第6話 商店街! 鉄パイプ女!!
商店街。3番街を血脈のように広がるその店の通りを、『
「ララらんらん、ララらんらん」
上機嫌! に、鼻歌を歌う女。鉄パイプ女だ。しかし鉄パイプ女だけじゃない。周りの人々も浮足立ち、どこか熱にでもヤられたようにプカプカ歩いている。何ごとか。何ゆえか。正体を掴むには今頃の時期、師走の15日を超えたあたりってのを思い出していただきたい。そうだね。あの、クリスマスっっっッー奴だよォ。
「おうボウズ」
「んえ?」
鉄パイプ女が、本屋で立ち読みしていた小学生くらいの子に話しかけた。
「サンタなんてな。いねーぞ」
「…うん!」
少年は本を戻すと、逃げるようにどこかへ走り去って行った。
次なる目的地。マール・ガン・シールは、ギガロドンバイトを北に進んだあたりにある。と、言ったところで、地理の時間じゃ。以前にここら一帯が、5つの街に分かれてるという事実を話した。記憶が確かならな。それがどんな風に別れてるのかってのが授業の肝なんじゃが。大体のところピザを5つに切り分けたような形になっておる。これが厄介なもんでな。次の時間にお話しよう。だってホラ。なんか変な奴が来おったわい。
「鉄パイプ女だな!」
ピタッ…足を止めた。自分のことを大声で呼ぶ奴なんてのは、指折り数えたって片手で足りる。たまたま街で会った時のヤンキー女とか。依頼でちょっとツルんだ人とか。しかし、その男の顔は、鉄パイプ女の記憶のページには載っていなかった。
「誰だテメェ!」
叫び返す! 商店街のことで、店先の人々が2人に視線を注いだ。
「アサシン男だ。ゆえあって、呼び止めさせてもらった」
「あ、アサシン男…だとォ!?」
視線の一つが声を上げた! 見ると、そば屋から出てきたてのオッサンが、ノレンを掻き分けた手もそのままに唖然と口を開いている。
「柏木一門の暗殺部のぉ! 普段は秘匿されてるっつーメンバーの一人じゃねぇかぁ!?」
「詳しいねぇ! アンタ」
横にいる呉服屋の店主が言った。オッサンは頷く。
「カッ! 何分オイラも、ずいぶん迷惑かけられたモンでなぁ…」
「…! シェル男か」
アサシン男は目の端を光らせる。と、ピシャリと着揃えているスーツ姿が、一瞬だけ崩れたように見えた。
「ハンッ…知ってるってことは、あの場にいたのかい? なぁんであれ重畳だぁなぁ」
「悪いが、アンタに構ってるヒマは無い。オレも忙しいんだ」
「カッカッカッ! 柏木一門も落ちぶれたもんだぁなぁ。そんな小娘狙うなんて」
「おい! 俺ぁ今年で23だぞ! 来年で24だぞ!」
「黙ってろ! チッ、ややこしい」
「そこまでです」
その時、三者ともが一斉に同じ方を向いた!
だけではない。鉄パイプ女は鉄パイプに指を掛け、アサシン男はスーツの内に手を突っ込み、シェル男は前で腕をクロスさせる。全部が一秒以内に済んだことだ。ターゲットを睨みつけて、一様に戦闘態勢を取る。だが、物おじすることも無く、先にいる女は薄く口を笑わせた。
「楽々商店街では、一切の戦闘行為を禁止しております。何卒、ご理解ご協力のほどを」
糸目から伸びる妖艶な まつ毛が、まるで掃くように3人をなぞった。
愕然とするくらい美人だ。色っぽい。和装で、まとめた髪をカンザシで留め上げている。見物人たちはホォと息をつくと、その女性に対して何度か頷いた。が、あぁ。なんてこったい。その整った顔立ちを噛みしめることもなく、まして女性が美人だとさえ気づいてない奴らが2人いた。
『強い…別次元だ』
アサシン男は、石像のように固まった。だが脳だけは活発に動いている。もし女性がナイフでも投げようものなら、目にも止まらぬ速さで叩き落とせるに違いない。逆に他の人から飛んできたらポックリ死ぬ。それほど前にのみ集中していた。
「楽々の自治体かい。手厳しいこってぇなぁ」
シェル男は腕のクロスをより固めると、腰をグググ…アンカーを海に沈めるように、ヘビーに下ろしていった。「…?」 不思議なことに、そうやって腰の深まっていくにつれて、より濃ゆい潮の香りが 呉服屋の店主の鼻をすすっていった。
「悪いがぁなぁ。はいソウデスカとはイカねぇんだぁ。そのアサシン男っつーのとは因縁の深いもんでぇなぁ」
「心得ております。しかし、楽々商店街では一切の戦闘行為が禁止されております。何卒 ご理解ご協力のほどを」
「おい! それしか言えねぇのかお前は!!」
その時、つんざくような声! フルボルテージにまで達しかけていたその緊張的な場を、まるで空気の読めない思春期のガキ見てぇな声が駆け抜けた! 同時に、カァンっ! 自分の存在を知らしめるかのように、地面を鉄パイプで叩く音がする。
「ポンポンポンポン知らねぇツラが並んでやがるなぁ! テメェら自己紹介ってのも出来ねぇのかコラッ!! コウガンムチな野郎どもがよぉ」
厚顔無恥…使い方あってる? 国語は得意じゃないらしいんだ。もう。ともかく、他の3人が顔を見合わせていると、例の美人さんが進んで頭を下げた。
「失礼しました。ワタクシ、『コンテナ女』 と呼ばれています。以後お見知りおきを」
そのスラッとした挨拶に、アサシン男はようやく『ずいぶん整った顔つきをしているな』 と思った。思っている間に、鉄パイプ女はシェル男に向けて睨みを利かせていた。『お前は?』 とでも言いたげな目ツキだ。シェル男は肩をすくめる。
「オイラぁ『シェル男』 だよ、嬢ちゃぁん。だからそんな風に睨むなぁよしてくれぇ」
「だーかーらー今年で23ッつってんだろ! テメェは何歳なんだよオイ…」
「待て、もういいだろ。ずいぶんと面倒になってきた」
呆れっぽくタメ息をつくアサシン男。お察しの通り、鉄パイプ女はこういう態度をとる奴がブチギレ必須の大苦手だった。カァンっ! 地面を鉄パイプで叩く音がする。ゴングだろうか?
「テメェの番がまだだろうがよ!」
「オレはもう名乗ったろ! アサシン男だ。そこにいる男の言う通り、柏木一門のなぁ」
「なーんで柏木一門が俺の目の前に出てくるんだよ!」
「言っときたいことがあるからだ」
「言えよ!」
「言えるか! こんな人が沢山いるところで」
押し問答。不毛な馬鹿っぽい会話に、戦闘ムードは段々と溶けていった。見物人たちも喧嘩の無いことを察してか、なーんだと まばらに散ってっている。皆さん血の気が多いようで。へっへっ。
「おォい!」 わっ! …すると、野太い声が場を塗りつぶした。
「ここで会ったぁがヒャク年目。覚悟しろぉ柏木一門…」
シェル男が! このままじゃ置き去りにされそうなことを察してか、無理やりアサシン男に喧嘩の水を向けた。「!」 辺りを、潮の香りが包み込む。
『能力…』
鉄パイプ女は一歩二歩と、アサシン男から距離を取った。シェル男の発言からして、狙いは明らかにアサシン男。シェル男の能力がアンノウンな以上、巻き添え食らうのはゴメンだった。
「待てよシェル男。オレは…」
「続きぁ地獄で聞く」
香りが、満ちる。その時! 巨大な二枚貝の殻が、まるでシェル男の体を収めるように、大きく口を広げて現れた!
「『
「…!」
真っ青な、炎が!
貝殻をまるで儀式的にフチ取り、煌々と燃え盛っている! と、それだけではない。おそるべきは貝殻の内側…いや、口腔と言った方が良いか。まるでイソギンチャクのようなウネリ、が、歯のありそうな部分に生え揃って、さらに内側では2本の炎の舌がベロベロと狂い踊っている。まるで存在しない貝肉を探し求めているようで、その不気味さにはいよいよ、残っていた見物人たちも慌てて走り去っていった。
「カッカッカッ! 久しぃもんで、生贄を欲しとらぁねぇ」
シェル男は大きく、快活に笑った。その身は貝の中で、蒼炎を背景に仁王立ちしている。熱くないのか…? 不思議に思うだろう。しかし、シェル男含めて場にいる全員が、熱さなんぞ微塵も感じていなかった。あるのはただ、満ち満ちた潮の香りだ。
『あべこべだ。能力らしい』
能力らしい…そう。これこそが、いわゆる能力の特徴だった。一貫性のない意味わからん現象。強い力を持っているほどに、その一貫性の無さは上がる。貝のクセに炎、炎のクセに熱くない、熱くないクセに…身を焦がすような、威圧感!
「さぁて、派手にやぁったろぉかねぇ! アサシン男さんよォ!!」
まるで江戸の花火師のように、シェル男は高々と声を張った! 炎の舌が彼を持ち上げ、辺りをいっぺんに見渡せる。下の全員が首を傾けて、上を見ていた。
「…?」
ところがちょっと、上を見すぎな気もした。
「『
聞こえた気がした。気のせいかもしれない。そう思うのは、突如として現れた大きなコンテナが、まるで大きなハンマーみたく地面に振り降ろされたからだ。轟音。その中では、もはや何が何かさえ分からなかった。衝撃と突風もセットで駆け回る。
「うえっ! いってぇ!」
鉄パイプ女は目に入ったゴミにダメージを受けていた。すると、グイッ! …誰かが、服を引っ張った。
「おい、逃げるぞ。こんなところにいちゃ会話も出来ねぇ」
アサシン男はそう言うと、そのまま鉄パイプ女を引っ張 「おい! 触んな!」 …引っ張れなかったので、「ついて来い!」 とだけ一括して、その場から走り去った。
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