砂時計が落ちる時間がそれだった。紅茶にはこの蒸らし時間が重要となる。蒸らす間に茶葉が上下(ジャンピング)すると、よく味が出ると言われている。
月花以外にも紅茶を知っている貴嬪は何名かいて、そのどれもが同じように紅茶を淹れ、皇帝と皇太后、先帝の前へと差し出した。蒸らした茶葉は、濾し器で濾しながら湯のみ(ティーカップ)
に注ぐ。この時、最後の一滴(ゴールデンドロップ)が一番美味しいとされるため、一滴も残さず注ぐのがコツだ。
上座に座る雨流を恨めしく見ることもかなわず、しかし、職業柄か、先帝の体調不良がどうにも気になってしまう。ティーカップの取手は、指を入れてはならない。ぬるいという意味になる。だから、取手を挟むように持つのだ。皇帝も先帝も皇太后もさすがその点危なげなく、すべての紅茶を飲み、三人で話を合わせる。
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