第12話 月夜のワルツ
残る龍は一般兵が10、二ツ目の護衛が2、そして隊長格である二ツ目の龍1。
(さて、ここから逆転の目はあるのかねえ)
二ツ目の龍の咆哮によって強化された、一般兵の龍がエンマを囲み、襲い来る。鋭い牙を揃えた顎が、引き裂く爪を持った前足が、太く質量のある尾が、四方八方からエンマに襲い掛かる。
円月流武芸━━花舞川葉/月冴の重ね。
それを足捌きと小剣を棒のように振り回す事で、全ていなしてみせるエンマ。しかしそれは、こちらが攻めに転じられない形勢である証左でもあった。
『司馬くん! 一ツ目を何とかして、もう2、3匹倒せない!?』
「どう言う事です?」
ルリから飛んで来た指示に、理由が分からず問い返すエンマ。2、3匹を無理して倒したところで多勢に無勢は覆らない。下手をしたらそれに掛かる時間で、二ツ目がもう一度咆哮を上げるかも知れない。そうなったらこちらが崩される。
『覚醒状態の龍骸兵器は、倒した龍の力を取り込んで強化されるの。私の皮算用だけど、それだけ倒しているんだから、もう2、3匹倒せば、硬質化した龍の鱗も斬れるようになると思う』
成程。と事情を理解したエンマに、襲い来る龍の前足。それに対して片足を蹴ってふわりと浮くかのように跳ねる。
円月流・歩法━━
羽根のように軽やかに、空を切った龍の前足の上に立ったエンマは、更に龍の頭を蹴って、後方宙返りで龍共から距離を取る。
距離を取ったエンマの手には、逆手に持たれた小剣があった。エンマは「ふう」と息を吐く事で、攻防の間仕切りをし、改めて龍共と対峙する。
身体は脱力し、右足と右手を前に出した右半身に、そして前に出された右足を、スーッと円を描くように1歩出し、同じように左足も円を描く。小剣を逆手で持つ両手は、
(こいつら、俺が行動パターンを変えたら、急に襲って来なくなったな。無駄に小賢しくて腹が立つ。まあ、来ないならこちらから行くだけだけど)
ヒュッと風を切る音を伴い、一瞬で一番近くにいた龍に肉薄したエンマは、護拳で守られた右拳を龍の腹に突き出した。鈍器で殴ったような音が反響し、数瞬の後に龍が口から体液を吐き出す。
円月流・無手術━━
硬質な鱗に守られた龍。その内側へ浸透させるように適切に、身体を外側へ捻じるようにして、距離と威力をピンポイントで拳を相手に叩き付ける事で、肉体を内側から破壊する技。
(これなら通用するか。ただの凍声じゃなく、小剣の振動も加わっているからな。普段より技の通りが良い。それなら……)
エンマは凍声で凍ったように動けなくなった龍へ、更に追撃を加える。
円月流・無手術━━凍声・
龍の胸に突き出された拳は、文字通り龍の芯を打ち抜き、龍の活動源である龍核を打ち砕く。これによって泡を吹いて倒れる龍。
(良かった。隷等級の龍の解体で知ってはいたけど、兵等級の龍の核も、身体の中心にあったみたいだ。これならいける)
攻撃が通ると分かれば、エンマに守勢に回る理由はない。この光景に見入り、動きを止めてしまった龍共へと、素早く接近すると、その巨体の内側へ入り込み、凍声・心打を打ち込んでいく。
更に3匹の一般兵が倒されたところで、我に帰った龍共だったが、エンマの攻勢は止まらない。更に1匹の龍に肉薄したエンマは、凍声を警戒して前足を胸の前で交差させて縮こまる龍の首に刃を当てて、スッと音もなく斬り捨てた。
(ルリ先生が言った通り、刃が通るようになったな。これなら)
エンマはここを好機と捉え、一般兵共を無視して、二ツ目龍へと迫る。しかしそれを易々と許す龍共でもなく、2匹の護衛がエンマの前に立ち塞がる。8メートルはある巨体。小剣を振るうも、その刃は護衛に浅い傷を与える程度。それは直ぐ様回復してしまった。
(これは直接核を破壊するしかないな)
しかし小剣の刃であろうと、凍声であろうと、龍核のある胸には届かない。護衛もそれを分かっているのだろう。あえて頭を下げる必要のある大顎での攻撃は避け、前足や尾の攻撃だけを仕掛けてくる。
(うざいな)
これを嫌ったエンマは、回り込むように攻撃してきた尾の上に、浮羽でふわりと降り立つと、更に浮羽で跳ね上がる。しかしそれでも護衛の龍の核には1歩届かない。ならばその1歩を足せば良い。
円月流・歩法━━浮羽/
片足で跳ね上がる浮羽で行ける最高地点まで飛び上がったエンマは、そこでもう片方の足で更に空を蹴り、その飛距離を延ばす。2段ジャンプと言う常識外れの御業で持って、護衛の龍の核まで到達したエンマは、順手に持ち替えていた右の小剣に左手を添え、振動数を増やした小剣で持って、護衛の胸に小剣を添える。その刃は強化された護衛の龍の鱗を易々と斬り開き、龍核さえ一刀の下に両断せしめた。
護衛の龍の断末魔の叫声が、天に向かって泣き晒すのを横目に、エンマは着地と同時に二ツ目の龍へと距離を詰める。その刃が二ツ目の龍へと肉薄する。が、天の月が護衛の龍の末期の願いを叶えるかのように、エンマの刃が二ツ目の龍に届く事はなかった。
「グゴゴゴガガガガアアアアッッ!!!!」
二ツ目の龍の咆哮に、『更なる強化』がエンマの頭を過ぎるが、強化が完成するより速く、エンマの刃が届くはずだった。
震える。そして遠ざかる。二ツ目の龍の咆哮は、強化の咆哮ではなく、攻撃であった。エンマはその直撃を受け、身体が震え、咆哮のその振動によってエントランスのシャッターまで吹き飛ばされ、身体を強かにシャッターにぶつける。その衝撃でガスマスクが外れ、周囲の龍毒がエンマの体内を更に冒す。
二ツ目の龍のそれは、エントランスの自動扉の強化ガラスにびっしりヒビが入る程の高振動波であり、その直撃にも、直ぐ様形勢を立て直そうと、立ち上がろうとするエンマであったが、三半規管は役に立たず、ちらりと見た子供たちの声も、通信機越しのルリの声も聞こえない。
耳から、目から、鼻から、そして口から、血を噴き出したエンマは、それでも龍共を駆逐しようと、何とか立ち上がった。視界が段々と真っ赤に染まっていき、ものの数秒で見えなくなる狭間で、エンマは二ツ目の
(二ツ目でも珍しいのに、三ツ目とはツキがないなあ。しかもそれが凍声と同等のうえ、全体攻撃とか、凶悪過ぎるだろ)
五感を封じられ、立ち上がりはしたものの、ゆらりゆらりと揺れるエンマ。そんなエンマを格好の餌と捉え、龍共はその包囲網を狭めていく。対するエンマは、それでも心から勝利を捨てていなかった。
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