第3話 宿泊! 鉄パイプ女!!


「おいお前さん。起きんけコノだらぁ」

「ぐぇぇ…ぐがぁ」

「チッ」


 柏木一門。その準本拠地が、4番街にあった。4番街って言い方はその、ここら一帯に住んでない人間にゃ馴染みねぇかも知れねぇが、とにかく5個に分けられた区画のうち一つだと思ってもらえりゃいい。他の区画はまたどっかで説明します。どっかで。

 さて、柏木一門と言えばの話。奴らは文化とメンツを重んじる、今ドキ珍しい古風な集団だった。屋敷にもその性格が出ている。白壁に、瓦屋根。松だか柿の木だか、とにかく想像しうる『博徒っぽさ』 が詰まっていた。目立つ。とにかく目立つ。そんなもんで、たびたび襲撃を掛けられる。が、奴らは性格そのモノさえ古風だった。


「ワレ…客人やからってモテナス思っとったら大間違いやぞ」


 準本拠地の一室。血の気だったオトウト女が、懐から少しドスを抜いた。目下で眠る女に見えるように、刃を傾かせ、光らせる。それでも、女は起きなかった。どころか寝返りをウち、その刃の眩しさをうっとおしそうにする。耳についたピアスがコロリと揺れた。


「ダボが、知らんぞ」


 オトウト女は寝ていたソイツに跨ると、ずっずっずっ、鞘からドスを動かしていった。さらに、足でソイツの手を踏みつけて、手首を固定する。「ぐぅ」 まだ起きない。ドスはその先端を畳。手首のちょい上のところに潜り込ませると、刃の影を手首に横断させた。


「ドスは『おどす』 から来ちょるっちゅうけど、ウチらぁそんなナマせん。やるんじゃ。やるときゃぁの」


 そう言うと! オトウト女は全体重をかけ、ドスを手首に押し倒した!

 こうすることで刺さってる部分が支点になって、裁断機みたく何でも切れるって寸法よ。普通に切るってよりかは、圧して切ることになる。まして全体重なら、骨くらいはいけるだろう。切る側のネジ外れていることが前提になるが。


「いねや…タコ助ッ!」


 心配無さそうだ。あと、寝ている女の方も、心配ない。


 その女。鉄パイプ女は、手が早かった。


「!」


 ドスが、固い何ぞやに当たった。「うっ…」 どれだけ体重をかけても、ビクともしない。骨が、いや皮膚が鋼鉄で出来ているのか? そんなハズはなかった。そんなじゃ鉄パイプ女じゃなくて鉄人だ。オトウト女は片頬をビクビク吊り上げて、不機嫌に奥歯の方を噛み合わせた。


『コイツ…いや、思ってたまるか』


 代わりに思う。その女の、実力は確かだった。


 ドスと、手首の間に、鉄パイプが挟み込まれている。


「う~ん、あと5分。ママ」

「ワレ…これでも起きんか」


 オトウト女は呆れ、ドスを離して立ち上がった。『アホには付きおうてられん』 ドスを鞘へ。代わりに浮かび上がるように、ケータイを取り出した。

 「きさん、後悔するけの」 電話帳を開き、コール音を鳴らす。相手はすぐに出た。後ろではシンクに水がぶつかる音と、食器のスポンジで擦られる音が聞こえる。


「あぁ、ヤンキー女さんですけぇ?」


 ビクッ…明らかに、鉄パイプ女の体が跳ねた。それでも、まだ横になっていやがる。


「はい。忙しいところ…あぁ、や、そんな。へい、そりゃあもう、おかげさまで」


 向こうは結構なおシャベリらしい。声が滝のように絶えない。結局オトウト女は本題を切り出しきれず、話の空中で右往左往した。さっきまで手首ブッタ切ろうとしてた奴とは思えないあたり、向こうの人が凄いらしい。

 『この人にゃかなわん』 仕方なく、オトウト女はケータイを鉄パイプ女に寄せ、その耳元付近で会話をした。鉄パイプ女の鼓膜に、先の声が届く。


『柏木のところも大変でしょ? なんてったって最近物騒で…』

「テメェ…ホントに掛けやがったのかコノヤロウ…」


 ついぞ、鉄パイプ女が瞼を開き、オトウト女を強く睨みつけた! オトウト女はあっかんべぇをして、ケータイをまた自分の耳に当てる。一方、向こうにも鉄パイプ女の声が届いたらしい。『あら』 と、驚きだけ放られた。


『そこにいるの? 鉄パイプ女』

「へぇ、今ウチに泊っとるんです。仕事の後で、昨日は遅かったもんですけぇ…随分とお疲れのようで、今まで深く眠っとりましたわ」


 目を、鉄パイプ女に。鉄パイプ女は上体を起こすと、『余計なコト言うんじゃネェ』 …小声で言った。


『あぁ、そうなのね。知らなかったわ。だって聞いて! アイツってば…』

「へい。そんで仕事の話を持ち掛けたってのに、ふてくされとるもんですから、ヤンキー女さんに電話掛けたっちゅうワケです」

「ん? おい! 待てやコラてめぇ! 仕事の話なんてしてなかっ」

『鉄パイプ女』


 ビクッ…また明らかに、鉄パイプ女の体が跳ねた。


『約束したわよね。不安定な職業だけど、来た依頼は全部こなすって』

「そりゃ…そう…」

『そうね。ところで、貴方が最後にこの家の家賃を払ったのは いつだったかしら?』

「ありゃ…確か3、2、1」

「ゼロ。ゼロよ! 貴方とシェアハウスを初めて、貴方が家賃を払った回数。ゼ~~~ロっ!」

「お前さん。そりぁアカンじゃろぉ…」


 ニヤケ声。案の定、オトウト女の顔はニヤニヤしていた。『テメェ後でマジ…』 その小言さえブツンと。電話の向こうに遮られる。


『いい? ホントに、ホントだからね今から言うこと。貴方。私が立て替えてる分の家賃。今月中に半分払いなさい』

「半分!? 正気か!?」

『正気も狂気もあったもんですか! むしろ今まで待ってあげたことの方がオカシイのよ』

「オカシイおかしい」

「チンピラぁ…電話が切れた瞬間がテメェの最後の呼吸だぞ」

『コラ! お仕事の話が来た以上、相手はオキャクサマなのよ。口の利き方に気を付けなさい』

「そうじゃそうじゃ」

「ッ…ダラァ…!」


 『それじゃ、せいぜい頑張んなさいよね。探偵さん』


 その言葉を最後に、ケータイは『プー、プー』 と音を立て始めた。


「…」

「…」

「…殺す」

「おっとっと、そりゃぁないじゃろう。ウチはまだ仕事の話を腹に抱えとる。死ねっちゅうんかじゃ喜んで死ぬけど。その場合お前さん。どうやって家賃の半分を払うんかのぉ」


 オトウト女は嬉しそうにしている。と、まるで勝ち誇ったように畳にアグラをかいて座った。顎を小さく引いて相手を下から見るその癖が、今は無性に腹立たしい。デフォルトでガンを飛ばす格好になってしまうのは、彼女が治安の悪い2番街出身だからだろうか? ともあれ、性根の方も喧嘩っぱやそうだ。

 鉄パイプ女は怒りっぽく覚めた眠気のカスを、首を振って追い払った。


「じゃあとっとと言えッ!! くっだらねぇ仕事内容だったらマジぶっとばすかんなぁ!!」

「おー言っちゃろやないの!! つっても きさんみてぇな三下が聞いちゃら震えあがって天井突き破るかも知らんが…」

「おい、待て。どうしてお前が喋る流れになってんだ」


 その時。ふすまが開いた。同時に吹き込んできた風は、身を強張らすには十分だった。


「あ、アニキ男さん…」

「呼んで来い…つったよな。俺ぁ」


 アニキ男は畳を踏むと、とくとくと鉄パイプ女の傍まで歩いてきた。それから黙って、オトウト女の横に座る。アグラをかく。アグラ2人だと膝がぶつかっちゃうかもしれないので、オトウト女は遠慮して正座になっていた。


「時間が遅ぇと思って来てみりゃあよ。なーにを言い争ってんだテメェは」

「へい…すいませんアニキ男さん」

「お前も立派なシャカイジンなんだ。分かるか? 俺が寒ぃ中どんだけ待ちぼうけてたか」

「へい…へい…」

「へいへいってお前。煽ってんのか?」

「へい…あ、や、そんな…へいじゃないです へへ」


 「はぁ~」 アニキ男はタメ息をつくと、鉄パイプ女の方に顔を向けた。


「悪いな。柏木一門っつっても、コイツはまだぺーぺーなんだ。歳だって、数字で言やぁ酒も飲めっこねぇ」

「しっっっかり教育しといてくんな。まったく。こんなじゃ いつ誰と喧嘩になってもおかしくねぇぞ」

「はは、そうだな。いい大人なら流してくれるんだが、俺の配慮が足らなかった」

「…んお? おん。まぁいいや、分かったんならさ。許してやるよ しゃあなしで」

『コイツ、やっぱしアホじゃ』

「ありがとよ。じゃ、早速だが」


 パンっ! …アニキ男が膝を叩いた。

 「仕事の話をしようか」 静まり返った部屋に、3人の間だけが残る。


「ビブリアタイタンが壊滅した件、知ってるな?」

「あー、知ってるよ。もちろん。てか知らねぇ奴いんのかよ」

「いねぇさ。デカいところだったからな。知名度も、体も」


 鉄パイプ女とオトウト女は、その言い草にフッと笑った。


「それが、どうだ。奴ら今じゃプレゼント箱に入るくらい小さくなってやがる。火葬されたからなんて言うつもりはねぇぞ。ココだけの話、な。あいつら全員バラバラの人形になって死んでたらしい」

「バラバラですけ!?」


 どうやらオトウト女も知らなかったらしい。正座していた腕を突っ張らせて、肩をピンと立てた。「狂ってるよな」 アニキ男は首を振る。「挙句、奴らは弱くねぇ」


「何度か戦いを見たがよ。ありゃ怪獣だ。ギリ人間じゃねぇくらいのな。そんな奴らがまとめてバラバラときちゃあ、よ。どう考えたって普通じゃねんだよな」


 『普通じゃねぇ』 …そう、普通じゃない。人間ってのは気軽にバラせるほど脆くもない。ヌイグルミみたくハサミでチョキっとも出来ないし、プラモデルみたくパーツを取り外せるワケでもない。一つ部位を切り出すだけでも、それこそさっきのオトウト女みたく全体重をかけて圧し込めないといけない。一体どうやって…と、推理したいところではあるが、そんなことは考えても仕方なかった。


『どーうせ能力者じゃろう』


 オトウト女は、立てていた肩をシュンと下げた。他の2人も同じ見解らしい。鉄パイプ女はメンドクサそうに「は~」 とタメ息をついた。


「分かった分かった。どーせアレだろ。犯人を捕まえろ! とか、そういう風味の依頼だろ? リョーーカイ」

「早とちるな。やった奴らの名前と居場所。この2つさえ割れりゃあ捕まえる必要はねぇ。後の始末は俺たちがツける」

「オッケー、分かった。んでよ。すっげー大事なところなんだが。報酬ってのはどういう風にお考えで?」

「お前が立て替えて貰ってる分の家賃、全額ってのはどうだ?」

「うげ、聞いてたのかよ…趣味悪ぃ」

「何とでも言え。契約書は?」

「いらねぇ。メンドクセェし、アンタらは約束を破らねぇからな」


 そう言うと、鉄パイプ女は立ち上がった。ちょっとフラついて、肩に鉄パイプを担ぐ。黒いジャージ姿のそれに、銀色の筒棒がよく似合っていた。


「何か分かったら テキギ連絡してくれ。情報抱えたまま死なれちゃ適わん」

「おっけー。誰に掛けりゃあいい?」

「コイツに頼む。おい、連絡先交換しとけ」

「げ…大丈夫です。もう持っちょります」

「ぺーぺーが、3コール以内に出ろよな」

「チッ」


 「じゃ、アバヨ」 そう言うと、鉄パイプ女は部屋を出ていった。

 冬だ。寒い。布団への心残りさえ凍りつくような風に、鉄パイプ女は身を震わせた。『コンビニでコーヒー買お』 息を吐く。立ち昇る白さには、何が起こるか分からないという暗示っぽさも感じられたが、それもすぐに空気へと消えた。

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