Poster Girl(看板娘)


 No.2


 1週間の2059年8月12日火曜日。


 いつものように、大学の講義後にNumbersを訪れると、カウンターに森羅さんが立っていた。


 対するカウンター席には、ご年配の男性方が所狭しと座っており、森羅さんと他愛もない話を交わしている。すっかり看板娘といった感じだ。まあ、あの見た目と愛嬌なら当然だろう。


「いらっしゃい、細田君」


 オレの入店に気付いた益田さんが、わざわざ作業を止めて近付いて来てくれる。


「彼女、大人気ですね」


「ああ。お陰で商売繁盛だよ。ホント、真理ちゃんが来てくれて良かった」


 オレは益田さんと話をしながら店の奥の席へ向かい、腰を下ろした。肩に掛けていたカバンを外し、テーブル下の荷物入れに突っ込む。


「今日もいつものでいいかな?」


「はい。あ、あとチョコレートケーキもお願いしてもいいですか」


「勿論。ちょっと待っててね」


 そう言うと、益田さんはカウンターの方へ戻っていった。


「これが世代交代ってやつか」


 オレは思わず独り言ちた。


 益田さんももう80過ぎ、今は健康そのものに見えるが、そんな彼だっていつまでも生きているわけではない。


 となれば、森羅さんが彼の技術と想いを引き継ぎ、昇華させることは、客であるオレにとっても喜ばしいことなのだろう。


 そんなことを考えながら空中ディスプレイを展開し、いつものように面接の練習問題に向き合っていると、甘芳ばしい香りが近付いて来た。


「お待たせしました。ホットのブレンドコーヒーとチョコレートケーキをお持ちいたしました」


 透き通った声が聞こえて顔を上げると、そこに立っていたのは森羅さんだった。


 その向こう側、カウンターにはこちらに向かって親指を立てている益田さんが見える。どうやら、彼なりに気を利かせてくれたのだろう。グッジョブと言う他ない素晴らしいアシストだ。


「ありがとうございます」


 お礼を言いながら、配膳する森羅さんを見る。


 日本人離れしたサラサラの銀髪、サファイアのような青い瞳、陶器のように真っ白な肌、そして丁度良いサイズの身体。どこからどう見ても超ド級の美少女だ。老紳士達が群がるのも当然だろう。


「Numbersにはよく来るんですか?」


 いきなり話し掛けられたため、オレは「え? あ、ええ、まあ……」というなんとも格好悪い返事をしてしまった。


「良いですよね、ここ。コーヒーもケーキも美味し、マスターも良い人ですし」


「そうですね。森羅さんは、何が一番好きなんですか?」


「やっぱり、ブレンドですかね……あれ? わたし、名前言いましたっけ……?」


 オレは思わず苦笑した。


「EXtENDの生みの親、天才森羅真理を知らない人なんていませんよ」


「……ここで働いていることはあまり言いふらさないでくださいね。働けなくなったら嫌なので」


「言いませんよ。オレもこのコーヒーが飲めなくなったら嫌ですから」


 そう言って、オレは森羅さんが持って来てくれたブレンドコーヒーを啜った。


 うーん、やはり美味い。

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