第2話 等級と号数
西暦1945年8月某日午前8時15分、米軍の爆撃機により、日本某所にある軍事研究所に、世界初の完成をみた次元爆弾が投下された。これによって次元干渉波が辺り一帯を包み、そこにある全てを呑み込み、それを虚空へと変えるはずであった。しかし、米軍は察知していなかった。その軍事研究所もまた、次元爆弾を研究していた事を。
2つの次元爆弾は互いに干渉し合い、その干渉波は超光速度で地球を包み込み、次元深度10と言う、その後、類を見ない深い次元干渉を引き起こし、地球は異次元と繋がる事となる。
同日午前8時17分、人類史で初、幻想存在とされていた巨大な龍の実在が日本上空各所で確認された。その後、龍は世界各国で確認され、第二次世界大戦は、そのまま征龍戦役へと移行する事となった。西暦の終焉である。
人類史はその後、西暦から征龍暦と名を変え、幾度かの征龍戦役を体験し、その人口の増減を繰り返していきながらも、龍と隣り合う世界に順応しつつ、文明を発展させていく。
強大な龍に近代兵器は殆ど効果がなく、それでも試行錯誤を繰り返す人類。最初の征龍戦役で甚大な死者を出した日本でも、それは変わらず、翌1946年には、世界初の龍血を用いた身体強化法と、同じく対龍兵器であり、龍の骸より作り出された龍骸兵器の製造が始まり、これにより、人類は龍への反撃を開始したのだった。
征龍暦80年━━。世界はギリギリのバランスの下、龍との種の生存を懸けた戦争はまだ続いている。
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「エン兄、そんなところで釣りされると、気が散るんだけど」
円月峯寺がある円月山、その広大な土地の奥、深山幽谷の中に高さ30メートルを超える巨大な滝がある。円月流武芸中伝以上の者のみ足を踏み入れる事が許されたその場所で、滝に打たれるシュラとラセツ。それを少し離れたところから見守る? エンマは、滝の水が流れ込む沢の側に座り込み、渓流に釣り糸を垂れていた。
「ふふ。これは釣りであって釣りではない」
「釣りじゃないって、どう見ても釣りなんだけど?」
シュラの疑問に、右人差し指を立てて左右に「チッチッチッ」と振るエンマ。
「これは俺が考案した禅。釣り糸を垂らしそこに意識を集中する事で精神を落ち着け、悟りの境地へ至る、
「そんな殺生な!」
「ぶふっ!」
シュラの的確なツッコミがツボにハマったのか、シュラの横で真面目に滝行を行っていたラセツが吹き出し、そのせいで口に滝の水が流れ込んでむせた。それを見て嘆息をこぼすエンマとシュラ。
「……まあ、正味、居場所がない」
「そんな事ないでしょう?」
「そんな事あるんだよ。学校の奴らはまだ良いよ」
とエンマが口にし、シュラとラセツは今日の学校でのやり取りを思い出していた。ここら一帯は円月寺が幅を利かせており、同年代でも円月寺の深奥で暮らしているエンマたちは、周りから見ればエリートであり、それは十分に嫉妬ややっかみの対象に成り得るものであった。
そんな中でエンマの格落ちは、格好の話の種であり、普段からエンマを快く思っていない一部の男子生徒たちが、休み時間になる度に、エンマをからかいに来る始末だったのだ。エンマはそんな連中を歯牙にも掛けていなかったが。
「お前らに分かるか? 普段から遊んでいる餓鬼どもに、気を使っているのが丸分かりの生暖かい笑顔で、「ボクたちはエン兄がどこにも行かなくて嬉しいよ」って、10円ガムを1つ渡された俺の気持ちが」
「ぶふっ!」
明確に想像したのだろう。ラセツがまたも吹き出し、むせる。それを見て、学習しないなあ。とエンマとシュラはラセツへ半眼を向けるのであった。
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「結局坊主だったね」
「ぶふっ」
滝行からの帰り道、釣竿と空のバケツを持ち帰るエンマに、シュラが濡れた頭をタオルで拭きながら話し掛ける。その間、ラセツが肩を震わせながらシュラの分の精眉棒も持っていた。
「良いんだよ。周の太公望も、きっとこうやって色んな事を水に流していたんだろうよ」
エンマの屁理屈に呆れるシュラとラセツであったが、それ以上口を挟む事はしなかった。明らかにエンマの背中が煤けていたからだ。
「まあ、これ以上グチグチ言うのも性に合わん。お前らは、
「ああ」
「うん」
背中で語るエンマに、シュラとラセツは自分たちがこれから向かう場所、果ては戦場を思い浮かべ、気を引き締め直すのであった。
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円月寺最奥の寺院。その仏殿で梅観はずらりと並ぶ仏像たちを前に正座し、静かに、数珠を持った手を合わせていた。
「なんだい?」
振り向く事もせず、梅観は廊下からこちらを覗う藤利へ声を掛ける。
「このような事を聞くのは間違いだと思ってはいるのですが、梅観阿闍梨は、エンマくんがあのような結果となると、分かっていたんじゃないんですか?」
「ほう? 何故、そう思うんだい?」
「いえ、確かな理由がある訳ではなく、勘なのですが」
正直に話す藤利の言葉に、暫く沈黙する梅観。長いような短いような時間が流れ、一つ息を吐き出してから、梅観は語り出した。
「12年前、あの子は血と火の海の中で産声を上げたような人生の始まりだった。そんな子にどうしてまた地獄に舞い戻れなんて言えるかい。あの子は、田舎で笑顔に囲まれて育ってくれれば良いんだよ。親として、利己的過ぎるとは分かっているけれど、こればかりはねえ。私もまだまだ修行が足りないようだよ」
「……いえ、莫迦が火鉢を
そう言い残し、藤利はこの場を後にした。
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「それにしても、基準はやっぱり体質なんですかね?」
「だろうな」
3人で山道を登る途中、シュラが疑問を口にする。その矛先は龍血適応結果に対してだ。
龍血には天然と人工の2つがあり、実際の龍より採取された天然龍血は、強力なもので上から、帝等級、王等級、臣等級、将等級、兵等級、隷等級となり、シュラとラセツは上から2番目の王等級に適応していた。
対してエンマの人工龍血一号とは、最初期にいくつかの龍血を混ぜ合わせる事で人工的に創り出された龍血で、天然龍血に適応出来ない人にも、適応出来るように作られている。そして人工龍血は号数が増えていく毎にその性能が上がっていく。つまり最新のものにアップデートされていくのだ。現在最新の人工龍血は八号で、九号の臨床試験が始まっているところだ。
龍の脅威に対抗する為に、国一丸となる事が求められる時勢から、国民皆兵役制を敷いている現日本国において、数少ない兵役が免除される対象が、人工龍血一号の適応者であった。つまりエンマは征龍軍に入る事を拒否されているのだ。
「でも、信じられない」
ぼそりと呟くラセツ。これにはシュラも同意であった。同学年であるシュラとラセツからしても、エンマの武の天稟はずば抜けたものであり、そんな天才が、戦う事を拒否されるとは、世の因果に首を傾げざるを得ない。
「まあ、こればっかりは━━!」
にへらと柔和な笑顔で2人を振り返ったエンマ。しかし途中で話を止めると、その顔はすぐに険しい顔へと変わり、一目散に山を駆け下りていく。
「ラセツ!」
「うん!」
その姿に非常事態と感じ取ったシュラとラセツは、エンマが駆け下りていった方向へと、2人走り出したのだった。
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山裾まで降りてきた2人が目にしたのは、道路でエンマに抱き締められて泣きじゃくる子供たちと、その周囲に散乱する、1メートル程の蜥蜴のような姿をした、隷等級の一ツ目地龍であった複数の残骸だった。
円月峯寺周辺には次元干渉波を抑制する龍骸装置が配置されており、兵等級以上の龍が現れる事は稀であるが、弱い隷等級の龍は度々出没する。そこへいち早く駆け付けるのも、ここら一帯を取り仕切る円月寺の武僧たちの仕事である。が、いくら一等位の低い龍とは言え、それを無手で殺す事が出来る人間が、いったい世界にどれだけいるのか。エンマが龍と戦えないだなどと、血統において決められるものなのかと、シュラとラセツは目の前の光景に、驚嘆と共に疑念を抱かずにはいられないのであった。
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