第12話 処刑

 3日が過ぎた。

 クリューニ軍は、何度もカーテンウォールの近くまで迫り、攻め入る様子を見せながらも、初日のような本格的な攻勢には至らないうちに後退する、の繰り返しだった。

 砦の守備兵たちは、日に日に元気を無くしているように感じる。

 それは、プレッシャーを与え続ける敵軍の功績、によるものだけとは言い難いように感じた。

 ひそひそ話をする者たち。

 あくびを堪える者たち。

 身体疲労と心労が、蓄積している。

 水と食糧の方は、心配している様子がない。

 もしかすると、包囲網に致命的な穴があるのかも知れなかった。


「暇だなぁ…」

 思わず漏らした呟きに、あぐらをかいたテラスペールが、がくりと首を落とした。

 外枡の一つのパラペットの上から、足をぶらんとさせながら、ナタナエルは空を見上げている。

「いいご身分ですね…」

 この3日で、すっかり遠慮が無くなっている。いや、打ち解けた、と言っておく。

「だって、ドンジョンには連れて行ってくれないし、もう他に見たいところないんだもん」

「ドンジョンだなんて、誰も…言ってないはずですが、もうお察しなのですね。その通りです。あそこには初日の攻防戦で捕らえた兵士が数人ですが、勾留されています。だから、お連れできないのです。理由は他にもありますが…」

「声だね」

 テラスペールの小さな瞼が、大きく開いた。

「聞こえてたんですね!」

「毎晩、聞こえたよぉ。聞こえるか、聞こえないか、そういうのが、一番うっさいったらない」

「では、信じてもらえましたか!?」

 詰め寄る少年の顔を、騎士はぐいと押し戻す。

「悪霊は、いるさ」

「やはり、そう思いますかッ」

 急にテンションを高める少年を見て、怪訝な視線を向ける。

「実は楽しんでるだろ?」

「そんなことありませんよ!兵士たちは、毎晩、あれにうなされて憔悴してしまっているのです。平時ならば、近寄らないで済みますが、今は放置しておくことも出来ません。警備が手薄になってしまうので」

「なら、除霊すりゃいいだろ。霊と一緒に収監するなんて、捕虜の扱いがひど過ぎるぞ」

「手狭な砦ですので、ドンジョンは、あそこしか無いのです。それに、除霊の試みも、何度も行いましたが、霊の姿を認知できないと浄化までには至らないそうで…」

 ナタナエルは、口に手を当てて眉を顰めた。

「地縛霊か…移動するタイプなら、直接対峙しなくても霊除けが効くけど…」

「お詳しいのですね!?」

「…ま、妹がクロエの神官だからね。魂の救済については、御柱の中でも一番得意だろう」

「12月の守護神。破壊、眠り、安寧、貞節、浄化を司る少女の姿をした神と聞きます。不浄の大地を塩の湖に換える力を持つ」

「お、出るね。そっち、詳しいの?」

「えぇ、まぁ、神話大全と戦記は、何度も読み返していますから」

 テラスペールは気恥ずかしそうに、頭を掻いた。

「で…」

 彼は手を膝に戻すと、正座に座り直してナタナエルに尋ねた。

「なんとか、できそうですか?」

 思わず、騎士は少年を二度見する。

「ぇ、なんだよ。なんで、私に…私がなんとかできると、そう思ってんの?」

「僕は…ラバーニュ卿のお考えが、きっとそこにあるんじゃないかと、思えるんです」

「無理だって…朝の祈りだって、未だに覚えてないのに。奇跡の力なんて、到底、私には…」

「霊を祓う方法は、剣の神々の力だけ、とは限りません」

「じゃぁ、何があるんだよ、言ってみろ」

「…さぁ?分かりません」

「お前…結構、アレなんだな」

 今度はナタナエルが首を落とした。


 二人の耳に、ビューグルの音が風に乗って届いた。

「また、小競り合いか?」

 立ち上がって丘を見やると、百人ばかりの集団が近づいている。

「どうやら、そうではないようです」

 テラスペールが、神妙に答える。

 集団の中央には、荷車を連結した大きな台車があり、その上には人が縛られているようであった。

「あいつ…何てことをッ」

 ナタナエルは踵を返すと、キープへ向かって風のように走り出した。


 ラバーニュは、ナタナエルの顔を見るや、「着いて来い」とだけ伝え、下段にある外周部分の外枡へと移動を開始した。

 パラペットの上から、ナタナエルは身を乗り出して台車に乗せられた人物の姿を確かめる。

「お前と一緒に攻めて来た子どもだな?」

「妹たちだ!」

 ラバーニュの問いに、彼女は乱暴に答える。

 角材の柱が3本据え置かれた台車には、それぞれに荒縄で縛り付けられたナタナエルの仲間たち。

 美しい金髪を持つ利発な7女、シャーロット。

 ナタナエルに似た風貌を持ち、身体が丈夫で、しかし控えめな性格のグレイス。

 従者のルイス。

 矢が届く距離になっても小集団の前進は止まらず、カーテンウォールの20m手前まで来て、ようやく動きをやめた。

 

 一団の最後尾から、馬を歩かせて荷車の前に出て来たのは、クリューニ男爵。

 彼はかパラペットの上を見上げ、ラバーニュを認めると髭を一回撫でた。

「余はクリューニである。知らぬわけもあるまいに、仔細は省こう。城代ラバーニュ卿に、申し上げる。さて、これなる者どもは、我が軍の裏切り者たちである。もう少し詳しく述べれば、その親族である」

「俺も親族とは、光栄なこって…」

 ルイスの小言に、クリューニは咳払いで答える。

「裏切り者であるが故に、ここに公開処刑の機会を設えた次第である。軍規に基づく内輪の事情であるからして、貴君には黙ってこれをお見届けいただきたい」

「ならば、知らんところでやるがいい。胸糞が悪い」

 ラバーニュが答えると、守備兵たちは、そうだ、そうだ、と続ける。

「そうはいかぬ。貴君にも責任の一端があるのでな。同胞を丸め込んだ末路、というものを是非とも知っておいてもらいたいのだ」

 ナタナエルは、叫んだ。

「我は、ギャンビットの騎士にして、ジルネット卿にお仕えする身である!故に、現在はクリューニ男爵の軍勢に与する身。それは、今も何も変わらぬままである!裏切りとは、全くもって聞き捨てならない誤解であると誓って宣言する!今すぐ、閣下には我が血族の解放を願い求める所存であります!」

 クリューニは、ニヤリと笑うと言い返す。

「何を白々しい。貴様の態度は、髪の色と同じよの。我らが命を賭して、果敢にも攻め寄っている最中であるにも関わらず、悠々自適とばかりに散歩をしておる姿、こちらからは筒抜けに見えておるのだぞ」

「な…それは…」

 ナタナエルの顎筋に、一筋の汗が滑り落ちた。

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