意識付け(Awareness)


 No.Ⅰ


 細田さんと別れた後、わたし――森羅真理は、再び白井キイの元を訪れた。


「……誰ですか?」


 インターフォンの向こう側の白井キイの声は、明らかにわたしのことを疑っていた。


 まあ、今のわたしは細田さんの見た目だし、無理もないだろう。


「森羅真理です。1年振りですね、白井さん」


 インターフォンの向こうで白井キイが息を呑んだ、気がした。


「……そこで少し待ってて」


 そう言ってから僅か1分ほどで、玄関から白井キイが姿を現した。


「やっぱり貴女は入れ替わってないんですね」


 わたしがそう言うと、白井キイは顔をしかめた。


「……今日はなんの用?」


「貴女の従弟の源初さん、彼が今回の入れ替わり現象の原因だということを伝えに来ました」


 わたしがそう言うと、白井キイのメガネの奥の目が大きく見開かれた。


「どうしてそれを……」


「ああ。その反応、やっぱり知ってたんですね。酷いなあ、わたし達は入れ替わりのせいでこんなに苦労しているのに」


「……何が目的なの?」


「そんなに敵意を向けないでくださいよ。1年前、を見せてあげたじゃないですか」


 そう、わたしは1年前、THE ANSWERの噂を聞きつけた白井キイに頼まれ、彼女の望む未来を見る方法を教えた。


 つまり、彼女はわたしの顧客の1人というわけだ。


 と言っても、実際にわたしがしたことと言えば、彼女に通常時の5倍量――250gのマルトデキストリンを飲ませただけだが。


「……その未来はまだ実現してないけど。本当に大丈夫なんでしょうね……?」


 成る程。


 となると、二手間ほど手を加える必要がありそうだ。


「大丈夫ですよ。源初さんのラプラスは完璧に再現してあります。よ。それは、わたしのTHE ANSWERが保証します」


「だったらいいんだけど……」


「ええ。今日はそれを伝えたくて。世間も入れ替わり現象で混乱してますし、不安になっているかなと思いまして」


「……随分気に掛けてくれるのね。たった1回、仕事を依頼しただけの関係なのに」


「手厚いアフターサポートがわたしのモットーですから。それに、白井さんにはわたしも間接的に助けられているので」


 わたしがそう言うと、白井キイは小さく首を傾げた。


「……助けてる? 私が貴方を?」


「今日、ヴィーナの所にある白井ロボティクス製のロボットに、わたしの知り合いを助けてもらったんです。それにしても、素晴らしい性能ですね。あのロボットが量産出来れば、我が国も安泰なのですが」


TSティーエス−1000――オルニスプロトは私の手造り。量産に漕ぎ着けるのはまだまだ先でしょうね」


 わたしの言葉が嬉しかったのか、白井キイは少し誇らしげにそう答えた。


「量産技術の確立、期待しています」


「その言葉だけは素直に受け取っておくわ」


「それじゃ、わたしはそろそろ帰りますね。お付き合いいただきありがとうございました。次お会いする時は、お互い問題が解決しているといいですね」


「……ええ、そうね」


「では、また」


 白井キイに頭を下げ、来た道を戻る。


 その道中、わたしはある業者に音声のみの電話を掛けた。


『いつもありがとうございます。安心安全迅速丁寧、お手頃価格がモットーの「SHINOBIシノビ」でございます』


 女性の声。だが、いつも対応している男性と同じ喋り方だ。恐らく、彼も入れ替わっているのだろう。


「森羅です。入れ替わりに巻き込まれたので、違う人間のEXtENDから連絡しています」


『ああ、森羅さんでしたか。私です、甲賀です』


「やっぱり貴方でしたか。お互い大変ですね」


『ですね〜。ホント困っちゃいますよ。この身体じゃ、ひと1人運ぶのも大変ですし。それで、今日のご要件は?』


「始末して欲しい人がいるんです」


『勿論構いませんが、その人は入れ替わってないんですか?』


「ええ。そもそも、その人が今回の入れ替わり事件の犯人ですから」


『なんと! ちなみに、始末の方法にご希望はありますか?』


「直接手を下す必要はありません。ただ、その人がいない間に、今から送る文面と一緒に毒薬を置いておいてもらえますか。そうすれば、勝手に飲んでくれると思いますので」


『了解です』


「ありがとうございます。それじゃ、この後チャットしますね」


 通話を切った後、わたしは甲賀氏に対して


『世界が狂ったのはお前のせいだ。元通りにしたければ、未来を確定させた上で自死を選べ。K.S』


 というチャットを送った。


 欲深いマッドサイエンティストと過ぎたる力を持たされた操り人形から、この世界のを取り戻すために。

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