第8話 豚宮会! 鉄パイプ女!!
《前回のあらすじ》 鉄パイプ女、アサシン男に言われ、マール・ガン・シールは止めとく。
『豚宮会』 …4番街をナワバリにする、比較的新しい くたびれたレタスのようなグループだ。柏木一門とビブリアタイタンとか言う大きな、それでいて強いムチャクチャな奴らと勢力圏を同じにしつつ、地域に根をサして しなやかに頑張っている。
「…」 視点はこのグループから始まる。と、言うのは、まぁ。豚宮会がビブリアタイタンを挟んで3番街の逆位置にあり、鉄パイプ女が移動に時間食ってるからである。
「むひゃ~、バリバリ」
「ニボシ食ってんな、君。もう。口にしっぽが付いてるぞ」
「ひゃ~」
豚宮会が構えるビルの一室。ホワイトボードの置かれた会議室の机には、まるで新学期かのようなピカピカの書類束が置かれていた。目を細めてみると、どうやら何かのシオリらしい。本に挟む方じゃなくて、修学旅行に持ってくヤツの方ね。
そのシオリの前に、男女が座っている。片や小魚の入った袋に顔を突っ込み、まるで吸い尽くさんばかりにガッついている女。もう片や、その女の頬に付いた魚のカケラを、せっせとハンカチで拭う男。どちらもチャランポランな空気をまとっている。
「マッタク。僕という超天才の相棒として、もっと自覚を持ってほしいものだがね。君」
「む~」
「やれやれ」
男はメガネをクイッと指で上げた。七三に分けられた整った髪に、うっすらと筋肉の付いてるような付いてないような腕。見ようによっては申告通りの超天才に見える。が。着ているアロハシャツが その天秤をアホの方に傾けていた。
「バリバリ」
女の方は、猫っぽい。ネコっぽい。ねこっぽい…や、待て。何だかオカシイ。遠近法のせいかとも思ったが、違う。何か違う。デカい。ようよう観察してみると…あっ! 女の体は少なくとも、隣に座っている男の2倍以上あるではないか! その猫らしい仕草と合わせれば、まるで たまに商店街でハチ合わせする あの巨大招き猫のようだ。
「むひゃ~」
さらに観察を深めると、女が顔を突っ込んでいる袋は市販の煮干し入りパッケージではなく、結構に大きなアサ袋であることが分かる。その中に大量の小魚がザラザラ入っており、女が顔を突っ込むたびに潮騒のようなザザーという音が聞こえた。
「君。頼むよ。せっかくビブリアタイタンがいなくなったんだ。僕らとしては犯人を血祭りにあげてさ。色々と綺麗にしたいワケよ。コレ、昨日の飲み会でも話したコトね。ところで昨日の飲み会と言えば…」
やれ大事なことを言いそうだったのに、話が飲み会にズレたので筋を戻そう。
今、かつてのビブリアタイタンの領地は空っぽになっている。まずこの状態が色々と妙なんやけど、それはさて置き周辺グループの考えだ。
空っぽなら早い者勝ちで奪えばいいじゃない! そう思う未だ若々しい淑女の方々、待たれよ。それじゃ節操なさすぎる。もっとも美しい形としては、ビブリアタイタンを血祭りにした連中を血祭りにあげて、その死体を土産に『ウチがビブリアタイタンの意思を継ぐぜ!』 と領地に凱旋することだ。これなら皆にも示しがつく。
昨日の飲み会を見てみよう。
「今じゃみーんな、あの事件の犯人を追ってる。血眼でね~」
生ジョッキ。金色と泡。を、豪快に飲み干し、女が言った。床を散乱するほど長い赤髪を垂らしている。お決まりのジョークは『これ? 返り血で染まったんだよ』 だ。いつも ややウケする。
「そりゃ皆、ビブリアタイタンの土地が欲しいっすもんね」
七三分けアロハの男が言った。さっきの男だ。
「ま、僕らはいんじゃないですか? 今のくらいがちょうどいいですよ」
「バカモン!」
「いてっ」
男のおでこを、枝豆が撃った。
「そうも言ってらんねぇんだな」 赤髪の女は、次の枝豆を用意する。と、辺りをチラチラ見渡した後、ズイっと男に顔を近づけた。前髪も結構長いので、『まるで紅ショウガに襲われてるみたいだぁ』 と男は戦慄する。
「…カウンターで呑んでるあの女。同業だぞ」
「ゲッ! マジですか」
男は視界の端で、チロリとカウンターの方を見た。そこには確かに、ジャンパーを被るように着て、ちびちびグラスを傾けている女がいる。
「おう。てか、もっといる。アイツだけなもんか」
「えっ、えっ、えっ。何でなんスか トルネード女さん。僕らなんか…」
「ヴァング男。さっき言ったな。皆がビブリアタイタン殺しの犯人を血眼で探してるって。お前、犯人がいるとしたらどこだと思う」
「そりゃ…裏で得のある…あぁ」
考えながら、ヴァング男は察したらしい。がっくりと肩を落とした。
「もしかして、豚宮会って疑われてます?」
「YES! ザッツ RIGHT!」
「うえぇ…それってすっごい」
「メイワクだよねぇ…」
枝豆がポンッと、空中を跳ねた。薄緑色の可愛い豆ちゃんが、トルネード女の舌に乗る。
「ま、ひょーゆーこほでさ。むぐっ…明日からウチも、犯人探しするから。企画書みたいなヤツ作っといてよ」
「…え、今からですか?」
「風のように去るぜ!!」
トルネード女はそう言い残すと、何枚かの札をテーブルに叩きつけて帰っていった。
話を会議室に戻そう。
「…そういえば君。昨日の飲み会いなかったわ」
「シャッーー!」
「いやゴメンて! ゴーメンゴーメン」
ヴァング男は謝ると、じゃれついてきた女の腕を自分の体で全力で押さえた。体格差から見て、女は腕の振りだけでヴァング男を殺すことができた。
「シャッー! シャッ!」
しかし、いつもならこれで収まるんだが、今日に限っては何だか機嫌が悪い。いやでも、さっきまでは煮干しもパクついてたし、機嫌も良さそうだった。
『どうして急に』 不可解に思ったヴァング男が女の目を見てみると、どうやら自分ではなく、窓の方を見ている。
「なんだい。嫌な臭いのする奴でも来たのかい?」
ヴァング男は なだめる手を動かしながらも、ソソソと窓から外を見てみた。
「ん…誰だありゃ…ゲ!」
その時。ヴァング男が見たもの。鈍ったらしいシルバーに光る棒を携え、ツカツカと歩いてくる女!
「鉄パイプ女…最悪なヤツが来たな」
「シャッーー! フシャーーー!!」
バタァンッ! 会議室のイスが、置いてあったところから反対側の壁にまで吹き飛んだ!
「ひえっ」 ヴァング男は身を屈めると、大急ぎで窓のブラインドを下ろし、嵐が過ぎ去ることを待った。
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