第7話 注意! 鉄パイプ女!!


「よーーーし いいか? 鉄パイプ女。 よくよく聞いてくれよ…ジュースまでおごってやったんだから」

「んーん」


 その時。鉄パイプ女の視界に映るもの。青天井。ランチタイムの目前まで来た青空が、影の濃い白雲を浮かべている。そのくせ建物の多い3番街のことなので、せっかくの晴天にも路地は湿気で ふてくされていた。まるで白雲の影が降ってきたように、同じく地面も黒ずんでいる。


 鉄パイプ女は、おごってもらったジュースをグイッと飲んでいた。グレープ味の、誰も覚えてないやつ。


『コイツ、喉ボトケ掻っ切ってやろうか』


 目の前でコクコクと動く喉ボトケに、アサシン男は激しい怒りを覚えていた。2人の間を路地の風が吹き通る。2人ってのはつまり鉄パイプ女とアサシン男のことであり、楽々商店街から逃げ出してきた2人のことでもあった。ジュースをおごってやったのは こうでもしないと、鉄パイプ女がアサシン男からさえ逃げようとするからだ。まったく、疑い深い奴だぜ!


「で、誰なんだよテメェは」


 コンっ、コンコンコン…空っぽの缶が、コンクリートの地面を転がった。そう。実際問題アサシン男と鉄パイプ女は初対面なので、疑るのも当然のことだった。缶に刷られたブドウの画が、まるでルーレットのように地面を回る。


「さっき自己紹介しただろ。柏木一門のアサシ…」

「んで柏木一門が俺のジャマしてくんだよ」

「…バーからお前をツけていた」


 『言いたいことだけとっとと喋っちまおう』 そんな風に思うと、アサシン男は壁に寄りかかってタメ息をついた。その壁が触ると手が真っ白になるタイプの壁だってのを鉄パイプ女は知っていたが、もちろん言ってやるつもりはなかった。


「ストーカー」

「誰がお前みたいなガキを…いいか、鉄パイプ女。手短に言わせてもらうが、『マール・ガン・シール』 には行かなくていい。お前は次の『豚宮会』 を当たってくれ」

「あぁ? ンでだよ」


 鉄パイプ女の目的地を知っている辺り、本当にバーからツけていたらしい。アサシン男は飛ばされているガンを うっとおしそうに受け止めると、勢い任せに言葉を並べた。


「ギガロドンバイトと豚宮会は怒らせてもいい。柏木一門の力があれば、上から なだめてやれる。だが、マール・ガン・シールはダメだ。話が通じる奴らじゃない」

「へっ! おいおいマージかよ」


 鉄パイプが弱み得たり! といった面持ちでキラリと光る。


「今の、アニキ男が聞いたらブチ切れんじゃねぇか? 『お前ビビってんのかよ?』 だなんつってさぁ!」

「柏木一門だって一枚岩じゃない。穏健派だっているんだ。昔みたく売られたケンカ全部買ってちゃ、金が何枚あっても足りないんだよ」

「なるほど。お前は所詮二枚目の岩ってわけ」

「? …そうだ。とにかく、マール・ガン・シールには行くなよ。それに一応言っとくがな。奴らは犯人じゃない。バーのオヤジはビブリアタイタンが消えて得のあるグループだなんて言っていたが、マール・ガン・シールには得なんて無い」

「無い? 得が? なんでだよ」

「お前…今 一瞬でも自分で考えたか?」


 地理の時間じゃ!

 さて、アサシン男は『ビブリアタイタンが消えてもマール・ガン・シールに得は無い』 と言う。妙な話だ。隣接するグループが消えたとなっちゃ、その土地はいわば無色のフラッグ。自分の色に染めて領地拡大したいに違いない! が、どうだろう。領地拡大に裂ける人員も、まして手に入れた土地を管理する人員もいない となれば、話は変わって来るのではないか。


 『赤地域アカチイキ』 をご存じだろうか?


 最近の若者はレッドゾーンなんて呼び方をするらしいが、横文字はヤボったいので 赤地域と呼称する。以前に地理の話をしたとき、この辺の地域はピザを5枚に切り分けたような形になっている。と、言った。その一枚ごとに街があるカンジね。おっと、ところで、イメージしてほしい。ピザを。


 ピザで、一番味の濃ゆい部分はどこだろうか?


 そう…真ん中だ。赤地域とはすなわち、円になっているここら一帯の地域の、中心部を指す言葉だ。まるで外側のグループに押し込められるように、ギュウギュウと危険な連中が集まって来る。その上で他の街とギュウギュウに接しているもんだから、1番街、2番街、3番街。4番街、5番街、それぞれの街にある赤地域のグループが、日夜 真ん中あたりで争っていやがる。


「マール・ガン・シールは3番街の赤地域を統括している。ヒマじゃねぇんだ。少なくとも、ビブリアタイタンに手を出せるほどな。旨味も無いし」

「うまいだろ、ピザ」

『馬鹿と話すのってこんなに辛かったっけか?』


 アサシン男は壁から背を離すと、念を押すように鉄パイプ女を見た。


「そりゃマール・ガン・シールが怒ってウチを襲撃するなんてのも ありえん話さ。だがな。万が一。万が一にもありえる以上、ウチのお偉いさん方は恐れてる。その可能性の芽を潰すように仰せつかったのが、このオレってわけさ」

「そんなだったらよ。俺のこと殺したほうがいんじゃねえのか?」

「ハッ! 流石、肝が太い。だがな。お前に依頼を出したのはウチの…アニキ男だ。ウチが依頼した探偵をウチが殺したとなっちゃあ、他から見れば あべこべの、内部崩壊寸前の組織だ。メンツを重んじる柏木一門としちゃ避けたい」

「ふ~ん。なんかメンドクセェな」

「…あぁ、そうだな。誰もがお前みたく、頭空っぽとはいかないのさ」

「あぁ!?」


 「じゃあな。影から見張ってんぞ」 アサシン男はそう言うと、鉄パイプ女に背を向けて、その場から立ち去って行った。『ヤロウ…』 鉄パイプ女は怒ってその背中を追いかけようとしたが、止めた。なぜならその背中が、まるでチョークの粉を振りかけたがごとく、真っ白になっていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る