第17話 カンダタ
「うらあっ!! 人間メリーゴーラウンドじゃあ!!」
話も一段落し、いつものどてら姿となったエンマが遊戯室に顔を出すと、海神が両腕に子供たちを3人ずつ掴ませて、ぐるぐる回っていた。
「おう。やっていますねえ」
「エンマか! 助けてくれ!」
ぐるぐる回りながらエンマに助けを求める海神。子供の相手は征龍軍総司令としてもなかなか困難なミッションであるらしい。
「エンマお兄ちゃん!」
「エン兄!」
エンマの姿を見付けた子供たちが、エンマの周りにわあっと集まってくる。
「うんうん。皆元気そうで良かったよ」
笑顔の子供たちの姿に、エンマの方まで笑顔になる。
「助かった〜。ふう、エンマ大人気だな」
言ってその場にヘタレ込む海神。
「誰が休んで良いと言いました?」
「え?」
海神がエンマの方を見ると、エンマの顔は笑顔なのだが、何故か海神は圧を感じていた。
「はい、そこで腕立てして」
「腕立て?」
そう怪訝な顔をする海神だったが、ここでエンマに逆らうのは得策ではないと判断した海神は、素直に腕立て伏せを始めた。
「それじゃあ、子供たち。おじちゃんの背中に乗って良いぞ」
「はあ!?」
エンマの発言に、子供たちが次々と海神の背中に飛び乗ってくる。どんどん重くなるオモリを背に乗せながらも、海神は腕立て伏せを続ける。
「漢は根性じゃあ!!」
言ってグングンと腕立て伏せをする海神に、子供たちは大喜びだ。それを見て、あちらは任せて大丈夫だと判断したエンマは、
「じゃあ、残った子は、俺と本でも読もうか」
はしゃぐのは得意じゃない子供たちに声を掛ける。
「わたし、ネズミさんが大きなホットケーキ食べるやつ」
「おなか空かせたあおむしのやつ」
「ねこさん……」
「地獄」
どうやらこの遊戯室には、なかなかバラエティに富んだ絵本が取り揃えられているらしい。
◯ ◯ ◯
腕立て伏せが終わり、今度は馬になって2人ずつ交代で乗せて、遊戯室を動き回る海神。
「しかし、エンマもなかなか厄介な因縁に彩られた人生送っているよな」
「そうですか? こんな世の中じゃ、むしろ俺みたいなやつの方が多いと思いますけど」
「いやいや、円月寺はそう言った経歴の者が集まり易いから、そう感じるだけだ。それに人工龍血一号で死に掛けたやつなんて、お前以外聞いた事ねえよ。しかも初めての症例らしいじゃないか」
そう言われればそうかも知れない。とエンマは思い直すも、そこに実感は湧かない。これがこれまでのエンマの人生で、別の人生を知らないからだ。
「いったい前世でどんな人生送れば、今世でそんな波瀾万丈な人生送る事になるんだよ?」
「さあ? 盗賊に助けられた蜘蛛だったかも知れませんね」
「ははは。そうだとしたら観音様も意地が悪い」
そんな訳もあるまいと、エンマと海神は笑い飛ばした。
「まあ、何であれ、この子たちの未来を守れたのなら、これまで修行続けてきた意味がありましたよ」
「そうか……。何かあれば俺もバトウも後ろ盾になる。あまり1人で背負い過ぎるなよ」
「は〜い」
エンマと海神の話が終わったところで、子供がまた違う絵本を持ってきた。それは様々な職業を体験出来るものだった。
「皆は将来なりたいものとかあるの?」
「わたしはお花屋さん」
「お医者さん」
「看護師さん」
「お金持ち!」
「軍人さんになって、エン兄みたいに活躍したい!」
「お? 嬉しい事言うなあ。それならちゃんと好き嫌いなく食べて、ちゃんと運動して、ちゃんと身体を作らないとな」
エンマはそう進言するが、子供たちはちょっと微妙な顔になった。
「おや? もしや嫌いな食べ物があるのかな?」
エンマの言は図星だったらしい。子供たちは一斉に俯く。
「だって、ご飯美味しくないんだもん」
1人の子供の意見に、全員が同意する。そう言えば病院食はあまり美味しくないと耳にした事があると、エンマは思い出した。昔よりはマシになったらしいが、子供の口には合わないのだろう。これは、管理栄養士の資格持ちの仏僧も、この医療院行きに入れた方が良さそうだと思うエンマだった。
◯ ◯ ◯
夕暮れの医療院のエントランス前。子供たちも遊び疲れ、うとうとしている。それでもエンマたちを送り出そうと、エントランスに集まっていた。
「うおお……。身体がダル重い。いや、子供の相手はマジで全身運動だな」
結局この時間まで子供たちに付き合わされた海神は、肩を回しながら凝りを解していた。
「書類仕事ばかりで、身体がなまったんじゃないかい?」
梅ばあの意見に顔を背ける海神。
「それじゃあ、お世話になりました」
そんな海神を横目に、エンマはルリに頭を下げる。
「さっきも言ったけれど、世話になったのはこっちの方だからね。エンマくんは何も気にする事ないのよ。それと、月1の検診は忘れないようにね」
エンマは今後、月に一度、この医療院で検査を受ける事になっていた。高校生になったエンマは小児科から外れるが、ルリが強引に意見を通した形だ。
「さて、玄関先で長話も迷惑だろう。私たちはそろそろお暇しようじゃないか」
梅ばあの言葉にエンマ、海神、味鋤は頷き返す。
「エンマお兄ちゃん、またね」
「おう。また来月な」
そうやって手を振りながら、4人は迎えに来たセダンに乗り込み、医療院を後にした。
◯ ◯ ◯
「私が見ていないところで死ぬんじゃないよ」
「そっちこそ、ぽっくり逝くなよ」
「ふん。私は200歳まで生きるから、そんな心配ないよ」
東亰駅で別れを惜しむエンマと梅ばあ。軽口を叩きながらも、その顔はどこか寂しげだ。
「汽車の時間だ。それじゃあ行くよ」
「ああ。またな!」
これに振り返らず手を上げながら、梅ばあは構内へ消えて行った。
「じゃあ、こっちも行きましょう」
2人の別れを見守っていた海神と味鋤に促され、エンマはセダンに乗り込んだ。向かうは征龍軍第一特別高等学校である。
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