第24話 ブラックボックス
エンマが開いた入口の奥に足を踏み入れると、そこは300号室の半分程の広さがある部屋だった。天井の照明は眩しく煌々と部屋を照らし、眼前には冷凍カプセルのような未来的なベッドが5台並び、左手には何やら工房を思わせる工作机がある。右手はと言えば、
「階段?」
下へ下りる階段があった。
「ああ。下は保管庫になっているんだよ」
センジュが部屋の入口を閉ざしながら答える。
「保管庫、ですか?」
「希少な龍骸素材が収められている。それを使って、そこの工房で龍骸兵器の試作をしたりしているんだ」
これには閉口するエンマ。いくら何でも、ここまで部屋を改造して良く怒られないものだ。と逆に感心してしまう。
「これ、寮監さんは知っているんですよね?」
「当然だろ。何をどうやったら、バレないでこれだけ建物を改造出来るんだよ。まあ、寮長を始め、殆どの学生は知らない事だけどな」
ウカがこれを了承していると言う事は、センジュと言う学生が自由にやる事が、征龍軍の利になるとの判断だろう。それだけ期待されている表れだ。いや、学生には過ぎた工房である事を考えれば、センジュは既にそれ相応の成果を出し、その見返りに、この工房を手に入れた。と考えた方が正しいだろう。
「しかし、この工房は綺麗にしているんですね?」
エンマはぐるりと工房を見回すが、床にはチリ1つ落ちておらず、密閉空間であるのに、空気はとても清浄に保たれている。
「それも実験の1つだな」
とセンジュは説明するのではなく、階段の方へ視線を送る事で、その答えを示した。それに釣られてエンマも階段の方へ視線を向ける。すると何やら半透明のバレーボールが3匹、ぽよんぽよんと跳ねながら階段を上って、こちらへやってくる。
色は薄い赤、緑、青で、その中心には目玉が1つ付いていて、その周囲を、小さな目玉が回っている。まるで惑星と衛星のようだ。
「龍、ですか?」
龍と長年戦い続けてきた人類だが、その龍の有益性は、龍血細胞や龍骸兵器、龍骸装置として、早い段階から認められている。そうなると、龍自体を支配下に置く事で、より有益な仕事をさせられるのではないか。と言う考えに至るのは至極ありふれた思考であり、実際、それを可能とするべく現在も研究が重ねられている。そして隷等級の弱い個体なら、使役する事に成功していた。これを実験動物のように扱い、今後の龍との戦いに備える研究も進んでいる。
「ああ。クリーナースライムと言う
「成程? …………いや、だったら向こうの部屋でも飼育すれば良くないですか?」
「これを飼っているのを知っているのは、この学校でも一部の人間だけだ。実験体でもあるから、ここの外に出して、何か悪さすると、俺がこの学校から追い出される事になりかねない。だからここからの持ち出し禁止だからな。勝手な事をするなよ」
センジュの説明に首肯するエンマ。エンマの精子まで
「触って大丈夫ですか?」
「それぐらいならな。持ち出し禁止なだけだから。そんな触ったら即爆発するような仕組みは組み込んでいないよ」
センジュは冷凍カプセルのようなものをいじりながら、そう答える。それを聞いてエンマは、クリーナースライムに手を伸ばした。
ぷにぷにの触り心地はとても癖になる感触で、いつまでも触っていたくなる。そしてスライムそれぞれを触ると、その温度が違う事が分かった。赤いスライムが一番温度が高く、次いで青、緑の順に冷たくなっている。恐らく仕事の違いが、スライムの熱に違いを生んでいると考えられた。
「準備出来たぞ。そこに寝っ転がれ」
冷凍カプセルをいじっていたセンジュが、スライムを触りながら悦に入っていたエンマに声を掛ける。それにハッと目を覚ますエンマ。ここへ来た目的を思い出し、素早く立ち上がると、センジュの方へ向き直る。すると1つのカプセルの上蓋が持ち上がっている。
「それって擬似戦闘訓練用のカプセルですよね?」
「ああ」
「何でこっちに運び込んでいるんですか? 寮にもそれ用の部屋があるのに」
実際、この第一高校には、擬似戦闘訓練用のカプセルが、学校に学年全員で戦闘訓練を行える大型施設と、寮で部屋別対抗用として、少数で戦闘訓練を行う用のものが設置されている。わざわざこんな隠し部屋に持ち込む意味が、エンマには分からなかった。
「学校のは大丈夫だが、寮のカプセルは俺に対応していないんだよ」
至極当然とばかりにセンジュが答え、その理由に直ぐ様行き着き、
「すみません」
とエンマが謝る。
「別に、謝らなくて良い。俺はそもそも支援科だから、戦闘訓練とは縁遠いしな。他の部屋のやつらも、わざわざ俺を呼んで戦闘訓練をしようとはしないし」
そう言うものか。とエンマはこれ以上センジュにあれこれ口を挟むのも違うと思い、カプセルの中に寝転んだ。
上蓋がゆっくりと下りてきて、カプセルがエンマを収納すると、軽い目眩のような感覚がエンマを襲い、目を瞑って数秒待つと、その目眩も治まり、ゆっくり目を開けば、エンマは灰色の空間に立っていた。広さとしたら、エンマが通っていた中学の体育館3つ分はある広さだ。
「良し。ちゃんと擬似空間に意識が転送されたな」
エンマが空間の広さに驚いていると、後ろから声を掛けられ振り返る。そこには、さっきまでの浮遊椅子に座ったセンジュではなく、己の足で屹立するセンジュがいた。
「あ、あれ?」
「あん? ああ、擬似空間の中でまで、現実の不甲斐なさを持ち込みたくないからな」
成程。と納得するエンマ。この擬似空間と呼ばれる空間の中であれば、センジュも己の身体を動かせるようだ。
「この擬似空間は、カプセル内の人間のデータを完璧にコピーして、この擬似空間に再現する。そうする事で、現実では危険過ぎて行えないような戦闘訓練などを可能とする設備だ。今はデフォルトの何もない空間に設定しているが、設定次第で、森や山、海や空、現実に存在する都市部など、様々なシチュエーションに対応可能となっている」
「噂には聞いていましたけど、実際に体験すると、ちょっと呆然とするレベルの凄い設備ですね。どう言う仕組みで、こんな事を可能にしているんですか?」
「分からん」
「分からん?」
センジュらしからぬ回答に、思わず聞き返すエンマ。
「エンマだって、スマホを使ってはいても、どんな理屈で動いているのか理解していないだろ?」
「それは、そうですけど……」
科学者然としているセンジュの言葉としては、違和感を感じざるを得ない説明だった。
「……まあ、実際のところは、この擬似戦闘訓練用のシステム、俺たちは『センレン』と呼んでいるが、このセンレンは、その根幹の部分がブラックボックスになっていて、誰にも、これがどうやってこんなオーバーテクノロジーみたいな事を可能としているのか、分からないんだよ」
「誰にも、分からないんですか?」
「ああ。このセンレンを作り上げた博士は、史上初めて、次元深度8まで到達した人物なんだが、センシンを作り上げた直後に、暗殺されてしまったからな。このシステムを作るのに必要な素材や、製造工程は分かっているから、センレン自体は量産可能なので、世界中の軍で活用されているが、これがどのような理屈に基づいて動いているのか、誰も知らないんだよ」
何とも空恐ろしい話である。
「…………危険はないんですよね?」
「下手な改造をしなければ、な」
センジュのその言葉の裏に、きっとこのセンレンをいじって、過去に様々な事故が起こった歴史があったのだろうと悟るエンマだった。
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