第11話 暁諭/勇猛果敢
ガシャンガシャンと突進を続ける龍共。このまま守勢に回っていては、いずれ鉄格子のシャッターを破られて、龍共に全員食われるのがオチだと、誰でも分かる。
(さて、どうしたものかな。隷等級の龍は粗方討伐したとは言え、拳銃でこれだと、突撃銃も作動しないだろう。残るは小剣か)
護身用小剣の刃渡りは30センチ程。刀で言えば脇差以下の短刀サイズ。両刃の直剣で鍔から柄頭まで
「これって、血を注ぐ意味ってあります?」
小剣を手に持ちながら、エンマは首を傾げる。
「それ、高振動するようになっているのよ。それで切れ味を向上させているの」
ルリの説明に、成程。とエンマは納得し、瀉血させようと鍔のスイッチを押すも、何も起こらない。
「剣は柄頭の側面にあるスイッチを押すの」
成程? と柄頭のスイッチを押すと、きっちり瀉血される。そのまま鍔の針に血を注入し、それから再度鍔のスイッチを押す。すると俄に振動を始める小剣。エンマの印象としては、電動歯ブラシだ。
これで本当に龍を斬れるのか? と試しにエントランスの壁に向かって小剣を薙ぐと、正に豆腐を切るとはこの事とばかりに、スーッと横一線に壁が斬れた。これならいけそうだと確信するエンマ。
「エンマお兄ちゃん、勝てる?」
不安そうにエンマの足にしがみつくのは、昼に火球を吹いていた子供だ。エンマはどてらを脱ぎながら、しゃがんでその子に着せてあげる。
「勝つよ。俺の姓の
そうやって子供たち1人1人の頭を撫でて落ち着かせていくエンマ。
「そのどてら、俺の大切なものだから、汚れないように持っていてね。ルリ先生はこっち」
と肩掛けバッグを差し出す。
「あの看護師が龍神教の信徒に渡そうとしていた、USBメモリが入っています」
「分かったわ」
ルリがバッグを預かると、代わりとばかりに、軍用の耳の後ろに貼る薄型通信機を渡してきた。それを左耳の後ろに装着したところで、屈伸などをしながら動きの確認をし、エンマは最後にもう1振りの小剣を拾い上げると、もう一度子供たちを振り返り笑顔を向けると、改めて龍共を見定めた。
「そして俺の名前はエンマ。地獄の大王が、悪龍共の現世での悪行を、見逃す訳ないだろう。全員まとめて、閻魔大王が直々に地獄に送ってやるよ!」
瀉血し、エンマの血を注入した2振りの小剣が、それに応えるように唸りを上げる。
「ルリ先生、シャッターを上げて下さい」
「いけるのね? 信じるわよ!」
ルリの問いに首肯で応えるエンマ。それを信じ、ルリはエントランスのシャッターを操作するスイッチを押す。
徐々に上がっていくシャッターに、龍共の方も無駄に突進するのを止め、早く上がりきらないかと、今か今かと待ちの姿勢だ。
対してエンマはガスマスクの中で独特な呼吸をしていた。普段から行っている呼法━━調息から、心臓の脈動と同じタイミングで呼吸を繰り返し、肺の空気を効率的に全身に流す事で、身体能力を上げる呼吸法。
円月流・呼法━━脈息。
そして、シャッターが上がりきったところで、エンマは堂々とエントランスから出てくる。そんなエンマに向かって正面から1匹の龍が襲い掛かった。しかしエンマはそれに怯む事なく、自らも龍にぶつかりに行く。
円月流・無手術━━破城槌。
全身の突進力を肩と肘に集約し、堅牢な城門さえも破壊する強力なタックルが、エンマに向かってきた龍を吹き飛ばす。5メートルは吹き飛んだ龍によって、ぽっかりと空いた間隙へ、尚も泰然自若に歩を進めるエンマ。
そうして自由に動けるスペースを確保したエンマは、指ですぐにシャッターを閉めるようにルリに指示する。これを見て、呆気に取られていたルリがハッと我に帰ってシャッターを落とす。
「さあ、龍共! 第2ラウンドを始めようか!」
マスクの中で口角を上げ、勇ましく声を張るエンマに、左側から龍が襲い掛かる。その大きな顎を目一杯開けて、エンマを丸呑みにしようとする龍。
(いくら対龍武器と言っても、俺の自力じゃ高が知れている。なら、狙うは首)
エンマを喰らおうと大口を閉じた龍は、しかし口内に何もない事に首を傾げる。そしてエンマの姿を探そうとしたところで、己の右前足の腱が斬られている事に気付いた。
「グガアアア!?」
その痛みに声を上げる龍。その真下にエンマはいた。襲われた瞬間にしゃがみ込み、同時に左の小剣を弧を描くように振るう。
円月流・剣術━━弧月。
円月流・剣術の基礎である円を描く一閃は、見事に龍の手首を斬り裂いていた。
(やはり首なら刃が通るな。手首足首そして
「グガアアア!!」
斬られた痛みで暴れる龍の後ろへ流れるように回り込むと、エンマは両手の小剣で龍の後ろ脚の腱を弧月で斬り裂く。これで立てなくなった龍の上に馬乗りになると、その怜悧な刃は無情に龍の首を斬り裂いた。
(まず1匹)
振り返れば、エンマの見事な解体作業に、あの兵等級の龍共が恐れを抱き後退る。しかしそうやって行動に躊躇いが出る事は、エンマにとっては願ってもない形勢であった。
ふわり。と風に舞うように龍から下りたエンマの行動は速かった。両手の小剣はくるくるりと弧月を描き、その足捌きは龍共の隙間を縫うように動き回り、龍共に髪の毛1本触らせない。
円月流武芸━━花舞川葉/弧月の重ね。
月下の庭に舞うは光刃、その煌めきと共に龍共の血飛沫と断末魔が、この美麗な舞に華を添える。
それはその場にいる者の視線を否が応でも集め、魅了し、戦場において動くと言う当たり前の事さえ放棄させてしまう。間違いなく今、エンマこそが、この戦場の主役であった。
「ググガアアアッッ!!」
が、それを打ち破るように轟く咆哮。エンマがちらりと声の方を見遣ると、稀種の二ツ目龍が、この場全体に響くように吠えていた。ビリビリと身体に伝わる振動に、一瞬だけ足を止めたエンマを狙って、一ツ目の龍が前足を振り下ろす。
それを右半身になって避けながら、エンマが左手の小剣を手首に向かって振り下ろすと、ギンッと硬質な音と共に小剣が弾かれてしまった。
(なっ!?)
理解し難い現象に、思わず動きを止めてしまったエンマに、その振り下ろした龍の前足が、今度は横薙ぎに襲ってくる。これは避けられないと防御体勢に入るエンマ。
円月流・呼法━━
腕を胸の前で交差させ、短く息を吐いて止めると共に、足を思い切り踏み込み、全身の筋肉を収縮させ、身体を製鉄された鋼の如く硬直させる技。
そうして硬くなったエンマであったが、龍との質量差で10メートル程吹き飛ばされる。そこへ更に四方から襲い来る龍共。それに直ぐ様対応するエンマだったが、その攻撃が
(どうなっている? いきなり攻撃が効かなくなった。いや……)
エンマの視線は二ツ目の龍に向けられる。
『司馬くん、その稀種は恐らく、周囲の龍の能力を向上させる能力があるんだと思う』
「ですよね~」
通信機から聞こえてきたルリの推測には、エンマもたどり着いていた。恐らく先程の咆哮に、そのような効果があったのだろうと。隷等級の龍を除く兵等級以上の龍は、その眼の数が増えると使える能力が増えると言う報告がある。一ツ目だと自己回復だけだが、二ツ目の龍に周囲の龍の能力を向上させる能力があっても不思議じゃなかった。
(龍気にそう言うのがあるのかねえ)
何にしても攻撃が通用しないとなると、逃げ回るしかないエンマ。
(光明があるとしたら、恐らく連発出来ないって事だろうな。それが出来るなら、とっくにもう一度咆哮して、更に強くしていれば勝てるのだから)
エンマは逃げ回りながらも、解決策を脳内で模索していた。
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