玉ころが相棒になりました 1

「ただいま」


「お帰り。遅かったわね」


「も~。最悪だった」


 家の中に入る。ナオは出迎えた母に、買ってきた物が入った手提げ袋を渡す。愚痴った。


「あんなのが、世界的歌姫になったら。世も末。二度と、会いたくない」


「歌が良ければ、性格なんて関係ないわよ」


「そういうものなのか」


 正直な、ナオの感想。母の見方は違った。聞き流す。


 いつもの帰って来た時と同じ。軽い報告。愚痴や喜びを伝えるのだが。少し、遠い感覚がした。スパイスの香りが引き戻す。気のせいと思い直した。


「今日の夕食は、カレーライス?」


「コールスローサラダと豆腐とワカメの味噌汁付きよ」


「おお! そういえば、ケイは?」


「隣の市で開かれる、音楽フェスに行くって言ってたわよ」


「忘れてた。遅くなると言っていたね」


 ナオは訊きたかった。音楽好きの弟に、少女について。母に教えられて、ホワイトボードを確認。明日にしようと考えた。


 ナオは気づく。助けてくれた人たちは、フェスに出るために訪れたのだ。


 二階の自室に入る。壁の二面が、ぎっしりと本が詰まった本棚だ。ケイに言われたことがある。地震が来た時に、本につぶされる、と。本望ではないので、アクリル板で扉を作ってみた。本当に防げるか、判らない。


 本の種類は、変わる。面白ければ、本好きと交換するが。つまらなければ、古本屋に売ってしまう。


 すぐにでも、ナオはベッドに寝転がりたかったが。着替えを済ませて、机の前へ。


 椅子に座り、抽斗から白いハンカチを取り出す。机の上に、広げた。


「ちょっと、ハンカチに載って」


 ナオは頼む。素早く、ハンカチの上に来た。緑色の光の上に、明るい黄色の光が載って。真ん中に着くと、放った。ピッコロがくれた、願いの種を拾ってきたらしい。


 スウッと、緑色の光が下がっていく。ナオが不思議そうに見返す。一直線に飛んできた。


{な~~~ま~~~え~~~!!!}


 ひょいと、ナオは避ける。緑色の光は通り抜けた。壁にぶつかる。しばらくして、戻ってきた。光が収まっている。


「名前、ねえ」


 ナオはつぶやく。本棚の前に行く。自分の相棒になる緑色の光だ。良い名前を付けたい。アクリル板の扉を開いた。


 数冊の本を出す。ページをめくる。主人公や脇役の中から、良さそうな名前を探す。どれも、ピンとこない。


 昔、使った、手帳を取り出す。豆知識が載っている。女神の名前を借りることにした。


「クナウ」


{♪}


 ナオは振り返って、呼ぶ。宙で円を描いていた、光が止まる。


「気に入ったなら、ありがとう、だからね」


{ありがとう}


 ナオが教える。クナウは素直に感謝した。ナオが本と手帳を本棚に仕舞う。クナウが扉を閉じた。


「ありがとう」


{どういたしまして}


 ナオは横歩き。白い壁を観察。画鋲を刺したくらいの穴ができていた。幸い、貫通はしていなさそうだ。心底、安心する。弟の部屋側でなくて良かった。高価な物がたくさん。貯金の半分は吹き飛ぶところだった。


「穴を開けたことは、悪いことだよ。ごめんなさいと言うんだよ」


{ごめんなさい}


 ナオが諭す。右肩の辺りに来ていた、クナウが謝った。


「クナウ、来て」


 椅子に座った、ナオが呼ぶ。白いハンカチの上に、クナウが来る。明るい黄色の光は、転がったままだった。


 ナオはクナウを観察する。完全な球体。玉では、味気ない。玉ころと呼ぶことにした。


 玉ころ──クナウの大きさは。筆箱から、シャープペンを取り出す。一旦、芯を収める。カチッと、一回、押す。見比べた。同じくらいで、0.5ミリ。


「やっぱり、砂粒だね」


 色は。ナオは本棚の前へ。色の見本帳を持ってくる。物語の中で、特有の色が表現として使われていて、想像がつかなかったので買ってきた。


 椅子に座る。ナオは緑色の紹介ページを開く。玉ころの脇に置き、見比べながらページをめくる。

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