強制適用(Forced Application)


 No.Ⅲ


 睡眠薬で眠らせた細田さんを見下ろしながら、わたしは甲賀に電話を掛けた。


「森羅さん、いつもありがとうございます。安心安全迅速丁寧、お手頃価格がモットーの『SHINOBI』でございます」


「すいません、甲賀さん。いきなりで申し訳ないんですが、今すぐ家に来ていただけませんか」


「承知いたしました。ちなみに、依頼内容はなんでしょう? 運ぶものが多い場合は、人を増やさないといけないので」


「生きている人間1人の運搬です。あと、目的地までわたしも連れて行ってもらえると助かるんですが」


「承知いたしました。それなら、私1人だけで大丈夫そうですね。今すぐ向かいますので、少々お待ちください」


 この電話から僅か10分後、家のインターフォンが鳴った。


 玄関の前に立つ甲賀は、カモフラージュのために配送業者の制服を着ており、大き目の段ボールを脇に抱えている。後ろに止まっているトラックも、完全に業者のそれだ。流石はプロ、細かいところまで行き届いている。


「どうぞ」


「失礼します」


 甲賀を家の中に招き入れ、細田さんが眠っている地下のサーバールームに連れていく。


「彼を神成書店まで連れて行ってください。あ、あとここの事は」


「勿論、誰にも口外しませんよ。プロですから」


 そう言うと、甲賀は慣れた手付きで段ボールを組み立てると、その中に細田さんを寝かせた。


 段ボールの上をガムテープで軽く止め、それを軽々と持ち上げる。


「それじゃ、行きましょうか」


 階段を上り、家の外に。甲賀が止めていたトラックの荷台に細田さんの入った段ボールを置き、運転席へ。わたしは助手席に座った。


「シートベルトお願いしますね」


 甲賀に言われ、シートベルトを取り付ける。


「それじゃ、出発しますね」


 甲賀がタッチパネルに行き先を設定し、トラックがゆっくりと走り始めた。


 それから神成書店に着くまでの約30分間、わたしや細田さんに関する話題を、甲賀は一切振ってこなかった。顧客の私生活には踏み込まない、ということなのだろう。ありがたい限りだ。


「それでは。またのご利用をお待ちしております」


 神成書店の地下に細田さんを運んでくれた甲賀は、完璧な営業スマイルを残し、トラックに乗って去っていった。


 あれで殺しまで請け負っているのだから、本当に恐ろしい。人は見た目が9割という言葉もあるが、残り1割がいかに大事かを痛感させられる。


「……で。なんでこんなことになってんだ?」


 研究室の中、段ボールの中で眠る細田さんを見ながらツイが言った。


「……実はサーバールームの鍵を掛け忘れてしまって。細田さんが『万象』を見てしまったんです」


「ああ、あれか。説明しなきゃただのサーバールームだし、別に見られたって問題ないだろ」


「……説明しちゃいました。THE ANSWERを使用した細田さんなら、受け入れてくれるかな、と」


 わたしがそう言うと、ツイは深い溜息を吐いた。


「あんなの個の侵害の最たるものだぞ? 普通の人間が受け入れられるわけねえだろ」


「やっぱりそうですよね……」


 底の底まで分かり合える相手が欲しいと思ってつい先走ってしまったが、やはり時期尚早だったようだ。


「で。どうするんだ、この男」


「時間を掛ければ分かり合えるとは思うんですけどね……今は時間がないので、取り敢えず『万象』に関する記憶だけ消してもらえますか?」


「分かった。他の処置は不要か?」


「そうですね……あ! もし可能なら、わたしの脳と同じ処理をしてもらえませんか?」


 わたしが思い付きを口にすると、ツイは露骨に顔をしかめた。


「……こいつにTHE ANSWERを与えるのか? あまり良い手とは思えないが……」


「失敗したら元に戻しますから。取り敢えず、やってみてもらえませんか?」


 わたしがそうお願いすると、ツイは呆れた表情で頭を掻いた。


「……やれやれ。どいつもこいつも欲が深いぜ」

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