Another Incident(別件)
No.5
残念ながら、タイムホールから戻ったオレと森羅さんの入れ替わりが解消されることはなかった。恐らく、タイムホールの使用は、事後では意味がなかったのだろう。
かと言って、過去に干渉し、オレと森羅さんが入れ替わる前にタイムホールを使用させるのは、何が起きるか分からないためリスクが高い。真中さんがそう判断し、オレと森羅さんはヴィーナさんの家を出て、白井キイの家に向かうこととなった。
「それにしても暑いですね……」
顔に浮かび上がった汗をハンカチで拭きながら、森羅さんは言った。
「そうですね」
オレは日傘を差しているから大丈夫だが、直射日光を浴びている森羅さんは、かなり消耗しているはずだ。
「すいません、細田さん。そこのコンビニで飲み物買って来てもいいですか?」
「ええ、勿論」
「ありがとうございます。細田さんは何か要りますか? わたし、買って来ますけど」
「それなら、森羅さんと同じのでお願いします」
「分かりました」
森羅さんがコンビニに入って行く。それに続くようにして、右手に拳銃を持ったグラサンマスクの男が――
「……拳銃?」
流石に見間違いだよな?
そう思って店の外から中の様子を確認すると、森羅さん(オレの身体)がグラサンマスクの男に捕まっていた。
強盗犯は森羅さんの頭に銃口を突き付け、店員に対して何かを要求している。コンビニ強盗であることはほぼ間違いないだろう。
脅された店員は焦った様子で、レジ奥にあるタバコをカバンの中に詰め込み始めた。
「…………」
オレは頭の中で、『あの強盗犯が森羅さんに危害を加える可能性は?』と唱えた。
瞬間、100%の表記が現れる。
「マジかよ……」
あの強盗犯は目的を達成したとしても、森羅さんに危害を加えるという。
それなら――
「オレがなんとかしないと……」
オレはもう一度強盗犯を見て、『オレがあの強盗犯を制圧出来る可能性は?』と唱えた。
しかし、現れたのは、無慈悲な、真っ赤な、血を思わせる『1%』の文字で――
「1%か……」
THE ANSWERによれば、オレが森羅さんを助けられる可能性はほぼゼロ。ここは警察に連絡を入れ、安全な場所で待機するのが賢明な判断に違いない。
それによって、もし森羅さんが大怪我を負ってしまったとしても、最悪、真中さんとヴィーナさんにお願いをして、過去を改変してもらう方法だってなくはない。
それでも。
今この瞬間、オレに森羅さんを見捨てることは出来なかった。
「……よし」
オレはEXtENDで警察に連絡を入れた後、コンビニの店内に入った。
「なんだ、テメェ? 何しに来やがった?」
強盗犯の視線がオレに向けられる。剥き出しの敵意が刺さり、身体が緊張で強張る。
そんな中、
「……お、おにいちゃんを……おにいちゃんをはなしてください……っ」
オレが出来る限り弱々しくお願いすると、強盗犯は首を傾げた。
「お兄ちゃん? お前、もしかしてこいつの妹か?」
「はい。お兄ちゃんは心臓が悪いんです……だから、人質にするならわたしにしてください……!」
オレはゆっくりと強盗犯に近付き、一歩踏み出せば届く距離で足を止めた。
「ハッ! よかったな、お兄ちゃん。妹が兄思いでよぉ!」
そう言うと、強盗犯は森羅さんから手を離し、彼女の背中を右足で思い切り蹴飛ばした。
森羅さんがうつ伏せで倒れ込み、勢いよく転がる――その瞬間、オレは強盗犯の方へ一歩踏み出した。
(オレが1%を掴み取るには、この一瞬しかない……!)
森羅さんの背中を蹴った反動で僅かに重心が後ろにズレた強盗犯の股間を、オレは思い切り、一生使い物にならなくしてやるという思いを込めて蹴り上げた。
「ぅおごぉ……!」
ぐしゃり、柔らかいものがぺしゃんこになる生々しい感触が、触れた足の甲から伝わって来た。
どんなに屈強な男でも、ここだけは基本、鍛えようがない。
強盗犯は膝から崩れ落ち、股間を押さえながらうつ伏せに倒れ込んだ。
「やった、のか……?」
99%を乗り越え、1%を掴み取ったのか……?
そんな風に強盗犯を見下ろして呆然としていると、いつの間にか起き上がっていた森羅さんに右手を掴まれた。
「……行きますよ、細田さん」
「は、はい」
森羅さんはオレの手を掴んだまま暫く走り、人気のない路地裏で足を止めた。
「どうして……どうしてあんな無茶なことしたんですか……!」
森羅さんの声は、震えていた。
それが、先程まで感じていた恐怖のせいか、バカげた行動をしたオレに対する怒りのせいか、はたまたここまで走って来たせいかは分からない。
「どうしてって、森羅さんが危ない目に遭っていたので」
「危ない目遭っていたからって……それなら、ヴィーナの家に戻って改変を依頼すればよかったじゃないですか……!」
「確かにそうですが、真中さんもヴィーナさんも過去の改変にはリスクが伴うと言ってましたし」
「それは……そうですが……」
「いいじゃないですか、結果として上手くいったんですから。まあ、成功確率1%って表示された時には流石に焦りましたけどね」
「はぁ!? 1%の表記を見た上であんな馬鹿げた行動に出たんですか……!?」
「はい」
「1%なんてほぼゼロじゃないですか……どうしてあんな馬鹿げた行動が……」
「うーん、バカだからじゃないですかね?」
オレは敢えて笑いながらそう答えた。
「……ええ、細田さんは馬鹿です。大馬鹿者です。でも、お陰で助かりました。その点に関しては感謝しています。本当にありがとうございました」
そう言って、森羅さんは深々と頭を下げた。
「気にしないでください。オレがやりたくてやったことですから。そんなことより、森羅さん」
「はい?」
「結局飲み物も買えませんでしたし、白井キイの家に行く前にカフェでも寄って行きませんか?」
「そうですね。そうしましょう」
そう言って、森羅さんは優しく微笑んだ。
オレの身体でなければ最高だったのだが、それはまあ、目を瞑ろう。
人間、大事なのは中身なのだから。
「……絶対解決しよ」
「ん? 細田さん、何か言いました?」
「いえ、なんでもありません。早く行きましょう」
オレは森羅さんの少し前に出て、時増駅近くのコーヒーショップに向けて歩みを進めた。
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