ホイールオブタイムリープ

スタートオブタイムリープ


 一


「…………」


 電源の点いていない電子黒板、金属製の教壇、綺麗に30個以上並べられた学生用の机、背もたれに折りたたみ式のヘルメットがぶら下げられた椅子、持って帰り忘れたのであろう体操着や給食着袋――それら全てが、窓の外から差し込む蜜柑色の夕焼けに照らされている。


 どこからどう見ても、学校の教室だ。


 しかし、教室にいるべき生徒達の姿は、一人も見当たらない。


 と言うか、私――車戸メイは、どうして学校の教室にいるんだろうか。さっきまで、買い物に行くため、時増駅に向けて歩いていたはずなのに。


「一体、何がどうなって――」


 そう言いかけたところで、私は自分の喉から出た声に無視出来ない違和感を覚えた。


「声が……」


 私の声じゃない。いや、私の声だが、明らかに若い。若過ぎる。


 よく見れば、おかしいのは声だけじゃない。


 この小さな手、幼い身体は、明らかに小学生くらいの子供のものだ。


「まさか……」


 私は黄昏色に溺れる教室から飛び出し、そのままの勢いで女子トイレに飛び込んだ。


「嘘、でしょ……」


 水垢のついた鏡に映っていたのは、小学生くらいの、まだ化粧っ気もない私だった。


「これって、夢……だよね……?」


 夢でなければ、私は記憶を保ったまま過去に戻ったことになる。それは流石にあり得ないだろう。


 私は女子トイレを出て、先程までいた6年2組の教室に戻った。しかし、先程と同じく、人の姿はない。ここにいるのは私だけだ。


「暫くすれば覚めるよね……」


 とは言え、ここでじっと待っているのは退屈だ。


 私は机の上に一つだけ置かれたランドセルを肩に掛け、廊下に出た。


 懐かしさを感じるリノリウム製の緑色の廊下を歩き、階段を下りて一階へ。6年2組の、5段✕8列の下駄箱から自分の名字を探し、中に入っていた靴を取り出す。


「この靴……」


 取り出したのは、白とピンクのスニーカーだった。


 これは、小学5年生の時、私が母にねだりにねだって買ってもらったものだ。凄く気に入っていて、靴底が擦り減るまで殆ど毎日履いていた記憶がある。


「……夢の中とは言え、この靴をもう一度履けるなんてね」


 呟きながら、私はスニーカーに足を通した。ほんの少し小さい気もするが、不思議と足に馴染む。


「……そうか。小学6年生の時ってことは、お母さんもまだ生きてるのか」


 私のタイムラインでは、5年前に癌で亡くなってしまったお母さんも、この世界ならまだ生きているはずだ。しかも、元気な姿で。


「早く帰らないと」


 私はスニーカーの靴紐をきつく結び、玄関口から外に出た。


 いつも着けているEXtENDがないため正確な時間は分からないが、恐らくは夕方なのだろう。空は薄暗いオレンジ色に染まっており、身体を抜ける風は少し冷たい。今は秋か冬なのか、凍えるほど寒い、とまではいかないが、気を抜くと身体が震えてしまう。


 そんな中、私は15年前の地理を思い出しながら、今はなき実家を目指した。


「懐かし。この公園でよく遊んだっけ」


 途中、通り掛かった公園は、私の記憶のままだった。ただし、そこにいるべき子供達の姿は見えない。あるのは、少し劣化の見られるブランコや滑り台、そしてジャングルジムだけだ。


 そんな公園を通り過ぎ、更に5分ほど歩くと、向こう側から黒いパーカーを着た1人の男性が歩いて来た。


「…………」


 嫌な予感がした。


 だから、私は踵を返し、曲がり角に向けて走り出した。


「はぁ……はぁ……っ」


 角を曲がり、そのまま家に向かって走り続け――ようとした瞬間、私の目の前に巨大な壁が現れた。


「え」


 巨大な壁は、トラックだった。


 そして、それを認識した次の瞬間、私の視界は真っ黒になった――

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