橋の上で、千客万来! (人間編) 3

「あ~。あたしは、オーディションの前に、願いの種に願ったの。世界的な歌姫になりたいって」


 勝手に、少女はしゃべり出す。沈んだ様子で。憧れの歌姫の名を挙げる。音楽情報に疎い、ナオも知る人だった。


「願いは、叶わなかった。だから、死にたいとつぶやいてしまったの。そうしたら、機械的な声が、承知しましたって」


 更に、少女の心が沈む。聞いていた、ナオは思う。欠陥品だったのではないか。認めようとしないだろうから、指摘しなかった。


「呪いを解く方法を、検索しまくったわ。七日間の猶予があった。七日の間に、誰かのささやかな願い事で、上書きされれば。解除できるって」


 仰向いた、少女は握りこぶしを作る。ヨッシャー!! と言いたげだ。


 ナオはうんざりしてきた。いつまで、彼女の演説を聞いていなきゃならないんだろう。


「話が戻るけど、叶えたい、ささやかな願い事はない?」


「ない!」


 少女に訊かれた瞬間。キッパリ、ナオは言い切った。自力で叶えなければ、楽しみがなくなってしまうではないか。


「じゃあさ。あたしが決めてあげる。世界的な歌姫になりなさい。あたしがプロデュースするからさ」


「ならない!!」


 妙な事を、女の子が言い出した。断固として、ナオは拒否する。いい加減、足がしびれて、疲れてきた。足を伸ばして、足首から先を回したり、上下させたりした。


「もしかして、あなた……」


「……!」


「マネージャー……」


 少女が言い掛ける。ナオは失礼なことを言われそうな気がした。低く、鋭い声が発せられる。彼女がビクッとした。駆け寄ってきた人が、割って入る。グレーの背広を着た、男だ。


「ここで、何を?」


「楽しく、おしゃべりしていたのよね?」


 見極めようとする、マネージャーと呼ばれた男のまなざし。少女の説明には、無理があった。


「彼女が欄干を乗り越えたので、引っ張り上げただけです」


 ナオは正直に話す。彼女と揃って、歩道の真ん中に座っている。通せん坊をしているみたいで、通りがかった人たちにとっては、さぞかし迷惑だったろう。


「欄干……?」


「ちょっと、気を使いなさいよ」


「この細い腕では、無理でした。二人ほど、手伝ってくれる方がおりまして。服装から予想すると、音楽関係者です」


 マネージャーが、少女に鋭いまなざしを向ける。小声で、彼女が叱った。立ち上がった、ナオは無視する。説明を続けた。彼が腕を確認。音楽関係者と聞いて、眉根を寄せた。


「そうなのか?」


「え……と……」


 マネージャーが訊く。少女の目が泳ぐ。


「では、私は買い物がありますので」


「何か、ありましたら。こちらに、連絡を」


「いりません。お互いに、歌姫になった舞台で、会いましょう」


 さっさと、ナオは立ち去ろうとした。少女のマネージャーから、名刺を押し付けられた。自殺されても困るので、煽っておく。


「願いの種に、ささやかな願い事を言いなさいよ。じゃないと、あなたが呪われるからね」


 フウッ。ナオは息を吐く。少女たちを乗せた、車は走り去った。戻ってくることはないだろう。


「わっ!」


「うわっ!」


 突然、後ろから、声を掛けられる。ナオはびっくりした。願いの種を放ってしまう。


 振り返ろうとした、ナオの脇。自転車に乗った、少年が通り抜けていった。種が踏み潰される音。


 見知らぬ少年が乗った自転車は、走り去る。嘲りの言葉を吐きながら。


 何事も起こらない。


 願いの種は、まがい物だったと意味している?


 ナオにとって、気分の良いことではなかったが。願いの種の処分に困っていたので、助かった。

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