唯一の解決法
(3)
私はチャットの送り主の指示に従い、地図が指し示す『
「ここ、よね……?」
やや茶色くなった看板、緑と白の縞模様のテントシート、その下にはいつのものか分からない雑誌や週刊誌が所狭しと積まれている。
この時代には似つかわしくない、昔ながらの本屋だ。デジタル全盛期の今、経営は成り立っているのだろうか。
「あの、すいません」
私は店の中に入り、掃除をしていた金髪の男性に声を掛けた。
「あ、いらっしゃいませ! すいません、気付かなくて。今日はなんの本をお探しですか?」
「あ、いえ。私は別に本を探しに来たわけじゃなくて……」
私がそう返すと、店員の男性は首を傾げた。
「本を探しに来たわけではない……?」
ここ、本屋ですよ? とでも言いたげな表情だ。私が同じ立場でも、同じ表情をするだろう。
「すいません。知らない宛先からこの場所の地図が送られてきたんです……あの、K.Sという人は、ここにはいませんか……?」
私がそう言うと、男性店員の表情が明らかに変わった。
「K.S?」
「その反応……もしかして、何かご存じなんですか……?」
「確か、所長がそのイニシャルを口にしていたような気がして……すいません、ここで少しお待ちいただけますか?」
「分かりました」
店員に言われた通りに待っていると、店の奥から一人の女性が電子タバコを蒸かしながら現れた。
ウエーブのかかった長めの金髪に、目元を強調したメイク。腹部が丸見えの黒のチューブトップに、タイトな青いジーンズ、そしてサンダル。
どこからどう見てもギャルにしか見えない彼女が、店員の男性が言っていた所長なのだろうか。
「貴女が、所長さんですか……?」
「確かにアタシは所長だが、人に名前を聞くなら、まずは自分から名乗るのが筋ってもんじゃないかい?」
そう言うと、所長の女性は電子タバコを一吸いした。
正直に言って、苦手なタイプだ。
私はイラつく感情を抑えながら、出来る限り自然な感じで「白井キイです」と答えた。
「ああ、アンタが。アタシはここの所長をやっている
上門について店の奥に入ると、この本屋に似つかわしくない大きなエレベーターが現れた。
それに乗り、地下5階へ行くと、今度は私の自宅地下にある第二研究室のような、セキュリティの掛けられた大きな金属扉が現れた。
上門が静脈認証でセキュリティを解除し、扉が開かれる。
「ここは……」
ここは、何かを監視する部屋なのだろうか。
複数あるモニターには、液体で満ちたカプセルのようなものが映っており、その中には人間のようなものが浮かんでいる。
「クローン研究所さ」
と、上門は言った。
「クローン……そんなことが……」
「可能なのかって? タイムマシンの開発に成功したアンタが言うのか。なあ――」
「――K.S」
「……っ!」
上門の言葉で、私は全てを理解した。
成る程、K.Sは私――未来のKII SHIRAIだったわけだ。
「上門さん、クローンを作るのに必要なものは?」
「髪の毛一本でもあれば十分だ」
「クローンにオリジナルの記憶を引き継ぐことは出来ますか?」
「対象が生きていればな」
「そうですか。ちなみに、クローンを作って欲しい相手は私の従弟なんですが、その関係性を、例えば恋人にすることは出来ますか? 勿論、他の記憶は維持した上で」
「勿論、それぐらいならちょちょいのちょいだな」
私は笑った。
やはり、ラプラスの見せた未来は正しかったのだ。
「それなら、今から連れて来ます。正確には、今より前に、ですけど」
ウイ君が死ぬ未来。
私とウイ君が結ばれる未来。
一見矛盾した条件を両立させることの出来る、クローン技術という解決策を手に入れた私は、意気揚々とその場を後にした。
「待っててね、ウイ君。今迎えに行くから」
第二章「ラプラスと固定未来」完
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