第2話 竹林! 鉄パイプ女!!


 鉄パイプ女が朝の目覚まし時計を蹴トばし、二度目の入眠に向けて水面に鋭角で突入していたころ。事態は動き出していた。


『柏木一門』『第七星間飛行隊』『ビオトープ』『万国旗』『ソルベット・バルバトロス』『紅炉』 …等。


 世には、危険な団体がいくつもあった。掃いて捨てるほどあった。実際のところ毎日のように現れては消えてたし、社会から見てもゴミといって差し支えないような連中ばかりだった。もしこれからも生きていたいって言うんなら、こういった奴らとは関わり合いにならないほうがいい。っつっても、まぁ。鉄パイプ女もそういう団体に属してるので、ある意味では既に手遅れかも。


 巨星、ビブリアタイタンが堕ちたのは、師走も初めのゴツ寒い時だった。

 本好きの巨体ばかりを集めた、知と力を兼ね備える堅牢なグループだった。さっきは毎日のように現れては消え~だなんて言っていたが、実力のあるトコロはそれなりに長生きしていた。そりゃもう、くっついたガムみたいに。それが、とつぜん剥がされた。


「聞~いたかよ。ビブリアタイタンの話…」

「んあぁ、皆殺しらしいな。んマジエグイぜ。マジで」

「それもそうだけどよ。時期がさ。師走だぜ? ジュウニガツ。こんな時期にやっかよ普通」


 年の瀬はどこもかしこも忙しい。そりゃどこのグループも同じことだった。それなのに事件の犯人どもは、あろうことか古豪のビブリアタイタンを狙って電撃のように事件を起こした。ヒマでもやらねぇ。皆が口々に語る。特に口数が多かったのは、ビブリアタイタンと仲良くしていたところ。『柏木一門』 だった。


「ござる、ござる」

「アニキ男さん。どうすんですけぇ。ウチらのメンツ的にも犯人共のナマクビ路頭に吊るすぐらいしなきゃあ、アカンのじゃないですけぇ」

「周りに舐められるから、か?」


 アニキ男と呼ばれた男は、持っていた剥き出しの刀を鞘に納めた。少しづつ入り込んでいく白刃の部分が、まるで『今から寝るけどジャマすんじゃネェゾ』 とでも言わんばかりに光沢を放っている。前にいたオトウト女は身震いした。戦慄。地面に横たわる死体は、まだ自分が死んだことに気づいていないらしい。「ござる、ござる」 と喚き続けていた。


『怒ってら…じゃろうよ、アニキ男さん』


 シシオドシの音が、ポン! …鳴った。竹林には血が舞っている。アニキ男の怒りを表すがごとく、彼を取り巻き、扇状に広がっている。「ござる、ござる」 喚く死体。オトウト女はピストルを抜くと、狙いすまして死体のデコを撃った。パァン! …また、鳴った。今さら死体の顔が歪む。


「…」

「メンツも大事だが、よ。もっと、大事なことがあんだろ」


 アニキ男が死体の上に座った。あぁ、見事な切り口だ。遅ればせながら詳細を語ろう。死体は前から首を両断されたのか、頭が無く、前に倒れ、四つん這いになっている。たぶん切られた当初は転んだとでも思ったんだろう。それで地面に手をつき、結果として座りやすい椅子の形になった。アニキ男はこの切り方が大好きで、死体に座ることを趣味としていた。


「柏木一門とビブリアタイタン。仲良くしてたのは、他でもねぇ。俺らの実力がキッコウしてたからだ。そりゃ、お前も知ってんだろうよ。俺らがやり合っちゃ、他の連中に水を与えるだけ。そうだな?」


 オトウト女は黙って頷く。出てない喉ボトケが小さく固唾をのんだ。


「そのビブリアタイタンが、さ。皆殺しだとよう。俺が言いたいこと、分かってきたな?」

「…ウチらもヤバイっちゅう」

「馬鹿野郎!!」


 瞬間! 本当にわずか、一秒を何べん区切っても足りないくらいの瞬間! 迅風が、竹林の笹を撫でた。風はそのまま龍のごとくうねり、意思を持ったトルネードのように場を駆け抜ける。と、オトウト女は思わず目を瞑り、両手でガードを繰り出した。


「おう、だからダメなんだよ。お前は」


 そっと、オトウト女は目を開けた。光景は変わらない。前と後で、何も。


「守んな。俺らぁ、死んでんだ。あの門をくぐったときからな」

「…押忍」

「よし。じゃあ、もっかい聞くぞ。俺らと実力のキッコウしていたビブリアタイタンが、皆殺しだとよう。俺が何を言いてぇか、分かるな?」


 オトウト女は、口をニタリと歪めた。


「そいつら殺しゃあ、ウチらのがビブリアタイタンより強かったって、胸張って言えるっちゅうことです」

「あぁ! イイぃぃ! そうだよッなッ!!」


 アニキ男は勢いよく立ち上がった! 死体が、ごろんと地面に転がる。血が溢れてきて、どくどくと辺りの砂利を濡らしていった。その上で、アニキ男は踊る。殺人鬼となんら変わらない有様に、オトウト女はまた身震いした。


「じゃけんどアニキ男さん。どうやってソイツら見つけるんかちゅうのは その…目星でも ついとるんですけ?」


 踊りが止まった。


「あぁ、頭が回るな」

「踊ってたからじゃ?」

「違う。お前を褒めたんだ。俺が回ってんのは目」

『回っとるんですけ』

「あ~、そうだな。ちょうどいいのが、今ウチに泊ってんだろ」

「…あぁ、アイツ」


 オトウト女は明らかに嫌な顔をして、そのアイツとやらの顔を浮かべた。その機微を見逃さず、アニキ男はオトウト女に問いかける。


「何かあったのか?」

「やつ、ワシが借しちゃった目覚まし時計を、蹴トばしおったんですわ」

「はっ! 凶暴な奴だな。まぁ、その分ハナが利くんだろうが」


 犬…その女は、一見してそういうイメージを持たれがちだった。


「鉄パイプ女。呼んで来い」


 オトウト女は頷くと、踵を返した。その時に、持っていたピストルを懐に仕舞おうとする。


「…!」

「遅ぇよ。このままスルーされんのかと思ったぞ」


 仕舞おうとした、そのピストルは。綺麗に、銃身のところを真っ二つにされていた。

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