第26話 圧巻

 圧巻━━。打刀を振るうエンマを見たセンジュの感想は、その一言に尽きる。


 まるで舞を舞うように、ゆらりふわりくるくるりと、龍共の間を流れるようにエンマが移動するだけで、兵等級の龍がバタバタと倒れていくのだ。その光景は息を呑む絶景であり、見る者を魅了する魔性であった。


「大丈夫ですか?」


 静まり返った擬似空間に、カツンと納刀する音をさせたエンマに、心配そうに声を掛けられて、センジュは初めて自分が我を忘れて、眼前の光景に涙をこぼしながら魅入られていた事に気付き、慌ててこれをジャージて拭く。天上の舞を見て、心を洗われたような気持ちだった。


「あ、ああ、大丈夫だ。そうだな。一ツ目では太刀打ち出来ない事は理解した」


 そう理解した。眼を凝らして見入っていたのに、何が起こったのか分からなかったが、センジュの常識を破壊する事象が眼前で起こった事を、センジュは理解した。


(う、う〜む。50匹の龍が、たった3分で殲滅されるとは……。姉者の報告書は、事実を盛った訳じゃなく、正確に書かれたものだったのか。しかし同速時間では、俺の眼では綺麗な舞が行われた。としか理解出来ないな)


 そう認識を改めたセンジュは、この擬似空間の中に、更に隔離空間を設定する。


「エンマ、その空間内で戦ってくれ。時間は10分。兵等級の無限湧きだ。まず10匹配置し、その後10秒毎に1匹現れるから、そのつもりで戦ってくれ」


「ほ〜い」


 エンマは反抗する事もなく、左手に鞘に納刀された打刀を持ち、素直に隔離空間の中へ入る。足を踏み入れた瞬間に、何やら違和感を感じたエンマだったが、相手はセンジュなので、今更か。と思い直し、そのまま隔離空間の真ん中まで進む。


 エンマが感じた通り、センジュが操作した事で、この隔離空間内の時間は、センジュの時間よりも0.8倍速と緩やかに流れるように設定されている。これで普通であれば眼で追えないエンマの動きも、何をどのようにしているのか分かるだろう。との思惑だ。


 エンマが隔離空間の真ん中に移動したのを確認したセンジュは、龍を配置し、早速、その眼にエンマの動きを焼き付けようと試みる。


 ◯ ◯ ◯


 周りを囲うように配置された10匹の龍共が、エンマに襲い掛かる。


 龍は単純な闘争本能で人間を襲うと思っている一般人は少なくない。しかし、一度でも龍と戦った事のある人間であれば、それが間違いである事を、その肌身で理解している。奴らは狡猾で、1匹であれば陰に潜み、複数集まれば連携して狩りをする。5匹もいれば、一般兵からしたらその連携を想像して、自分が生きて帰れない事を悟り、絶望するレベルだ。


 そんな龍10匹に囲まれても、エンマに絶望どころか、動揺の色はまるで感じられず、その飄々とした佇まいは、4月は清明の頃に、花畑を散歩しているかのようだった。日頃から常在戦場の心持ちを忘れるな。と言い聞かされる軍学校に通うセンジュからしたら、エンマと言う少年は、ただそこに立っているだけで、異質だった。


 龍共が、まるでテレパシーで意識を共有しているかのように動き出す。まず当然とばかりに、エンマの後方より2匹が飛び出す。それも僅かに時間差を付け、1匹を躱したところで、2匹目が確実に仕留めるように攻勢に出る。他の8匹はエンマが龍共の囲いから逃げ出さないようにする為の見張りであり、万一、後方からの攻勢を察知し、前方へ逃げようと、直ぐ様行く手を塞ぎ、攻撃出来るように待ち構えていた。


 円月流・剣術━━弧月。


 しかしエンマが取った行動は、そのどれでもなかった。最初にエンマへその大顎で攻撃してきた龍に対して、まるで適当な枝で草むらを掻き分けながら歩く子供のように、後方へ振り返りながら、エンマは納刀状態の打刀を、鯉口を切り、引き抜きながら上段から振り下ろす。たったそれだけの動作で、龍の顔面は縦真っ二つに裂かれ、その龍が気付く事なく絶命せしめた。


 これによって龍共に動揺が走り、もう1匹、後方から攻めてきた龍の足は止まり、エンマがそれを見逃す訳もなく、一歩、たった一歩足を踏み出し、打刀を左から右に薙いだだけで、後方の龍はその首を落とす事となった。


 何が起こったのか理解出来ない。それはセンジュの感想ではなく、エンマを囲う龍共の所感だ。自分たちが相手をしているのは、確かに人の形をしているもので、兵等級の龍から見たら、人工龍血一号のエンマの龍気など、塵芥ちりあくたと変わらない代物だ。それは兵等級の龍の鱗に、かすり傷一つ与えるに足らないのは、本能が告げている。それなのに、ほんの数刻、まばたき程の時間で、眼前の人間の形をした生き物は、己と同列の2匹を屠ってみせたのだ。その驚愕に龍共の身が竦む。


 そうなってはエンマからしたら、動かぬ巻藁まきわらと変わらない。振り返ったエンマは、スススと滑るように前方へ移動し、ストンと無造作に胸の龍核を打刀で突く。それだけ。それだけでその龍は死に、死んだ龍に興味はないと、打刀を引き抜いたエンマは、またも一歩で右の龍の眼前へと移動し、移動したと思ったら、次へ移動し、その時にはその龍は横倒しとなっていた。


 これに驚き、近付いてきたエンマから距離を取ろうとした龍であったが、何故かその胸に打刀が突き刺さっていた。


 刺された龍が何故? とエンマに視線を向けると、エンマは打刀の柄頭に、左手で持っていた鞘を重ね、まるで槍の如く長さを伸ばして刺していたのだ。


 円月流・剣術━━剣鞘けんしょう・一文字。


 驚愕を伴に絶命した龍へ、一歩近付き、人差し指と中指で柄頭を握りながら打刀を抜いたエンマは、それを振り返りもせずに、2本の指で後方へと投げてみせる。


 投げられた打刀は、そのままエンマの後方にいた龍の眼に深く突き刺さり、それで龍は絶命。後ろへと倒れていく龍へと、エンマは浮羽の驚異の跳躍力で飛び乗ると、打刀を逆手で持ち、倒れる龍から飛び跳ね、その左横にいた龍の上から、龍の目玉に突き刺す。


 残るは3匹。事ここに至り、エンマの脅威に目を覚まされた3匹の龍は、時間差を付ければ、その『差』で討ち取られると直感で理解し、3匹で一斉に襲い掛かる。どれか1匹でも攻撃が通れば、この、龍気が水に融けた一滴の墨のように薄いエンマであれば殺せる。と考え、エンマを囲うようにして襲い掛かった龍共であったが、これに対してエンマは守勢に回る事なく、左から襲う龍の懐へと飛び込み、左手の鞘でその龍の顎をかち上げ、空いた間隙を利用し、後ろから来る龍へと振り返ると、その足を鞘で払い転ばせると、その勢いのままに、右手の打刀が顎を上げられた龍の首から、転んだ龍の首を斬り裂き、最後に残った左手から襲ってくる龍の頭に、鞘を上段から叩き付け、その勢いを利用して、龍の上に飛び乗ると、いつの間にか逆手に持っていた打刀で、その目玉を貫き、最後の龍の最期を看取る。


 円月流・剣術━━剣鞘・比翼連理ひよくれんり


 中国の想像上の鳥『比翼の鳥』。この鳥は雌雄で目と翼を一つずつしか持たず、互いに協力し合い空を飛ぶ。それを模し、剣と鞘を連動させて敵を討つ。それが剣鞘・比翼連理と言う技だ。


 エンマが10匹の龍を討つのに、約6秒半。この後10秒毎に龍が出てきたところで、瞬殺は確実。センジュはこれ以上は無意味と判断し、隔離空間の設定を切ったのだった。

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