差異の拡大
ステージⅠ ⑥
時間は流れに逆らうことなく進み、遂に2059年8月13日がやって来た。
既知の事実だが、天気は快晴。気温は高いものの、空気はカラッとしていて過ごしやすい。
そんな中、僕は黒色のリクルートスーツを身にまとい、時増駅へ向かって歩いていた。
「…………」
緊張のせいか、呼吸が浅い。息苦しい。心臓の音がやけに大きく聞こえて落ち着かない。
勿論、緊張の原因は就職活動の最終面接――などではない。これから訪れる3時22分のあの瞬間だ。
現在の時刻は3時15分。もうそろそろ1年前の僕がオルニスを使用し、交差点近くの商業ビルに現れる頃だろう。
「そう言えば」
1年前、僕は未来の僕に対していくつかの質問を投げ掛けた。
しかし、何が原因か、未来の僕と僕の間には明らかな差異が生じていた。
そして、その差異は、矛盾は、僕が未来の僕と同じ立場になったことで、より明確になったように感じられる。
「やっぱり、気になるな……」
現時点で既に、1年前の救出劇とは細部が異なってしまっている。
何故なら、今ここにいる僕には1年前、3時22分に僕を助け出した記憶があるからだ。
キイさんの言う通り、あれは並行世界だったのかも知れない――そう思わざるを得ない。
だけどもし、あれが並行世界でなかったのなら。
そう思った瞬間、
「な……っ⁉」
突如、僕の両足が勝手に動き出した。
いや、足だけではない。指の一本ですら、自分の思い通りに動かすことが出来ない。身体の自由が、完全に奪われている。
間違いない。
これはラプラスの仕業だ。
ラプラスが僕の身体を操り、僕が見た未来を実現させようとしているに違いない。
不変性の制約を、無理矢理にでも守らせようとしているのだ。
「く……っ!」
僕の両足が、僕の意思とは関係なく、時増駅前の交差点に向かって進んでいく。
そして、交差点の前で足が止まると、今度は手が動き出した。
左腕につけたEXtENDで時間を確認させられる。2059年8月13日の午後3時22分。何度も見た数字だ。
ハンカチで額の汗を拭い、カバンから取り出したペットボトルの緑茶を一飲する。
顔を上げ、進行方向の信号が赤であることを確認し、何台もの車が通り過ぎていくのを見届ける。
周りの人達には、僕が極めて自然に信号待ちをしているように見えているのだろう。
だが、実際には全自動であり、僕の意思が挟まる余地は微塵もない。
信号が、青になる。なってしまう。
実際には轢かれないとしても、轢かれそうになると分かっていて誰が行くだろう。いや、普通は行かない。だが、僕は行く。行かされてしまう。行きたくないと叫びたくても、口すら動いてくれない。泣きたい。でも、泣けない。本当に最悪だ。
左右を確認した後、足が再び動き出す。
瞬間、左側から強烈な圧迫感が近付いて来た。首を捻り、止まる気配のないトラックを視認する。
もし、1年前の僕が来てくれなくても、キイさんが来てくれる。だから、大丈夫。死ぬことは絶対にない。
そう思っていたはずなのに、僕の頭の中は死の恐怖で埋め尽くされていた。
そして、
「……っ!」
気付いた時には、僕はオルニスを装着した誰かに抱きかかえられていた。
「助かった……」
僕が安堵の溜息を吐くと同時に、オルニスのバイザーが開き、中から1年前の僕が現れた。
僕の救出に成功して気分が高揚しているのか、実に清々しい顔をしている。
「やあ、1年後の僕。気分はどうだい?」
腕から降ろしてもらいながら、1年前の僕の問い掛けに答える。
「……最高の気分だよ。心臓が口から出て来そうなくらいね」
「それをこれから経験すると思うと、今から気が重いな」
そう言って、1年前の僕は苦笑した。
「ところで、1年後の僕。君はこうなることを既に知ってたんだよね? どうしてあんな冷静な顔で交差点に向かったんだ?」
「馬鹿言うなよ。誰が轢かれそうになるのが分かった状態で冷静にいられるっていうんだ」
僕がそう言うと、1年前の僕は眉を顰めた。
「自分の意思じゃない……? それって……」
「ラプラスだよ。僕はラプラスに、見た映像通りになるよう演じさせられていたんだ」
「成る程……今回はそこまで強引なのか……」
1年前の僕が困った様子でそう呟いた瞬間――
――もう一体のオルニスが突然姿を現した。
バイザーが開き、中からキイさんの顔が現れる。
「ウイ君……よかった、やっぱり未来改変は成功していたのね……」
ホッとした表情のキイさんに対して、僕は拭い切れない違和感に襲われていた。
「いや、ちょっと待ってください……これじゃ、1回目と状況がまるで違うんですが……」
1回目、僕が1年後の僕を助け出した時は、1年後の僕に未来改変の記憶はなかったし、キイさんもいなかった。
2回目である今回は、1年前の僕にも未来改変の記憶はあるものの、今度はキイさんが現れてしまった。
1年前から僕が助けに来たということは、並行世界ではなかったようだが、1回目と2回目には明らかな差異がある。と言うか、差異が大きくなっているように思える。
これは一体――
「……確かに。前回ウイ君がオルニスを使用した時には、ここに私はいなかったのよね」
「はい」
「どうして毎回差異が生じるのかしら……やっぱり、ラプラスが……あ!」
キイさんが突然、何かを思い出したかのように声を上げた。
「キイさん、何か分かったんですか?」
「いや、最終面接! ウイ君、早く行かないと!」
完全に忘れていた。
この後、第一志望の会社の最終面接があるんだった。
「そうだった……! ごめん、1年前の僕。僕、そろそろ行かなくちゃ!」
「了解。それじゃ、僕もそろそろ元の時間軸に帰るとするよ――ジャンプ」
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