Source of Power(力の源泉)


 No.9


 2059年8月15日、気付いた時には、オレは自分の身体に戻っていた。


 恐らく、入れ替わり現象の原因であるあの男性が、何かしたか、もしくは何かされたのだろう。


 とにかく、これで世界は正常に戻った。


 しかしそれは、オレと森羅さんの関係が終わることを意味して――はいなかった。


 入れ替わりが解消した日、オレは入れ替わり時のお詫びを改めてするために、森羅さんに会いに行った。


 その際、森羅さんが、


「ねえ、細田さん。もしよかったら、これからもわたしのお手伝いをしていただけませんか?」


 と言ってくれた結果、オレは森羅さんの家で住み込みで働くこととなった。


 まあ、働いていると言っても、料理や掃除、洗濯など、森羅さんが今まで外部委託していたものをオレがやっているだけだが。


 勿論、これは言うまでもないことだが、下心も他意も当然ある。ありまくる。


 だからこそ、オレは今、一周回って慎重に行動している。彼女のような素晴らしい女性とこんな関係になれるチャンスは、恐らくもうないだろうから。


「それじゃ、行ってきますね」


「行ってらっしゃい。お気を付けて」


 玄関で森羅さんを見送ってから、食べ終えた食器を片付けるためにリビングに戻る。


「それにしても、まさか森羅さんが寝坊するとは」


 よっぽど疲れていたのだろうか。


 食器をまとめて食洗機に突っ込み、廊下に出る。


「ん?」


 廊下の突き当たり、いつもは鍵の掛かっている部屋が、微妙に空いていた。森羅さんが鍵を掛け忘れたのだろうか。


「…………」


 いつもは閉じ切られたあの部屋には、一体何があるのだろう。気になる。


「……良い機会だし、掃除でもしておこうかな……?」


 誰に言い訳しているのか謎だが、オレはそう呟いてから、突き当たりの部屋の扉を開いた。


「これは……」


 扉を開けた先にあったのは部屋ではなく、地下に続く階段だった。


 その先は、暗闇と一体化していて、見ることは適わない。奥から漏れ出て来る冷気も合わさって、永遠に続いているようにさえ思える。


「…………」


 扉が閉じられていた時よりも気になる。


 だけど、それと同時に怖い。


 この先に行けば戻って来れない、そんな気がしてならない。


 それでも、


「……行くか」


 オレは好奇心を優先した。


 EXtENDのライト機能をオンにし、真っ暗な足元を照らしながら階段を降りていく。


 そして、階段を下りきると、突然照明が点き、辺りが照らされた。


「これは、サーバーか……?」


 家の大きさとは比べるべくもないほど広大な空間には、何かのサーバーらしきものが大量に設置されていた。


 成る程、だから寒かったのか――



「見てしまいましたか」



「っ!?」


 振り返ると、そこには外出したはずの森羅さんが立っていた。


 怒っているのか、表情に笑みはない。


「森羅さん、この部屋は一体……」


「EXtENDのサーバールーム兼THE ANSWERの学習データ保管庫ですよ。わたしは『万象ばんしょう』と呼んでいます」


「THE ANSWERの学習データ……?」


「はい。ここには。THE ANSWERを使用する際は、わたしの脳に埋め込まれたチップを通じて『万象』にアクセス、生成AIによって回答を割り出しています」


 正直、THE ANSWERの正体が生成AIだったことよりも、オレにとっては、EXtENDから情報を抜かれていることの方が衝撃だった。


「……と言うことは、オレ達の情報はEXtENDを通じて筒抜けってことですよね……?」


「THE ANSWERの学習データになるという意味ではそうですね。勿論、プライバシー保護のために、LAWデータにはアクセス出来ないようにしてますよ」


 それが当たり前のことであるかのように、森羅さんは表情一つ変えずにそう答えた。


 どうやら、彼女は根本的に、オレ達一般人とは異なる人間のようだ。


「……森羅さん」


「はい」


「こんなのやっぱりおかしいですよ……他人の情報を勝手に使うなんて、人間がやっていいことじゃない……」


 オレがそう言うと、森羅さんの顔に陰が掛かった。


 そんな彼女が、ゆっくりとオレに近付く。


「やっぱり、お話するには少し早かったようですね」


「っ!?」


 首元に注射器のようなものを刺され、液体を流し込まれる。


 瞬間、身体に力が入らなくなり、オレは地面に倒れ込んだ。


「おやすみなさい、細田さん」


「しん……ら……さ……」


 森羅さんに向けて右手を伸ばそうとしたが、残念ながら、オレに出来たのは指先を動かすことくらいだった――

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