第10話 月下の武舞

「さて、待たせたな龍共。主役のご登場だ」


 龍共と向き合ったエンマは、言ってガスマスクの中で口角を上げて笑みを見せると、近くの隷等級の龍の目玉に突き刺さっていた錫杖を引き抜く。


「俺は隷等級を相手にするので、門衛さんは兵等級の方をお願いします」


「分かったが、私ももう龍気が少ない。そもそも我々は隷等級を想定して配置されているんだ。牽制程度にしかならないと思ってくれ」


 背後の門衛の言葉に顔をしかめるエンマ。やはり簡単に事態をひっくり返せる訳ではないと覚悟を決め、くるりと錫杖を一回転させると、槍のようにそれを構え、


「ま、それをどうにかするのがヒーローって事で」


 と龍の群れに突っ込んでいく。それに合わせるように、龍共も動き出す。


 迫る一ツ目龍へ、エンマがくるりと錫杖を横薙ぎに払ってみせると、それだけで3匹の隷等級の龍が吹き飛ぶ。これでひっくり返った龍を、錫杖を突きながら1匹1匹屠っていくエンマ。それは門衛からしたら信じられない光景だった。隷等級とは言え、龍骸兵器も持たずにこれを駆逐していくなぞ、人間業とは思えなかったからだ。


 その後も錫杖をくるり身体をくるりと、エンマの動きはまるく、正に月の如くえんを描くようで、それは龍の群れに呑まれる事なく、月光の下で天上への祈祷の舞を踊っているかのように華麗であった。それでいて確実に隷等級の一ツ目龍を屠っていく。


 スッと懐に手を入れたエンマが、何かを取り出し、それを門衛を陰から襲おうとしていた兵等級の一ツ目龍の眼に命中させる。これに奇声を上げる龍。


「しっかりして下さい! 兵等級以上は自己回復能力があるせいで、俺では倒せないんですから!」


 エンマの諌言かんげんに我に帰る門衛。その舞の美しさに思わず魅入っていた。それを恥じながら、現状そんなのんびりしている場合でないと思い出し、突撃銃を兵等級へと向けて引き金を引く。兵等級以上の龍には自己回復能力があり、これに対抗するには、自己回復を阻害する龍骸兵器で傷を与えるしかなかった。しかし門衛の攻撃はその硬質な鱗に弾かれ、龍を僅かばかりノックバックさせるに留まり、その攻撃は通用していなかった。


 エンマは右手で錫杖を振るいながら、左手に握った何かを弾き、それらは隷等級の龍の目玉に命中し、確実に数を減じさせていく。エンマが弾いているのは、糸を引き千切った数珠の玉だった。エンマは罰当たりとは思いながらも、心の中で仏様に非常事態なのでと懺悔しつつ、数珠玉を弾いていく。


 ◯ ◯ ◯


『先生! リネン室に見掛けない機械を見付けました!』


 医療院の中では、ルリの命令の下、医師と看護師が総動員でエンマに言われた龍骸装置を探していた。


『こちら資料室! こちらでも見掛けない装置を確認しました!』


『こちら女子トイレ! 掃除用具入れに該当装置と思われるものを発見!』


 次々と診察室へもたらされる装置の目撃情報。


「床にでも叩き付けて、何とか壊して頂戴!」


 ルリの命に大人たちは応答し、スピーカーの向こうから、ガシャンガシャンと何かが壊される音が聞こえてくる。


 ◯ ◯ ◯


 龍と戦っていたエンマは、目に見えて龍共の動きが鈍ったのを感じ取っていた。これまで狙いを医療院の方へ向けていたのに、どこか気もそぞろのように変わる。1匹1匹の狙いが散らばった印象だ。何事か事態が進行したと思い至り、門衛を振り返ると、


「ルリ先生から連絡! 該当装置と思われる装置の破壊を確認!」


「分かりました! とりあえず俺たちも医療院へ逃げ込みましょう! 一瞬だけエントランスのシャッターを上げて貰えないか相談して下さい!」


「分かった!」


 連絡を取ろうとする門衛に、兵等級の龍が襲い掛かろうとしていた。そいつに向かって錫杖を投げ付けるエンマ。目玉に命中しようと言うところで、龍が眼を瞑り、錫杖が弾かれる。数珠玉は使い切っていた。もう武器を持たないエンマであったが、襲われようとしている門衛たちの下へと駆け付け、そしてそのまま華麗な後ろ回し蹴りを龍の後ろ脚の関節へと叩き込む。


 円月流・無手術━━円旋脚。


 確実に骨が折れた音がして、兵等級の龍の巨体が横倒しになる。


「大丈夫ですか!?」


「あ、ああ」


 エンマの強さに引き気味の門衛。そんな門衛の下にルリから連絡が入る。


『今から開けるから、すぐに入ってきて!』


 ルリの言葉を物語るように、鉄格子のシャッターがガタガタと上がっていく。これで医療院に立て籠もれば、今の統率の取れていない龍共からなら、征龍軍からの応援が来るまで持ち堪える事が出来るはずだ。


 しかしシャッターが上がる音に龍共が反応し、こちらへと向かってくる。それに対して2人の門衛を守るように立ち塞がるエンマ。


 素早く落ちている錫杖を蹴り上げて拾い上げると、襲い来る2匹の龍へと立ち向かう。左右より龍2匹が前足を連続して振り下ろすのを、錫杖をくるりくるりと回転させて受け流す。


 円月流・棒術━━月冴つきさゆ


 これによって体勢を崩した龍の片割れ、その目玉に錫杖を突き刺し、もう1匹の顎へサマーソルトキックをお見舞いする。


 円月流・無手術━━弧昇蹴撃。


 これによって頭が後ろに吹き飛ぶ龍。たたらを踏む先頭の2匹が邪魔になって、後続がエンマに攻撃する事が出来ず、これを確認したエンマは、くるりと踵を返して、素早く門衛2人の襟首を掴むと、上がっていくシャッターの隙間から、強化ガラス製のエントランスの自動扉の中へ滑り込んだ。


「司馬くん!」


「エン兄!」


「エンマお兄ちゃん!」


 エンマたちがエントランスに入ったのを確認し、シャッターが素早く下ろされる中、エントランスではエンマを出迎えるルリたち医師や看護師と子供たち。特に子供たちはエンマが来てくれた安心感で、駆け込んできたエンマにわあっと集まり抱き付く。


「おう! 大丈夫だったか、お前ら? 怪我とかしていないな?」


 これに優しく応え、子供1人1人の頭を撫でていくエンマ。対して大人たちは、重症とされる門衛を担架ストレッチャーに乗せ、すぐに治療室へと運んでいこうとする。が、これに待ったを掛けるもう1人の門衛。


「俺たちはもう戦う力が残っていない。彼に、武器を渡してやってくれ。彼が龍骸兵器を使えば、この医療院の防衛も大丈夫のはずだ」


 門衛の言葉に、エンマの戦いっぷりを見ていない大人たちは首を傾げるが、今その事にいちいちケチを付けている場合でもない。元より治療する為には、門衛の武装は外さなければならない。医師たちは門衛の言葉に従い、武装を解除させて、ルリともう1人看護師を残して、腕を負傷した門衛と共に、治療室へと消えていった。


 それを見送るエンマの下には、突撃銃2挺に自動拳銃2挺、それに護身用の小剣2振りが残されていた。


「う〜ん、いざとなったら、これ使って良いんですかね?」


「そのままでは使えないわ。まずは瀉血しないと」


「しゃけつ?」


 ルリの聞き慣れない言葉にオウム返しするエンマ。


「龍骸兵器は使用者の血を注入し、その龍気波動を龍骸兵器に浸透させる事でその真価を発揮するの。これを『龍血感応』と言うんだけど。目の前の武器たちには、あの門衛たちの血が注入されているから、まずはそれを排出しないと」


 成程? とエンマはとりあえず拳銃を手に持ち、どういじったものかと、多方向からこれを眺める。


銃把じゅうはの内側にスイッチがあるでしょう? それを押し込んで」


 エンマがルリに言われた通り、スイッチを押し込むと、弾倉部分から血がぽたぽたと垂れ落ちる。


「で、撃鉄の根元にある小さな針に親指を押し付ける」


 エンマがその通りに親指を押し付けると、チクリと針を伝って血が拳銃に流れ込むのが分かった。


「これで、使えるようになったんですか?」


「ええ。それで龍気弾を撃てるようになったはず、なんだけど……」


 言い淀むルリ。それには何となくエンマも同意する。そんな2人の側で、衝撃音がエントランスに響き、子供たちが一斉にエンマに抱き着いた。しゃがんで子供たちを抱き寄せながら、エンマがエントランスの入口を見ると、エントランスのシャッター目掛けて、龍共が鉄格子を壊そうと突進を繰り返していた。


「何でだ? さっきまで統率がバラバラになっていたのに」


 言葉にしながらエンマが龍共の様子を注視すると、龍共の最奥、正門入口に、突進している龍たちとは違う、他の龍より小柄ではあるが、ある特徴を持つ龍の存在が確認出来た。


「二ツ目……! 稀種か!」


 先程まで確認されなかった兵等級の龍の中に、兵等級でも稀種の、顔に眼が2つある隊長クラスの龍が、お供に8メートルはあろう大型の龍を2匹引き連れ、エンマたちを覗き込んでいた。


「稀種ですって? くっ、あんなの噂話だと思っていたのに」


 ルリはエントランスに突進してくる龍共を睨みながら、唇を噛む。


「噂話?」


「龍は能力が高くなる程、高位の龍血を持つ者を優先的に襲う習性があると、軍では誠しやかに囁かれているの。まさか本当だったなんて」


 この医療院には、治療の為に高位の強力な龍血によって治療を受けている子供たちが多くいる。それらはあの龍にとっては、格好の餌であるようだった。これにはエンマも顔をしかめる。


「エンマお兄ちゃん?」


 不安そうにエンマを見遣る子供たちの姿に、すぐに笑顔に戻り、子供たちを安心させようとするエンマであったが、先程己の龍血を注入した拳銃の銃口を天井に向けて引き金を引いてみるも、パンッと乾いた音を立てるだけで、銃口から何かが発射された様子はなかった。特殊なケースと言っても、エンマの人工龍血は一号。戦闘には向いていなかった。


(さて、どうしたものかな)


 内心困り果てながら、エンマは二ツ目の龍を睨み付けるのだった。

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