第17話 推考

 捕縛されたクリューニ男爵の醜態は、塔の上から血気盛んなオーディエンスたちに向けて、盛大にお披露目された。

 雇い主であり、所属する傭兵隊の長が囚われては、士気の低下は著しい。副将のデオラは、戦闘の続行を諦め、ただちの撤収を決断した。

 農民兵たちは、愚痴をこぼしながら、傭兵たちに続いて砦を去って行く。

 ひとまずの停戦状態となった。


 城代の間に引き出されたクリューニは、ラバーニュ卿以下、騎士たちに囲まれた中で、膝を折られる。

 髪は乱れ、頬には煤がつき、自慢の口髭はアンバランスにへし曲がっていた。

「余の兵たちは、死んだのか?」

 城代は、苦々しく呟くクリューニ男爵の顔を冷めた視線で見つめると、やや間を置いてから返答する。

「お前の執着は、有能な私兵というわけだ。なるほど、当然と言えば、当然か」

 男爵は視線をあげ、視線の槍で城代を刺し通さんばかりに睨みつける。

「おいおい、おっかねぇな。そう睨むなよ。17人のお前の部下たちは、全員無事だ。何事もない。何をする暇もない。何せ投獄の二刻後には、すでに全員捕縛されたからな。鍵開け名人から、暗殺者まで、よくもまぁ、すぐに用意できたもんだ。お前の人脈にゃ、賞賛するぜ」

「なんだ…と…」

 クリューニ男爵は、周囲の騎士たちに視線を巡らせ…その中に、女騎士が混ざっていることに気づくと、片膝を上げて怒鳴りつけた。

「貴様、裏切ったのだな!一角の者かと期待しておったのに…おのれぃ…とんだ女狐め!」

 呪いを吐かれたナタナエルは、悪びれた様子もなく、首をすくめる。

「閣下のお口から狐呼ばわりとは、それは、まさかプロポーズなのでしょうか?狐男爵殿」

 流行から外れた古びた衣装だが、レースをふんだんにあしらった豪華なドレスを着た少女が、ナタナエルの後ろから現れた。

「はっ…金髪の小娘…生きて…いや、そうか。そもそも、貴様が言い出した計略」

 呪いをてんこ盛りに込めた眼差しで、男爵はシャーロットを睨みつける。

「それは言いがかり。ロッテは本気で、計画を遂行するつもりでいた」

 二人目が、現れる。こちらは、いつも通りの地味な僧衣を纏った、色黒の少女。

「ちなみに、私もそのつもりだった」


 騎士ナタナエルが、城代ラバーニュに対して啖呵を切った内容は、「一切合切、全ての解決」であった。

 ラディッキオ砦に捕虜交換された村人たちの中に、見知らぬ顔が紛れ込んでいることを知り、彼女はすぐに、クリューニ男爵の策略に勘づいた。


「悪いな…私、こっちがいい」

 アムベリーの女騎士の言葉に、クリューニは口をパクパクさせるだけで、何も言葉を出せない。

「女にモテるってのは、いい事があるんだぜ?」

 城代ラバーニュが言うと、騎士たちはうんざりしたように、唸り声を上げた。

「余を…殺すのか」

 クリューニの額には、冷や汗が浮き出し、顔は蝋のように白くなる。

「殺して欲しいのか?名誉のために」

 ラバーニュの声は、傭兵男爵の心をいたぶり付けた。

「ま、そんなこたぁねぇだろうな。お前さんは、武力背景で男爵位を毟り取っただけだ。その血は、赤いんだろ?」

 立ち上がった城代の姿に、男爵は思わず退いた。

「何を求める?」

 大きく伸びをし、たっぷりと間を空けてから、ラバーニュは答えた。

「捕虜交換と行こう…だが、おまけはいらん」


 クリューニ男爵の身代わりとして捕囚されたのは、副将のデオラ・ド・エルネストであった。

「折角、捕えた大将首を、次席と交換するとは…あんたは変り者だ」

 騎士たちが退室し、すっかりがらんとなった城代の間から、撤退を開始するクリューニ軍の姿を眺めつつ、ナタナエルは城代にそう語りかけた。その言葉とは裏腹に、声色は呆れるようでもなく、侮蔑するかでもなく。

「優秀なんだろ?」

 ナタナエルは返された言葉の意味をしばし考え、そして、はっと振り返る。

 テラスペールは目が合うと、ぺこりとお辞儀を返した。

 彼は、ラバーニュの従者の一人だ。彼と話した事は、どうやら主人には筒抜けのようだ。

「…で、なぜ女だと気づいた?」

「何の話?まさか、テラーが女の子?」

「僕は、男ですよ!」

 ナタナエルは、後頭部をポリポリと掻いた。

「あぁ、幽霊の件か。テラスペールから、砦の幽霊の話を聞いて、すぐにピンと来たさ」

 ラバーニュは彼女に椅子を勧め、テラスペールに紅茶を入れるように依頼する。

「どこらへんで?」

「ん…執着、かな?」

「執着?」

「女は、身の危険に敏感だ。敵愾心を目敏く見抜く。それだけ、臆病なんだ」

 暖炉にかけてあったポットから茶葉に熱湯が注がれると、華やかな香りが部屋に充満する。

「恐れの元凶が完全に消えるまで、決して忘れないし、そこから目を離さない。離す事が出来ない」

 二つの陶器のカップに、白湯が注がれ湯気が立つ。

「だから、キープの位置をここへ変更したのか」

「そうだね。ドンジョンは、キープの下にあるもんだ。彼女は、捕囚した女性を常に監視下に置きたかった。だから、身代わりに立てた仮初の城代の居場所をこっちに移して、自分は本来のキープに居座った。表向き、旦那を城代にしたのは、きっと自分の名が世間に広く知れ渡ることに不安を感じたんだろう。実施的に効果があったとは、考えにくいが」

 テラスペールがカップの湯を捨てると、主人を失った湯気は虚しく空気に溶けて霧散する。

「砦の構造と、貴婦人の間…その名前から判断したのか?」

「いやいや、それは、あくまで再確認。はじめに言った通り、話の内容そのものに、違和感があった」

 木の盆にポットと二つのカップを載せ、テラスペールは二人の間にあるサイドテーブルにそれらを静かに、置いてゆく。

「じゃぁ、逆に聞くけども…もしも政敵を排除した後、その男に家族がいたら、卿ならどう扱う?」

 ポットに伸ばした城代の手を、テラスペールがそっと押さえて首を振った。

「そうだな…その者たちに反抗の意思があれば、投獄するしかない」

「嘆き悲しむばかりで、恭順を誓えば?」

「度合いによるが…塔の一室に幽閉したり、居住区を指定して、そこから出さない」

「閉じ込める、だけ?」

「生活は、保証するさ。家族に恨みは、そもそも無いんだ。そう言う前提、ならばな」

 テラスペールは、茶葉が広がる前に、せっかちな城代が勝手に注ごうとするのを監視しながら待つ。

「政治だろうが、その延長の戦争だろうが、殺した相手の家族に対しては、温情をかけると?」

「まぁな。状況にもよるが…つまり、その差か」

「ラバーニュ卿ほど、懐が深い者たちばかりではないはずだ。後の世のために、一族の殲滅を目指す者もいるだろう。だが、そんな手間のかかる事は部下に命じておいて、自分は溢れんばかりに山積する政務に没頭するだろうさ。問題を前にすると、男はそれを解決せずには、いられないんだろう?そうしている内に、命令は撤回しないだろうが、執着は薄れていく。そもそも、戦争なんてすれば、一度に千や万の単位で敵をつくって恨まれる事になる。勝てば、相手方から。負ければ領民たちから。男は、恨まれることに対して、ひどく鈍感なんだ」

「全員とは、流石に言い切れんが。否定するほどの違和感はない。しかし、片田舎の村で隠居同然のお前が、よくもそこまで世辞に通じているな」

「隠居とは、ひどい低評価だな。これでも、村の繁栄のため、頑張ってるんだぞ。まぁ…それはさておき…一時期、私が止めるまで、シャーロットは学会の発行する物を何でも購入して来ていたんだ。山積みされた本を見て、私も流石にその何冊かは読んだ。主に、為政者たちの歴史と、近況についての内容だった。サロンにもよく出向いた彼女は…もうこれは、勉強というよりも、趣味なんだと思う。手に入れられる情報は、何でも覚えて、私に呪文のように聞かせるんだ」

 ようやく、カップに赤褐色の液体が注がれ始める。

「過去には何度も、こういう事例があった。女は…自ら危害を加えた相手を、何年も掛けて監視し、締め付けを徐々に強めていった後、結局は殺してしまう。危害を加えられたからじゃ、ない。与える事で…相手から恨みを買う事で、いつか仕返しをされるんじゃないかって、不安で不安で仕方が無くなるんだ。はじめは、そこまでするつもりなんて、無かったんだろう。だが、その被害妄想は連鎖を繰り返し、心を病み始めた頃に、相手を殺すに至る」

 二人は、カップを手にし、少し啜る。

「いい香りだ」

「ルドニア産だ。春航路で入手した。…では、なぜ魔法の鍵だと思った?」

「まだ、続くのか?それは、鍵があったなら…」

「それは、あの場で俺も聞いた。だが、あまりに確信を得ているかのようで、俺には不自然だった。単に、誰かが無くしたとかだってある。魔術でなくても、隠し扉ってもんは、見分けが付かないように作れるもんだ」

 もう一口啜り、女騎士は話を続ける。

「貴婦人の塔の、最上階の部屋にあったんだ。首飾りを置くための台。高価で希少な宝石とかをあしらった物なら、あれは、婦人のお気に入りなんだって、皆思うだろう。装飾品に対して、男はそれくらいにしか、思わない。誰にも真の用途をバラさずに、肌身離さずに持っているには、鍵よりも装飾品の方が都合がいい。あんたの雇った、あの魔術傭兵?そんな輩に、元からあった隠し部屋を隠蔽させたんだろう。今となっては、全て失われた。婦人が亡くなった後に、宝飾品の類は全て売られたか、盗まれたみたいだ。だから、あの部屋は、誰も見つけることが出来ないままだった…ところで、あの身体が半分とろけた魔術師は、元気になったのか?」

 カップを受け皿に置くと、ラバーニュは椅子に背を預け、足を組んだ。

「お前に話した時には、すでに死んでいたさ。身体が半分、とろけたんだぜ?生きていられる訳がないだろ?」

「あんた…まさか、私に負い目を負わせるために…」

「知らない奴が、すでに死んでいました、と伝えるよりも少しは効果があっただろ?」

 ラバーニュは笑った。

「ちくしょ…弁償金のことは、少しは気に病んだんだぞ。まぁ、魔法を掛けられた被害者の私が気にすることじゃない、と最後は割り切ったが」

 ラバーニュは、口に指を当てる。

「奴は、戦闘中に殺された」

「…」

 二人は、揃って紅茶を一口啜る。

「種明かしをしたついでに、拷問を続けた確信も、貴婦人の部屋にあった。ドレスについたシミだ。返り血は洗ったか、前掛けでもしてたんだろうが…それでも一度染みついた血は、水で洗った程度では、完全には抜けない。それが、長い時間を掛けて変色して、シミを生んでいたんだ。どれも、胸元から膝に掛けての汚れだった。貴婦人でもなければ、食べカスとでも思っていたところなんだが」

「恐れ入ったよ。だが、くれぐれも言うが、北の砦…このラディッキオに、悪霊が取り憑いていたことは、口外するなよ。俺が、大金を叩いて改築した、難攻不落の城塞に、ケチを付けることになる。そもそも、兵士たちにはそこんところを、徹底していたはずなんだがな…」

 テラスペールは、お茶菓子を探してきます、と告げていそいそと退室する。

「やれやれ、あんたの部下は、秘密が多くて大変そうだ」

 城代は咳払いをひとつ。

「お前に商売の極意を教えてやろう。これは、人生にも役立つことだ。探偵かぶれのお前には、相応しい格言だ」

 さぞや自信のある話なのだろう。彼はナタナエルの瞳を見返しながら語る。

「秘密は、金を生み出すが、真実は確執を生む」

「それは、あんたの日頃の行いの所為だろ」

 ナタナエルはひとしきり笑うと、再び紅茶を啜ってからボソリと言う。

「しかし、捕虜になってた連中は、今頃言いふらしてるだろうな」

「口止めはしたさ」

「効くわけないだろう」

 あぁ、と城代は椅子にへたり込む。

 ナタナエルは、カップの中でゆらめく、紅茶の波紋を眺めながら言う。

「…これ、高いんだろ?」

「あぁ、目ん玉飛び出すくらいにはな。ま、除霊の礼だと思ってくれ」

「消え物かよ…まぁ、いいけど」

 効果な茶葉の香りは、窓から緩やかに吹き込む初夏の風に、ゆっくりと連れ去られていく。

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