第13話 活路

「それは…敵情視察です!」

 隣の守備兵が、少しばかり身を引く。

「あぁ、ごめん。大声で言うことじゃないよな…」

 ナタナエルは困惑気味に呟くと、気を改めて再び怒鳴った。

「捕虜となった騎士は私一人ゆえ、城代殿が貴族の礼を以て遇していただいたまで。現に閣下がお申しの通り、戦闘にも参加せず、守備兵の邪魔をするべく、わざと彷徨いていた次第」

 クリューニはわざとらしい姿勢で、髭を撫でた。

「ほぉ…では、戻りたいと?」

「当然であります。それが叶うのならば」

「寝返った訳では、ないのだな?」

「何度でも、繰り返し申し上げます」

「ラバーニュ卿よ、其奴はそう申しておるが、偽りではないと、保証できるのか?」

 ラバーニュは腕を組んだまま、静かにうなづいた。


「…ならば、処刑は中止しよう」


 十分に溜めてから、クリューニは事無げに、さらっと言い放った。

 ナタナエルは、膝の力が抜け、クレノーに寄りかかる。

 硬直したままだった双子たちも、首の力を抜いて、安堵する。


「だが…」


 再び、クリューニの言葉で沈黙が訪れる。

「ラバーニュ卿よ、折角の機会だ。ここで一つ、捕虜交換といかぬか?」

「ほぉ…」

 ラバーニュはクレノーに両肘を付いて、答える。

「距離があるからな、俺の聞き間違いだろうか…捕虜交換、と聞こえたが?」

「如何にも」

 クリューニは力強く返答したが、ラバーニュの不遜な態度は変わらない。

「こちらの牢には、農民兵と、数人の傭兵がいるが、そちらさんには、誰がいると言うのだ?交換ではなく、身代金を用意した、の間違いであろう。言葉は正しく使っていただきたいものだ」

 だが、クリューニの態度もまた、揺るがなかった。

 彼が合図をすると、三人の男たちが最前列に連れ出される。

 彼らは尋問を受けたようで、顔中に赤いアザがあった。


 ラバーニュは小声で、側近たちに彼らの顔を確かめさせた。

 その会話は、ナタナエルの距離でも聞き取れない。

「食料調達のために、兵を出したな?恐らく、いくつかの突撃口が隠されてあるのだろう。その一つから、この者たちを送り出したな?恐らくは、夜明け前にでも」

「想像が達者なのは良いが、どれも的外れだとだけ、お答えしておこう。誤解したままでは、男爵があまりに気の毒なのでな」

 男爵は剣を抜き、捕虜の首元に当てがった。

「よく躾けておいでだ。さすがは、ラバーニュ卿と称賛させていただく。口は割らなかった。死ぬまで拷問しても良かったのだが、余は真の戦士を愛する性分ゆえ、彼らの命を惜しく思えて来たのだ。何も、このような形で朽ちさせては、アルノルド神も悲しまれよう。そこで、お返し進ぜようと思う」

「頭数は、あわせて頂こう」

 ラバーニュの返答に、さもありなん、とばかりにうなづいて見せる。

「さすがは、商才に長けた卿の言葉である。一理あると、余も同意せずにはおられぬものよ。ならば、おまけをお付けしよう。捕虜ではあらぬ故、価値は等価ではあるまい。ならば、数を増やして進ぜよう」

 彼が剣を仕舞うと、ゾロゾロと3、40人の農民兵たちが前に進み出た。縄を解かれた、双子とルイスも、その仲間に入る。

「こちら側の戦力低下、という意味では大いに価値があろう。煮るなり焼くなり、好きとするが良い」

 ちっ、と舌打ちをして、ラバーニュはナタナエルを見た。

 ナタナエルは、困惑していたが、視線の意味は理解した。

「アムベリーの…私の村の者たちだ」

 ラバーニュはそれを聞くと、唸って髪を掻きむしった。

 ナタナエルは、クリューニが自分を見ていることに気がつく。

「なんだよ…睨みやがって。どういうつもりなんだ」

 ラバーニュが、諦めたように呟いたのが聞こえた。

「ま、なるようになるか…」

 側近の騎士たちが諌めるが、ラバーニュは「わかってる」とだけ答え、手で制した。


「交換に応じる」

 ラバーニュの声を聞き、アムベリーの農民兵たちは、武器を捨てて歩き出した。

 何はともあれ、ナタナエルはパラペットを降り、城門に向けて走り出す。

 開かれた門から、次々に見知った顔が現れ、彼女に頭を下げて行く。

「立ち止まるな、全員、奥まで進め」

 守備兵たちが、大声で誘導する中、ナタナエルは自分の名を呼ぶ、聞きなれた声を聞き分けた。

 二人の少女が、甲冑を着た騎士の胸に飛び込んで来る。

「無事かっ!?」

「姉様こそ、よくぞご無事で」

「怪我があれば療します。姐御」

「大丈夫だ、私は元気だ。それより、二人こそ怪我はないのか?酷い目に遭わなかったか?」

 三人の姉妹たちは、5日ぶりの再会を抱き合って喜んだ。

「お三方は、こちらへ」

 三姉妹は守備兵たちによって、村人たちとは引き剥がされる。

「アムベリーの者たちは、どうなる?」

 ナタナエルがと問うと、守備兵は毅然とした口調で答えた。

「まずは、一度、収牢されます」

「おいおい、俺もか?」

 それを耳にしたルイスが、そりゃないぜと懇願するが、守備兵の態度は慄然としていた。

「貴族には、しきたりの礼を遇す。だが、まずは一旦、牢へ入っていただく。例外はない。追って沙汰あるまでの辛抱だ。従わぬのならば、力づくとなるぞ」

 農民兵たちは、一斉に不平不満と、不安を露わにし始める。

「落ち着け!騒ぐな!従わぬのであらばッ…」

 振り上げた手を、ナタナエルのガントレットが掴んだ。

「皆、静かにッ!」

 彼女の声に、アムベリーの民たちは徐々に鎮まり始める。

「…当分は牢暮らしだが、長くは続かないことを約束する。ちゃんと飯も出る。尋問はない。だが、質問くらいは勘弁してくれ。私が城代に掛け合って、諸君たちの処遇はきっと良くしてみせる!ただ、少しだけ時間をくれ。上手くすれば、今夜までに再会できよう!」

 敵の砦の門を潜って、いきなり歓待されるとは、初めから誰も考えてはいない。しかし、予想していた不安…収牢されてろくな食事も与えられずに、尋問を受けながら衰弱していく、という最悪な未来だけは避けたい。きっと誰しもが、そう心に抱いていたに違いない。

 ナタナエルの言葉に、アムベリーの民たちはひとまずにしろ、落ち着きを取り戻した。

 彼女の背中を掴み、シャーロットが強引に振り返らせた。

「姉様、お話があります」

 妹の瞳には、暗く、鋭い光が宿っている。

「とても、大事なお話なのです」

「シャーロット…」

 ナタナエルの背中が、またも掴まれ、姉妹は引き剥がされた。

「会話は、許さぬ!離れろ!」

 背中を掴む兵士の手をどけ、ナタナエルは言い返す。

「なんだよ、少しくらい、いいだろッ。姉妹なんだ」

 兵士は、首を振って答えた。

「いいえ、なりません」

「妹たちは、不安なんだ。慰めさせろよ。私は、姉なんだぞ」

 兵士は譲らない。

「ラバーニュ卿なら、それくらい大目に見てくれるって」

「ならば、正式に御許可を頂いてからに、してください。これは、私どもの役目なのです。どうか、ここはお聞き分けください。でなければ、私どもが軍規に罰せられるのですから」

 兵士の真剣な眼差しに根負けし、ナタナエルは力を抜いた。

「…わかった。だが、無礼は許さないぞ、あの二人は貴族のレディたちだ」

「心得ました。お察しいただき、ありがとうございます」

 兵士は両手を広げ、捕虜たちの移動を誘導し始める。

 双子たちは、農民兵たちに混ざって、不安げな顔で姉を見つめながら、歩いて行く。

「シャーロット、グレイス、また後で顔を出す。それまで、大人しくしてるんだぞ」

 その後ろ姿に声をかけてから、踵を返した。

 そして、城代の塔へと大股で歩き出す。


 城代の塔は、多くの守備兵たちが出入りを繰り返し、大混雑の状況だった。

「渦中の栗がお見えになったぞ」

 騎士の一人が声をあげ、ナタナエルに道を譲った。

 騒然としていた城代の間は、騎士や守備兵たちが道を空け、その動きと共に、鎮まり始めた。

 開いた道の先に、執務机の上に脚を投げ出して椅子に背中を埋める、ラバーニュ卿の姿があった。

 ズカズカと、ナタナエルは足早に歩み寄る。

 彼女が机に両手をバンッと付くまで、彼は涼しい顔で彼女を見上げていた。

「借りを返す」

 アムベリーの女騎士の言葉が、城代の間に響いた。

 姿勢を崩さず、いや、崩した姿勢を正すことなく、ラディッキオ砦の城代は質問する。

「…なんの、借りだ」

「一宿一飯の恩義だ」

「…それを言うなら、6泊20食の間違いだろ。言葉は正しく使え」

「貴卿たちの心配の種を取り除いてやる」

 ラバーニュはようやく、両脚を下ろし、腰を深く座り直す。

「そうだな、俺たちの心配事は、実にたくさんある。たんまりと、な。で、ナタナエル・ギャンビット卿は、どの種を取り除き、それによって、どんな見返りを要求するつもりなんだ?」

 女騎士はめんどくさ気に、手をチラリと振って答えた。

「一切合切だ。その代わりに、妹たちと、村人たちの自由を認めてもらう」

 ラバーニュは無精髭で覆われた口を歪ませ、仁王立ちする女騎士を睨み返した。

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