第16話 動機と勲功

「まず、エンマくんの渡してくれたUSBメモリだけど、この医療院で治療を受けている子供たち、そしてエンマくんの情報が入っていたわ」


 ルリの言葉にエンマは頷く。ここまではエンマの予想通りだ。


「あの看護師は、ここに勤めるようになってから、龍神教の信徒の男と知り合い、薬物によって依存させられるようになったようなの。そうやって男から離れられないように調教されてから、その男の命令で、この医療院の情報を龍神教に漏らそうと企んだ」


「企んだって事は、寸前で阻止出来た訳ですか?」


「エンマくんのお陰でね。あのUSBメモリには、子供たちは勿論、エンマくんの症例が詳細に記録されていたから、これが流出していたとなったら、今後、ここも、エンマくんも、龍神教に狙われる事になっていたでしょうね」


 なっていた、か。ここでエンマは思案する。


「看護師の方は初犯ですか?」


「尋問ではそのように答えています」


 と副官の軍人。しかしそれが本当かはまだ尋問を続ける必要があると言う。


 もし既に子供たちの情報が流出しているとしたら、と考えると、エンマの心は暗くなる。それは今後この医療院が、龍神教のターゲットになるかも知れないからだ。


「ネット回線の方から流出した可能性はありませんか?」


「それはないわね。ここの回線は軍にのみ繋がっているから、不審な通信記録は、逆に龍神教のアジトを教える事になるもの。ここに勤めている者なら誰しもが知っている事だから、その線はないわね」


 なら、その線は消えたか。と頷く。


「外で、電話やメッセージアプリで先に連絡していた可能性は?」


 これにはルリも副官の軍人も考え込む。


「なくはない、かしら?」


 疑問形で副官に尋ねるルリ。


「そうですね。でも詳細までは伝わっていないはずです。それならあんな公共の場で堂々と取り引きしなかったでしょう。少なくともエンマくんが世界中で彼以外に例がない体質である事は伝わっていないかと。ただ可能性はなくはないので、もう少しそこら辺も尋問したいと思います」


 ルリへと真面目に答える副官。


「ゴズはそこら辺頼りないからねえ。頼んだよ、バトウ」


 梅ばあの言葉に頷く『バトウ』と呼ばれた副官。バトウと言うのか。とエンマは改めて副官へ視線を向ける。細身だが鍛えられた身体で、その左胸には海神に負けない記章の数々。そして小さな角が2本額から伸びている。するとエンマの視線に気付いたバトウが、腰を折って挨拶してくれた。


「初めましてエンマくん。私は味鋤あじすきバトウ。あの総司令の面倒を見ている者です」


 自己紹介からして、普段から苦労している事が窺える。


「ゴズもバトウも私の部隊出身でね。昔は獄卒コンビなんて言われて暴れ回っていたもんだよ」


「梅中将、その話は今は……」


 と恥じ入る味鋤。こんなに真面目そうなのに、人間、はっちゃける時期ってものがあるんだなあ。とエンマの視線は生暖かい。これに咳払いして話題を変え、味鋤はあの日の事を話し始めた。


「結論から言えば、今回の龍神教による局地的次元干渉波によるテロと、エンマくんが捕まえた2人は、直接的には関係ありませんでした」


「そうなんですか?」


 疑問符を浮かべるエンマに首肯で返す味鋤。


「そもそもエンマくんが捕まえた2人は、龍神教の工作員としたら末端で、今回の次元干渉波によるテロが、いつ頃決行されるかの情報も事前に聞かされていなかったようです」


 それは本当に末端だな。男なんて倶利伽羅龍の刺青まで彫っていたのに、単にイキっていただけか。とエンマは呆れて嘆息をこぼす。


「ただ、いつでも決行可能なように、事前に結界装置が作動しないようにパソコンにウイルスを仕込んでいたり、龍を集める龍骸装置を密かに設置していたようです」


「何でそこまで? ここにいるのは病気の子供たちですよ?」


「だからよ。あいつらにしたら、龍は人間の上位存在。その高貴な龍の血を、放っておけば死ぬような子供の治療の為に使用して、延命させるなんてのは、教義に反するのよ」


「ええ……」


 ルリの説明によってエンマの中で、龍神教のイメージが更に悪くなった。


「龍神教の教義が何であれ、今回のテロに関して、エンマくんの戦果は、準一等勲功相当のものです。なので本来であれば、二等救星勲章など、相応の褒章をお渡しするべきなのですが、そんな事を公で表彰すれば、ただの高校生がどうやってそれだけの戦果を挙げたのか、世間から勘繰られる事になります。こちらとしてはそれは避けたいので、すみませんが、今回の事は内密にして頂きたい」


「はあ」


 申し訳なさそうな味鋤。が、エンマからしたら、別に勲章が欲しくてこの医療院を救った訳でもないので、勲章を辞退する事に何ら反対するつもりはない。


「代わりと言うのも変な話ですが、エンマくんには東亰の軍学校に通って貰う事になりました」


「本当に代わりになっていませんね」


 確かにエンマは軍学校に入学したかったが、軍がエンマを軍学校に入れたいのは、エンマの実力が軍として有用だと知れたからだ。それなのに恩着せがましいものだ。とエンマは心の内を吐露していた。


「上層部からは、全寮制の軍学校に通って貰えば、龍神教からも守れる。と言う言い分だそうです」


「はあ」


 更に呆れて溜息が漏れる。


「上層部も、それだけでは買収出来ないと踏んだのでしょう。何か要望があれば、出来るだけ叶えるとの言質は取りました」


 言質を取りました。と言う事は、その発言を海神か味鋤が上層部から引き出したのだろう。なかなかに国の上層部の腐敗を感じる発言だった。


「何か要望かあ。それなら……」


 とエンマは梅ばあを見遣る。


「そうだねえ。この医療院に、うちの僧を常駐させる事は出来るかい?」


「僧の常駐、ですか?」


 梅ばあの提案に首を傾げる味鋤。


「こんなご時世だ。軍以外にも頼りたい先が必要だろう」


「まあ、確かにここにそこまで戦力を割く余裕は、今の征龍軍にはないので、ありがたい提案ではありますが」


 そんな、軍側が得をするような提案で良いのだろうか? と味鋤はエンマに確認するように視線を送る。


「うちの寺には、社会に出てから入門した人も少なくなくて、その中には教員免許や幼稚園教諭資格を持っている人もいるので、ただ仏僧として常駐するだけでなく、教育を施す事も可能ですよ」


 エンマが更にお勧めしてきて、更に困惑した味鋤は、今度は梅ばあへ視線を送る。


「こう言う子なんだよ」


「……成程。上層部に見習わせたい精神性ですね」


 得心して深く頷く味鋤。


「本当よねえ。こちらとしても、是非ともお願いしたい提案だわ」


 側で聞いていたルリも、この提案に乗り気である。


「分かりました。この提案であれば上層部も嫌とは言わないでしょう」


「じゃあ、それで。う〜ん。俺も4月から第二の学生かあ」


 と腕を上げてエンマは背伸びをする。第二とは、征龍軍第二特別高等学校の事だ。東亰には2つ軍学校があり、シュラとラセツが通う事になった第一特別高等学校を第一と呼び、こちらは軍から資質を認められた者のみの推薦で入学生が決まり、普通は特二や、京都にある第三などを受験する。北陸にある円月寺の武僧は、京都の第三を受験する者が多い。


「いや、エンマくんには第一に入学して貰います」


「え?」


 味鋤の提案に、素で聞き返すエンマ。


「いや、俺、言っても人工龍血一号ですよ?」


「だからですよ。人工龍血一号は、最初期の龍血なので、その効果が人によってまちまちなんです。なのでエンマくんには、たまたま人工龍血一号と身体の相性が良く、龍血効果が高かった。と言うていで入学して貰います」


「マジですか?」


 エンマの問い掛けに首肯で返す味鋤。


「そもそももう4月です。第二は受験入学ですので、中途入学生は基本的にいません。ですが第一は推薦なので、学生が龍血を注入した時期によっては、中途入学する者が、何年かに1人か2人いるんです。その方が怪しまれないので、エンマくんには第一に入学して貰います」


 マジかー。と天を仰ぐエンマ。第一入学にも驚きだが、寝ている間に4月になっていた事にも驚いたエンマだった。

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