理不尽な敵意
三
用意されたお母さんのカレーを食べた瞬間、私は零れ落ちる涙を抑えることが出来なくなった。
そんな私のことを、お母さんは心配そうな表情で見ていたが、私は「……ごめん。なんか凄く美味しくって」と言って誤魔化した。勿論、それで誤魔化しきれたとは、微塵も思っていないが。
その後、お母さんと何気ない話をし、歯を磨いてお風呂に入ってから、私はまさに子供部屋といった自室で眠りに就いた。
そして翌日。
お母さんが用意してくれたパンと目玉焼き、ベーコンとブロッコリー、そしてヨーグルトを胃に収めた私は、赤いランドセルを背負って学校に向かった。
「この世界も悪くないかも」
初め、小学6年生になっていた時にはどうしたものかと思ったが、お母さんはまだ元気に生きているし、私には今まで生きてきた25年分の知識と経験がある。この頭があれば、私は当時の自分よりももっと上手くやれるだろう。
それに加えて、タイムリープのおまけ付きだ。これで上手くやれない方が難しいだろう。
「ま、目が覚めるまでは満喫させてもらおうかな」
下駄箱から上履きに履き替え――ようとすると、上履きの中に金色に輝く何かが見えた。
「これって……」
金色に光っているのは、
しかも、両足に一つずつ入れられたそれは、ご丁寧にも針の部分が上を向いている。
「この世界には随分と暇な人がいるみたいね……」
私は上履きから画鋲を取り出し、近くのゴミ箱に投げ捨てた。燃えるゴミ用のゴミ箱だったが、まあ、いいだろう。
階段を上がり、4階に位置する6年2組の教室の扉を開け放つ。
「おはよー」
私はウザがられないよう、また、中身が大人であることを悟られないよう、適度に元気良く教室に入った――のだが、返って来たクラスメイトの反応は、私が思い描いていたものとはかなり違っていた。
「…………」
クラスメイトから向けられる視線が痛いほどに冷たい。
まさか、私のことを敵視しているのは、1人や2人じゃないのか……?
「おはよ、メイちゃん」
教室の前で呆然とする私に、1人の女の子が話し掛けて来た。
黒の長髪に、黒縁の眼鏡。顔は整っていて、磨けばかなりの美少女になりそうなポテンシャルを感じる。名前は……誰だったか。思い出せそうで思い出せない。確か、トから始まる名前だった気がするんだけど。
そんな彼女の周りには、数人の取り巻きがいて、私のことをニヤニヤしながら見ている。
昔はあっち側にいたはずなのだが、どうやらこの世界では立場が逆転しているようだ。面倒臭いったらありゃしない。
「おはよ」
「ねえ、メイちゃん。わたしがお願いしたやつ、ちゃんと持ってきてくれた?」
「え?」
お願いしたやつと言われても、私がこの世界に来たのは昨日の夕方だ。彼女のお願いなんて、知るわけがない。
しかし、それは彼女も一緒で、私の事情なんて知ったことじゃないのだろう。私の反応を見た彼女は、明らかに不快感を顕わにしていた。
「え? じゃないでしょ。早く出してよ」
「出してよと言われても、一体なんのことだか……と言うか、あんた誰だっけ……?」
私がそう言うと、彼女は額に青筋を立てた。
「……誰だっけ?」
殺意にも似た怒りをぶつけられた私の頭に、一つの名前が浮かび上がった。
「ああ、
「国語の宿題! 早く出しなさいよ!」
そう言って、渡良瀬川知美は右の手の平を私の方に向けた。
「だから、やってないんだって。嘘だと思うなら確認してみてよ」
そう言って、私はランドセルを渡良瀬川知美の方に差し出した。
しかし、ランドセルを手に取った彼女は、中身を確認せず、そのまま地面に叩き付けて自分の席に行ってしまった。
「所詮は子供ね」
私は地面に落ちたランドセルを拾い上げ、自分の席に腰を下ろした。
それにしても、厄介な世界だ。
詳しいことは覚えていないが、渡良瀬川知美は元々あんな感じではなかったはずだ。寧ろ、今の私の立ち位置にいるようなタイプの子だったと思う。
1回目のトラック事故と言い、渡良瀬川知美と言い、ここは私が実際に生きてきた世界とは大きく異なっているようだ。
面倒臭いことこの上ないが、人間関係については相手は所詮子供、すぐにカースト上位に返り咲けるだろう。
そんな風に思いながら、私はランドセルから学習用のタブレットを取り出した。
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