橋の上で、千客万来! (人間編) 2

「その様子だと、大丈夫だね」


 左側から、顔を覗き込まれる。ナオは自分の頬が火照るのが判った。彼も綺麗な顔立ち。


 赤色の短い髪に、白い肌。シルバーの髪の人と同じ、個性的な模様の黒服。アクセサリーは違った。


「あっ! は、はい。大丈夫です。ありがとうございました。助かりました」


 束の間、ナオは見惚れていた。カラーコンタクトなのか。彼の緑色の瞳が心配そうにしていた。我に返って、感謝する。女の子を落としていたら、悪夢でうなされていた。


「あの子の様子は、変なんだけどね」


 声を落として、彼が言う。ナオは視線を移す。


 女の子もアスファルトの歩道に座り込んでいた。口をつぐんだままだが。目が異様な輝きを放っていた。


 さっさと、退散しよう。ナオは思った。


「け~ん! ボーカリストさまの機嫌が悪くなるから、早く来て!」


「ああ。今、行く!」


 揃って、声が聞こえてきた方を向く。止まっている車から、黒髪の男が手を挙げて叫んでいた。服装が彼らと同じ。着こなし方が違う。「けん」と呼ばれた、彼が手を挙げて応える。


「気をつけて」


「ありがとうございました!」


 一言、「けん」がささやく。立ち上がって、車の方へ。乗り込んで走り去るのを、ナオは見送った。


 あれ?


 生じた疑問の答えに、ナオは気づいた。女の子が感謝の言葉を発しなかった、と。命を助けてもらったのに。


「ねえ、あなた。叶えてもらいたい、ささやかな願い事はない?」


「は? (新手の宗教勧誘か?!)」


 いなくなるのを、見計らっていたのだ。いきなり、少女が、ナオの手を掴む。


「あなたに差し上げるわ。願いの種」


 少女が引っ張って、手のひらに物を載せた。手を離してくれたので、ナオは目の前で観察する。感謝の言葉がないが。命を助けたお礼の品ということで、良いのだろうか。


 考えるのは、早すぎた。小指の先ほどの大きさで、不恰好な形の物。良く言えば、雲を絵に描く時の形をしていた。


 問題は、色があせていること。淡い黄色と言えなくもないが。長く日に当たって、色が落ちましたと言う方が正しい気がした。


「願いの種?」


 人としてのマナーと考えて、ナオは訊き返した。


「え~!!! ネットで大騒ぎになっているのよ。あなた、知らないの~?」


「ネットの情報って、真偽不明だから」


 少女がどん引き。インターネットだからこそ、信用できる。ナオもどん引き。ネットの情報を鵜呑みにするなんて。そういえば、と思い返す。


 同世代は、ネットっ子。見た動画の話題で、持ち切り。ナオは、ひと昔前の、テレビっ子。大きな画面で見たい。映画館なら、なお良し。話題についていけないし。動画を撮らないか、誘われたが。断った。


「学校で、一人一人に配られたって、ネットで広まっているわよ。見る?」


「いいえ」


 両手の甲を腰に当てて、女の子が言う。ポケットからスマートフォンを出して、かざす。かぶりを振った、ナオは頭が痛かった。


 ネットの情報は、発信元を信頼できる所か確認。それ以外は、疑ってかかるのが常識。学校に配られるくらい大事なら、テレビのニュースでも放送されている。


 説得は、無駄な努力に終わりそう。


「ヒマワリの種と共に、配られたかも。皆が花壇に植えると言うから。一緒に埋めちゃった」


「はあ? 埋めた~!! 信じられな~い!!!」


「よく育つように、願っておいたから。夏には、びっくりするくらい大きなヒマワリが、迷路を作れるほど育つかもね」


 ナオは相手に合わせた。新聞記事をヒントにして、アレンジした。あり得ないと、女の子が言う。のほほんと答えた。

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