第27話 純粋/絡繰
「エンマ、その刀と鞘を連動させて使うのが、円月流の技法なのか?」
隔離空間から出てきたエンマに、センジュが尋ねる。
「技法の一つと言えばそうですけど、そもそもジャージじゃ、
エンマに指摘され、そう言えばそうだったと思い至るセンジュ。普段刀剣など扱わないので、刀剣を扱うのに、剣と鞘だけあれば良い訳ではない事にまで、意識がいかなかったのだ。
「別に、剣一つで戦えと言うなら、そうしますけど?」
「う〜ん、剣一つで戦ったところで、今とさして結果は変わらないのだろう?」
「まあ、そうですね」
エンマの返答に、腕組みをするセンジュ。隔離空間の速度を一番遅い0.5倍速まで落とせば、まだセンジュ視点でもそれなりに見れるだろうが、一ツ目の兵等級では、どれだけ増やしたところでエンマの本気は見れないだろう。
「エンマ、今のは、本来の実力と比べて、何割くらいの力で戦ったんだ? 正確には、医療院で戦った時と比べてだが」
「何割、ですか? うう〜ん、2割くらいですかね?」
「2割!? 本気で言っているのか!?」
驚きの答えに、声が裏返るセンジュだったが、エンマは普段と変わらぬ泰然としたままだ。
「そうですね。呼法も使っていませんから。今くらいだと、ずっと準備運動をさせられているような感じですね」
閉口するセンジュ。自分がエンマの実力を随分と下に見積もっていた事、そしてエンマの底知れぬ実力に、内心震えが止まらなかった。
「その、呼法? を使うとどうなるんだ?」
「別に今も呼法を使っていない訳ではないんです。戦闘用でないだけで」
「そうなのか。……正確なデータが欲しいから、その呼法と、他にも普段から何かしら心掛けているなら、教えてくれるか?」
センジュは画面をメモモードに切り替え、エンマに尋ねる。
「そうですね。普段からやっているのは2つです。呼法━━調息と、禅行━━
エンマが発した名称を、メモに記入していくセンジュ。同時にその名称を検索窓で検索する。調息は禅やヨガで行われる呼吸を調える方法、エンマは花鳥風月と言っていたが、
「禅の事は良く知らないが、この2つからすると、普段から禅を行っている。って事になるんだが、どう言う意味だ?」
「ああ、一般の人は禅と言うと坐禅を思い浮かべますけど、禅と言うのは心の在り方で、別に座っていようが立っていようが、歩いていようが寝ていようが、心煩わせず、心穏やかに無の境地に心を置くのが大事なんです。なので生きる事それ自体が禅であり、日々禅の修行なんですよ」
「そうなのか」
「と言う方便です」
「おい」
センジュのツッコミに、ぺろりと舌を出しながら目を逸らすエンマ。
「でも、俺が日々その心持ちで日常を生きているのは本当ですよ。嘘も貫き通せば本当になりますから」
にこりと微笑むエンマに、センジュは毒気を抜かれる。
「まあ良い。普段が今の状態と考えると、戦闘態勢ではないんだよな?」
「はい。医療院の時は、戦闘用に呼吸を脈息から、更に脈息・裏拍、禅行も寂静に火生三昧まで使いましたからねえ。三ツ目の攻撃で体調は万全ではありませんでしたが、自分の持てる力を使い切った感はありますね」
「ふむ」とそれを聞いて考え込むセンジュ。報告書には三ツ目には他の龍を強化する能力があり、他の兵等級の龍も、5メートルサイズに、8メートルサイズのものもいた。と書かれている。それを考えると、3メートルサイズの龍では太刀打ち出来ないのは納得だ。
(脈息? に、その裏拍? に寂静? に火生三昧?)
これらも検索窓で検索すると、寂静と火生三昧は仏教用語として出てきたが、脈息はヒットなし。恐らく円月流独自の言葉であると思われた。まあ、エンマの話から、これらは戦闘用の呼吸法であると判断出来る。これの検証もしたいところだが、センジュが気になったのは火生三昧だった。
「エンマ、報告書には最後に三ツ目と戦った時、エンマが燃えていた。と子供たちが証言しているのだが、その火生三昧は本当に身体を燃やすものなのか?」
「身体が燃えていた? ですか? いや、火生三昧には何度となくなった事がありますけど、そのような効果はありませんよ? 確かに火生三昧を使う不動明王は、その身を焼きながら悪と戦う明王ですけど、人間が発火して戦うなんて、戦い以前に死にますよ」
エンマの言にはセンジュも同意である。が、エンマが最後に戦った時に、医療院のエントランス前から三ツ目の龍まで、一直線に火が上ったのを、ルリと看護師も目撃しており、また戦闘後の軍による実況見分でも、医療院の前庭に、一直線の焦げ跡があったと記されている。センジュの実力を目の当たりにしたセンジュとしては、この記載が嘘であるとは思えない。実際、龍血細胞を注入された事で、火を扱えるようになった者も少なくないのだ。
「人工龍血一号はあれだが、エンマが元々保有していた龍血細胞が火属性で、それが今回人工龍血と結び付く事で、その力を発揮した可能性はないか?」
これには今度はエンマが考え込む。
「どうでしょう? 何故俺が火を出せないと答えたかと言うと、あの時、俺は耳目鼻口から血を噴き出し、自身の身体の状態をちゃんと把握出来ていなかったので、見えていなかったから、火が出るとは言えなかった。と言うのが正確ですね」
エンマの発言に、直ぐ様センジュは報告書に目を落とす。確かに、ルリの報告には、エンマは全身から血を噴き出し、筋肉断裂に内臓の損傷、体温が100℃を超えていたなどと羅列されている。これで生き残ったどころか、三ツ目の龍を倒したのだから、人間業とは思えない。
「まあ、とりあえず、その火生三昧? ってやつをやってみてくれ」
「やってみてくれ。って、簡単に言ってくれますね。あれ、円月流の奥義的な位置付けなんですけど」
「ほう? 奥義か。俄然見たくなってきたな」
エンマが発した「奥義」との言葉に、センジュは目を細める。何だかんだ、センジュも男の子であり、「奥義」と聞いては捨て置けない。その期待に満ちた目に、エンマは「あれ疲れるんだよなあ」とこぼしながらも、センジュに見せて上げようと、軽く屈伸などして身体を解してから、目を瞑り、脈息・裏拍と寂静を併用する。
円月流・禅行・果ての一つ━━火生三昧。
エンマが正しく火炎の如く熱く暴れる血の脈動を、寂静で見事にコントロールしながら、円月流武芸としての一つの完成形へと至る。
そしてゆっくり目を開けたエンマは、己の身に起きている事象に、一瞬だけ心揺れた。
「確かに燃えていますね」
「え?」
エンマの言葉に、しかしセンジュは聞き返す。センジュにはエンマが燃えているように見えないからだ。そこでサーモグラフィーでエンマの体温を測ると、確かにその体温は200℃を超えている。可燃物燃焼温度は、低ければ160℃からであり、人間の身体にはリンと言う更に燃え易い元素も含まれているので、確かにこの温度なら燃えても不思議はない。墓場で人魂を見るのは、このリンが燃えたのを見たのではないか、と言うオカルトもあるくらいだ。
「熱くないのか?」
「熱いですよ」
普段と変わらぬ平坦な返答に、本当に熱いのか疑わしいが、200℃なんて、人間の細胞のタンパク質が凝固していてもおかしくない温度だ。それなのにエンマは普通に会話をしていた。恐らく、火属性の龍血細胞と思しきものが、エンマを燃焼させるのを防いでいるとセンジュは推測した。しかし解せないのは、センジュの目にエンマの炎が見えない事だ。
故にセンジュはもう一度報告書に目を落とす。何か報告書の記載に見落としがないかと思ってだ。そしてセンジュは、最後の三ツ目の龍との戦いで、子供たちがエンマが燃えていると証言しているが、ルリと看護師からは、その証言がない事に気付く。
(もしかして、高位の龍血細胞を持っていないと、エンマの炎が見えないのか?)
そう考えたセンジュは、己にも高位の龍血細胞が流れている事を思い出し、己の瞳に龍気を集中させる。すると、
「見えた! 確かに燃えている!」
エンマが身体から炎を噴き出しているのを確認し、その事実に興奮するセンジュ。そしてその灰色の脳細胞が、フル回転してこの事象が示す真実にたどり着く。
「そうか。龍気! エンマの炎は純粋な龍気が炎になったものなんだ! だから、龍気量が少ない者だと、エンマの炎が見えないんだ!」
自分の仮説に更に興奮するセンジュ。対するエンマと言えば、
(いつまでこの状態を維持しないといけないんだろう?)
と熱く燃える己の身体と静かに格闘していた。
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