第25話 想定外

「それじゃあ、兵等級にも劣らないと言う、エンマの実力を見せて貰おうかな」


 センジュはそう言うと、何もない空間にゲームのステータス画面のようなものを出してみせると、その画面を操作する。すると床面から横幅10メートルはあるロッカーが出現した。それが自動で開くと、中には様々な龍骸兵器が収納されている。


「それは良いんですけど、とりあえず、俺としては履き物が欲しいですね。別に裸足も慣れているので、このままで、と言うならそれに従いますけど」


 そう訴えるエンマ。今のエンマとセンジュの姿は、部屋にいた時同様にジャージなのだが、エンマはセンジュと違って、素足であった。


「そうか。設定デフォルトだから、そのまま来ちまったのか」


 とセンジュはまたも画面を操作し、エンマにシューズを履かせる。


「これで良いな?」


「ええ。それで、俺は何をすれば良いのでしょう?」


「とりあえず、得意な武器で戦ってみてくれ」


 センジュの要望に、しかしエンマは腕を組んで困った顔となった。


「得意な武器、ですか」


「ああ。医療院では小剣を2本使っていたと言うが、それは緊急時で他に使えるものがなかったからだろう?」


「まあ、それはそうなんですけど……」


 エンマはロッカーに近付くと、1つ1つじっくり品定めしていく。


「う〜ん。センジュ先輩は、これが見たい。みたいなのあります? 銃以外ならどれでも良いですよ?」


「銃以外どれでも?」


 特にこれと言った得物を選ぼうとしないエンマに、戸惑うセンジュ。手元にあるルリからの報告書から、エンマは銃が使えなかったとは聞き及んでいるが、だからと言って、銃以外なら何でも良い。は言い過ぎだと、センジュは考えた。


「いや、何か得意なものがあるだろう? 刀とか、槍とか、それともたまたま小剣が得意武器だったのか?」


「いえ、本当に何でも構いません。俺が修めている円月流武芸は、武芸十八般を地で行く流派で、本当に様々な武器を扱うんです。それこそ、鎖鎌とか独鈷杵とか、戦輪チャクラムみたいなニッチな武器も使いますし、靴紐1本あれば、人間を戦闘不能にするくらい朝飯前なので。まあ、十八般って言っているのに、それ以上の武術を習得させられるんですけどね」


 エンマの言葉に閉口するセンジュ。改めて手元の報告書に目を落とせば、最初、エンマは錫杖を槍のように使ったり、数珠玉を飛ばしたり、そして素手での攻撃で隷等級の龍を全て屠った。と記載されている。これが本当なら、確かに武器は選ばないのだろう。


「まあ、強いて言うなら、棒ですかね」


「棒?」


「はい。うちの寺では、練習用として、精眉棒しょうびぼうと言う、床から眉間の高さまでの本赤樫ほんあかがしの棒を使うんです。それを基準として、刀剣や槍、薙刀などの本道の武器を扱うので、棒が1本あれば、それだけで千人力ですね」


 それが当然であるかのように、エンマの顔が語っているが、センジュからしたら、とても信じられない話だった。


「その木の棒さえあれば、兵等級の龍であっても、回復能力がなければ勝てると?」


「いやあ」


 これに対してエンマが手を横に振る。それはそうだろうと、センジュは心の中で納得した。が、


「兵等級程度なら、回復しないなら素手で倒せます」


 エンマの答えは、センジュの想像を超えていた。


「素手で!?」


「はい」


 素っ頓狂な声を上げて驚くセンジュに対して、顔色一つ変えずに首肯するエンマ。


「…………良いだろう。それならば、その実力、証明して貰おうか」


 センジュは画面を操作して、灰色の空間に、大きさ3メートルはあろう兵等級の龍を呼び出した。エンマが医療院前で戦ったものと同様の、肉食恐竜のようなフォルムの龍だ。その頭にある1つの眼が、エンマを睨み付ける。


「ここは擬似空間だから、龍に殺されたところで、本当に死ぬ訳じゃない。だが、殺されれば、死の苦しみや痛み、恐怖をお前に植え付けるだろう。これを払拭出来ず、兵科を諦めて支援科へ行った者。そもそも征龍軍への入隊を断念して、学校から去った者もいる。それでも、素手で戦うんだな? 俺はお前が殺されそうになったところで、助けに入ったりはしないぞ」


「はあ、どうぞ」


 心配してエンマに忠告したと言うのに、当のエンマの返答は間の抜けたものであった。死を理解していないのか、田舎で少しばかり拳法を習って、自分は強いと天狗になっているのか、センジュはエンマには、現実を突き付ける必要がある。と考え、このままエンマ対龍の戦いを続行する事に決めた。


「……では、始め!」


 センジュの掛け声で戦いが……、始まらなかった。


 センジュがまばたきをした次の瞬間には、龍へ肉薄したエンマの上段回し蹴りにより、龍の首はあらぬ方向へ折れ曲がり、龍は絶命していた。


「…………は? え? な? 何? 何をしたんだ?」


 あまりにも一瞬の出来事に、脳の処理が追い付かないセンジュ。


「何って、蹴っただけです」


「蹴った……、だけ?」


 円月流・無手術━━弧旋一蹴。


 円月流・無手術の蹴りの基礎であり、その動きは上段のみならず、中段、下段にも対応した回し蹴りだ。


「本当に……」


 素手で兵等級の龍を殺した。などと言うレベルの話ではない。兵等級の龍を正しく一蹴したのだ。それは兵等級の龍よりも、エンマの方が確実に強い事を証明していた。


「これくらいなら、10匹出てきても素手で大丈夫ですね」


 エンマの発言がブラフでない事を感じ取り、センジュは震撼する。センジュから見たエンマの印象は、いつもへらへらしている、気楽で考えの足りない人物だった。が、それが戦闘となったらどうだろうか。有言実行と言う言葉も霞む、衝撃の光景を見せられ、身が震える。が、それ以上に、センジュの研究者魂が燃え上がるのが、センジュ自身分かった。この、眼前の少年の底を見てみたい。人間が単体でどれだけ強くなれるものなのか、その深奥を覗いてみたい。


「良し! 10匹だな!」


 センジュはエンマの要望通り、画面を操作して、エンマの周囲に10匹の龍を配置する。


 ◯ ◯ ◯


 結果から言えば、回復能力のない兵等級の龍では、10匹だろうと20匹だろうと、エンマの敵にはならない。と言う事実だった。


「う〜む……」


 この結果を、センジュは画面内で何度も再生しながら、次にエンマに何をさせるべきか考え込む。このまま50、100と兵等級の龍を増やしていっても、エンマに対して有効な手段ではないだろう。そもそも回復能力なしでは、正確なデータと言えない。


 ならば、とセンジュは画面を操作し、兵器類の中から一番弱い物はないか? と探す。しかし、護身用の小剣と言う、はっきり言って龍と戦う事を想定していない武器でも、エンマが持てば、それは確殺の凶器となる。しかしこれより弱い武器は見当たらない。


(造るか? …………いや、造ってどうする? エンマの潜在能力を測るだけの武器なんて、造ったところで他に使い道がない)


 それなら、とセンジュは方向性を変える選択をした。


 征龍軍の一般兵が、龍災の際、標準的に装備している龍骸兵器をエンマが使用した場合、一般兵とエンマでどれだけ差が出るのか。そこからエンマの強さを測れるのではないか。と征龍軍のデータベースにアクセスし、一般兵の兵装と、これによる対龍戦での戦績を元に、センジュはエンマに渡すべき武器を選択する事とした。が、


(基本的に、一般兵が近接武器で戦うと言うシチュエーション自体が稀だな。普通は銃火器を使用し、ある程度龍から距離を取って戦うのが基本戦術だ。自ら龍に特攻するような輩は、低位の龍血の一般兵にはまずいない。そう言うのは、より高位の龍血を注入された、それこそ将校クラスによる少数精鋭部隊なんかの仕事だ)


 それはつまり、既にこの時点で、エンマは高位龍血を注入された少尉と同等か、それ以上の能力を、人工龍血一号と言う最低位の龍血でもって有している事を示していた。いや、龍血など関係なく、エンマ自体がそもそも強いのだ。


(う〜む。これはどうなんだ? エンマの実力は兵等級を圧倒する。これはエンマの人間としての実力なのか、それとも龍神教により注入された不活性の龍血細胞が、それを可能せしめていたのか、既にDNAに変化してしまった状態では、それを推察するのも難しい)


「もうお終いですか?」


 思考に集中していたところへ、エンマから声を掛けられ、ハッと現実に戻ってくるセンジュ。


「ああ……、いや、そうだな。エンマは武器を選ばないんだよな?」


「? はい」


「なら、本当に片っ端から武器を試して貰おう」


 とセンジュはロッカーから打刀型の龍骸兵器を取り出し、エンマに渡した。これを受け取りながら、今夜は長くなりそうだと覚悟を決めるエンマだった。

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