第5話 広報! 鉄パイプ女!!


 とあるバーのカウンター。男が腕枕を作って眠っていた。グースカピーピー寝息を立てては、たまに「うぅん」 とうなされている。ちゃんとベッド眠った方が良い気もする。が、男にとってこのお店は離れがたき半身同然だった。

 …と、おいおいおい。おかしなこった。こういうのって普通は次なる目的地、『ギガロドンバイト』 に進む鉄パイプ女を追うんじゃないのか? それにしちゃ随分と座標がズレてやがる。


「うーん、うーん」


 夢を見ている。その男は、机の上で頭を転がした。棚のお酒たちが、彼を見守っている。近くに置いてあるおしぼり。その上にある老眼鏡も、彼に向いている。レンズには、ショット男と別の男が映っていた。


「…」


 男は黙って、ショット男を見ている。と、やがてすぐに消えた。


・・・・・・・・・


「ギガロドンバイト。ギガ・ロドン・バイト。ギガロ・ドン・バイト?」


 口ずさんではピュ~コラピュコラと笛を吹き、ズザズザ靴を擦って歩くのはこの女。次なる目的地、ギガロドンバイトまでの距離は、雨の日ならちょっと遠慮したくなるくらいの微妙なところであった。徒歩にすれば10分…チョイ? くらい? まぁともかく、近いっちゃ近い。


「ピュ~、ピュピュ~」


 さて、ギガロドンバイトについて説明せねばなるまい。何てったってこれから行くわけだからね。そりゃあもう。街についてちょっとでも理解してもらうためには、そこにいる因子を理解しなくてはならない。柏木一門とビブリアタイタンについては舌先でモテあそぶ程度に説明したので、ギガロドンバイトに関しても ちょっくらサラってみよう。


 4番街。柏木一門やビブリアタイタンが有力視されている街。の、隣にある街。3番街こそが、ギガロドンバイトの巣食うところだった。グループには多くの場合、校風的な大体の雰囲気ってのがある。ギガロドンバイトについていえば、それは『凶暴』 の単語意外にあり得ないだろう。まぁ探せば『暴れん坊』 とか、『極悪』 とかあるだろうけどさ。ともかく、そんな彼らを象徴するような事件がある。


 『双剣事件』 をご存知だろうか。


 待って。その前に、『カオス』 のことを覚えているだろうか。覚えてない人は『超能力を持った物質』 くらいの認識でよろしい。なんで今この話を掘り起こしたかについては、改めて事件名を見て貰えれば自明の理じゃろう。そのとおり。双剣のカオスが、事件に深く関わってくる。


 ギガロドンバイトは治安の悪い2番街を母として、地域密着型のアコギな商売で幅を利かせていた。しかし、ある日 そこに来たるはソルベット・バルバトロス。コイツらはギガロドンバイトと同じく2番街を牛耳るグループで、言うなればお隣サンみたいなもんだった。が、あろうことかチャイムも無しに、突然 奇襲を仕掛けてきやがった。トンデモネェ。ギガロドンバイトは抵抗! するも、敗れた。ソルベット・バルバトロスとともに訪れた、あの双剣によって。


「あんときゃビックリしたね」


 ちょうど語ってる住人がいたので、話を聞いてみよう。


「アイツらさ、そんで半べそかいて、3番街に逃げ込みやがってんの。でも3番街もキツキツだからさ。アイツらが入り込む隙間なんてないってんで、そりぁあもう総出でスカンしたわけね。なのにだよ。何故だかアイツら、例の双剣を持ってやがってたのよ」


 双剣はソルベット・バルバトロスの物じゃ?


「そう! ワケ分かんねぇよな。多分ウラで色々あったんだろうけどよ。でもさぁ…つかな話。自分を追い出した連中と仲良くできるかってんだよな。まぁ実際に仲良くしたから、あんなヤバい双剣 手に入れられたんだろうけど」


 そんなにヤバかったんですか?


「ヤベェよ! アンタ、まさか新参者か? 右の剣を振れば大風がなびき、左の剣を振れば大地が揺れる。アレを持ってる奴だなんて、俺はバクテリアでも戦いたくないね」


 それで?


「それで…? あぁ、事件の方か。アンタ話聞くのヘタだろ。自分の考えをもう相手が知ってるもんだと思ってやがる。色んな人間に触れてこなかった奴にありがちなミスだな。まぁ経験不足のウチは仕方ねぇことだろうが、そういうのは自分から直」


 さて、事件の結末について。

 双剣の力で3番街をムチャクチャに荒らしたギガロドンバイトは、やがて無理やり穴をホがすと、そこにどっぷりと腰を落ち着けた。今じゃすっかり3番街の大勢力だ。開いた口が塞がらない。しかし妙ちくりんなのが、その後のギガロドンバイトの抗争において、双剣が使用された試しがないってぇところだ。普通はバンバン使ってナワバリを広めていきたいよね! それなのに…さ。ウワサじゃ失くしただのバルバトロスに返しただの、いろいろ言われている。


「おー、やってんねぇ。ギ・ガロドンバ・イト」


 目の前のビルを、仰いで見たる。一見して普通のビルだ。が、つつけば蜂が出てくること請け合いの、おっそろしい巣窟に違いない。並みの胆力なら前だって通りたくねぇ。が、そう。この女なら、肩に鉄パイプ担いでノックもなしにドアを開けることくらい、容易なことだろうさ。


「おーーーい!!」


 中の一切も見えないなか、ドアのノブに手を掛け、捻り、開けた!


「………」


 待ち受けていたもの。消音。目線。重たい空気。さっきまで動いてたんだろう人が動きを止め、顔だけで鉄パイプ女を見ている。

 部屋は、白らんでいた。それがタバコの煙のせいだと気付くころには、一番手前に立っていた舎弟っぽい男が、鉄パイプ女の前に競り立っていた。


「…」


 競り立って、何も言わない。ただその目は、身長160cmくらいの鉄パイプ女をガンと見下ろしていた。


「おい、ちょっと聞きてぇことあんだけどさ」

「…」

「リング男いねぇかな。ほら、ココで一番偉いヤツ。お前じゃ多分わかんねぇコトなんだよ」

「…リング男は、今。席を外しております」

「チッ! んだよ。じゃあさ。ここにいる誰でも良いからよ。何か頭イイ奴いねぇかよ」

「…」


 男は、顔をしかめる。と、


「鉄パイプ女」


 その時、呼び声が掛かった。部屋の奥。黒いソファーに腰を沈める、男から出た声だった。

 「ん、おぉ」 鉄パイプ女は目の前にいる男から顔を覗かすと、納得したように首を縦に振った。


「ジュエリー男! そうか、お前もいたなそういやぁ」

「おいおい、忘れて貰ッちゃ困るぜ」


 ジュエリー男と呼ばれた男は、片頬だけを吊り上げて笑った。部屋の、他の全員が見ている。ジュエリー男は吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。と、「おい、コイツぁ良い。とっとと戻れ」 部屋に言い放った。すると、止まっていた時間が、再び動き出した。


「まァさ、座れよ鉄パイプ女」


 言葉と同時に、目の前の舎弟がどく。鉄パイプ女は「へっ」 っと、その男の目を見て笑った。男はまた顔をしかめた。


「今日はどうした。えェ? まさかお前、ウチに入りてぇッてんじゃねぇだろうな」

「そんなじゃねぇよ。ちょっと聞きてぇことがあってさ」

「ほォ、へへ。そりゃズイブンと荒れるよなァ。お前が依頼をこなす時ッてのは大抵、もうロクなことにならねぇからな」

「そりゃ、おう。何でか知らんけど…」

「いんだよ。それもまァ、お前の味なんだからな。お前に依頼を出したトコだって、アレだよ。それを目的でやってるハズだぜ」

「だよな! 別に悩んでもねぇケドさ。それに、あぁそうそう。聞きてぇことの話なんだけど」

「おう、何だ。言ってみろよ」


「ビブリアタイタンの連中殺したのって、お前らか?」


 『ピシッ』 …っと、もし効果音をつけるんなら、そんな文字が浮かぶだろう。ただしガラスが割れたわけじゃない。鏡が割れたわけでも、水晶が割れたわけでもない。空気が割れたんだ。


「…」

「どうなんだよ。別に言うだけだろ?」

「…あァ、確かに、な。そうだなァ」


 ジュエリー男は背もたれに体を寝かすと、着ているシャツのポケットから箱を取り出した。タバコだ。一本取って、口に咥える前に答える。


「やッてねぇ。ウチじゃねェよ、ありゃあ」

「そっか。ホントだろうな」

「本当だよ。恥を晒しちまうかもしんねぇけどよ、ウチにあんな事件起こせるほど、肝の太ェ奴ァいねぇんだよ。もし犯人に会えたんならよ。ウチがスカウトして、貰ッちまいてぇくらいだもの」

「ふーん。おっけー、分かった」

「おう。そんでよ。俺もお前の質問に答えたんだからさ。ちょっと、お前にも答えて欲しいことがあんだがよ」


 ジュエリー男が、タバコを咥え、横を向く。と、さっきの舎弟らしい男が急いで近づいて来て、「失礼します」 ライターの火をタバコに移した。ジュエリー男は いっとき吸って、白い煙を吐く。

 「なんだよ」 待ちきれず、鉄パイプ女は聞き直した。「待ってくれよ」 ジュエリー男はもう一回吸おうとする。その前に、まるでタバコに話しかけるように、一言だけ呟いた。


「ドコから依頼を受けたんだ?」

「柏木一門」

「ウエッッホ! ウェッホっ!」

「どうした? 風邪か?」

「馬鹿野郎お前、答えるのが早ェよ! せッかく雰囲気作ッて聞いたのによ。台無しじゃねぇかコノヤロウ!」

「はぁ!? 知らねぇよ! そっちが聞いたんだろうがよ!」

「もういいよテメェ! あ~そうだよな。お前は答えるよな。あいあい」

「ンだよその言い草はよぉ…」


 鉄パイプ女は勢いよく立ち上がると、『べぇっ』 と舌を出した。

 「もう用はねぇ! 帰るからな!」 言い放つと、前のめりに足を動かして、力強くドアから出て行った。


 パタン…やがて、ドアは閉まった。


「おいチェーン男。お前もよ。アイツのガサツさはお前、見習った方が良いぞ。勢いッてのもまァ、重要なことだからさ」

「はい…」


 チェーン男…後ろの舎弟っぽい男が返事した。


「しかし、柏木一門に依頼を受けたというのは本当でしょうか。裏を取った方がいいんじゃ…」


 後ろで腕を組み、軍隊のように直立している。一方、ジュエリー男は座ったまま首を振った。


「本当だよ お前。鉄パイプ女についてはな、よーく知ッといた方が良い。ウチも昔 依頼を出したことがあるんだがよ。そんときもキッチリ『ギガロドンバイトから依頼を受けました』 って言いふらしやがってんで…要するにアレだ。アイツぁ嘘がツけねェんだよ」

「そ、それじゃあ本当に、柏木一門が あんな女に?」

「あんな女? へッ、そうだなァ。あんな女にだよ」


 ジュエリー男はタバコを咥えると、まるで考えを巡らせるように、体中にニコチンを回した。それから、吐くというよりは置くといった感じで、口から煙を漂わせた。


『やろうッてんじゃねぇだろうなァ。抗争をさ』


 ジュエリー男はタバコを灰皿に押し付けると、ポケットからケータイを取り出し、電話をかけ始めた。

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