【第2章】ラプラスと未来固定
ラプラスの眼
ステージⅠ ①
あれは僕――
正確に言えば、10歳と5ヶ月、6日目の時だった。
あの日、僕はサラリーマンの父について地元の銀行を訪れていた。
父の目的は投資の相談だったが、僕の目的はそんな父に新発売のゲームをねだることだった。
自分で言うのもなんだが、実に子供らしい、可愛げのある考えだったと思う。
だがしかし、そんな僕の可愛らしくも打算的な計画は、残念ながら、成功はおろか遂行されることすらなかった。
父が窓口で手続きをしている間、暇を持て余していた僕は、端の席で壁に寄り掛かりながら携帯ゲームを嗜んでいた。
そして、僕がモンスターをボールで確保する作業に夢中になっていると、入り口からマスクとサングラスで素顔を隠した黒尽くめの男が3人入って来た。
その時の僕は、彼等のことをカッコいいなんて思っていたわけだが。
今にしてみれば、銀行強盗相手に実に暢気だったと思う。
もし仮にタイムマシンに乗って過去に行くことが出来たなら、「どう考えても危ないだろ!」と突っ込んでいることだろう。
いや、もし過去に行ってやり直せるなら、普通に逃げさせるか。僕があの場にいなければ、あんなことも起こらなかっただろうし。
とにかく。
分かりやす過ぎる格好をした彼等の内の一人は、入り口付近で阿保面をかましていた僕のことを、これ幸いと捕まえた。
そしてそのまま、ボールに閉じ込め――はしなかったが、僕の側頭部に拳銃の銃口を突き付けると、窓口のある2階へ駆け上がった。
「おい! このガキを殺されたくなけりゃ、今すぐ金を出せ!」
犯人は銀行員に向かってそんなことを叫んでいたように思う。
正直、かなりのパニック状態だったため、正確には思い出せないが。
僕のことを助けたいと思ったのか、それとも、逆らって殺されたくないと思ったのか。どちらが真実かは分からないが、銀行員達は下手なことはせず、強盗の指示に従って現金を用意した。
その額、なんと1千万円。1万円が千枚だ。
重量に換算すると、なんと1.1kgである。
……なんと言うか、微妙に反応しにくい数字が出てしまったのは、素直に謝罪したいと思う。
だが、ここで実際に用意されていない千円札――いや、500円玉や100円玉で計測したところで一体何になるだろう。
きっと、
「重いな!」
以外の感想は出て来ないに違いない。
話が脱線してしまった。時間がもったいないので、強盗の話に戻そう。
武装した強盗達は1千万円が詰め込まれたカバンを女性行員から奪い取ると、僕を拘束したまま出口を目指した。無論、急いで。
そしてそこで、不幸な出来事が起こる。
主に、僕にとって。
僕に銃口を突き付けたまま階段を駆け下りていた男が、なんと階段半ばで足を滑らせてしまったのだ。
転びそうになった男は、自分が足を滑らせたことに驚いたのだろう、全身に力を込めたのが僕にも伝わってきた。
そして。
次の瞬間には、パンという乾いた音が銀行内に響き渡り、僕は強い衝撃と共に意識を失った。
そのため、ここから先は手術後、ベッドの上で聞いた話だが、どうやら強盗犯の打った銃弾は僕の頭部を見事に捉えたらしい。
銀行強盗に出くわした時点でとても幸運とは言えないが、それでも幸いなことに、僕は一命を取り留めた。
しかし、10年以上経った今でも、その時の弾丸は僕の頭の中に残っている。
医者曰く、脳味噌と同化していてどうにも出来ないらしい。
いやいや、同化ってなんだよ。そんなわけないだろ。
そう思いながら手渡されたレントゲン写真は、確かに、脳味噌と弾丸が同化していた。まるで、激しい振動に曝された弁当箱の中身のように、一緒くたになっていた。
「おいおい、どうかしてるぜ!」
とは流石に言ってないが、僕の身体がどうかしているのは間違いなかった。
更に言えば、おかしいのは弾丸だけではない。
あの強盗事件以来、と言うより、脳味噌に弾丸が同化して以来、僕の身体には超能力とでも言うべき不思議な力が宿っている。
それが、『未来を見る力』だ。
僕はこの力を、未来を完全に予測出来る架空の存在――『ラプラスの悪魔』から取って『ラプラス』と呼んでいる。
恐らくだが、これは後天性サヴァン症候群のような、衝撃によって脳のリミッターが上手く外れた好例なのだろう。
しかし、ラプラスは念じるだけで発動出来るようなものではなく、発動するための条件が存在する。
それが、糖質の大量摂取だ。
特に吸収の早いマルトデキストリンやフルクトースのような糖質を、一度に50g以上摂取するだけで、僕は未来を見ることが出来る。
未知を、既知にすることが出来る。
しかし、ラプラスには致命的とも言える欠点が、いくつか存在する。
一つ目が、エネルギー消費だ。
ラプラスを使用した直後、僕はいつも鋭い頭痛と酷い空腹感、そして鉄の塊を背負ったような重苦しい疲労感に襲われてしまう。
過去には一度、気を失って倒れてしまったこともある。それだけ、ラプラスの発動には大量のエネルギーを消費するということだろう。
二つ目が、ランダム性だ。
ラプラスが僕に見せる未来の映像は完全にランダムであり、場所や時間を自分で指定することは出来ない。
それ故に、どの株券が値上がりするか、宝くじでどの番号が当選するか等、知りたい未来を意図して見ることは出来ない。
三つ目が、不変性だ。
これが一番厄介な特性で、ラプラスで見た、見てしまった未来は、必ず現実になってしまう。
例えば今年の8月、僕はラプラスでアイスを地面に落とす映像を見た。
それを回避するため、アイスを買う際は必ず異なる種類のものを選んでいたのだが、結局、映像で見たアイスを友人が差し入れしてくれた時に落としてしまった。
こういった欠点から、自ら進んで使用することはなくなったわけだが、それでも、僕はある理由から一定の間隔で以ってラプラスを使用していた。
「それじゃ、悪いけどお願い出来るかしら?」
申し訳なさそうな表情を浮かべた眼鏡の、白衣をまとった黒髪の女性は、僕に黄色い液体の入ったシェイカーを差し出した。
彼女の名前は白井キイ。
僕の従妹であり、あの白井ロボティクスの正統な後継者でもある彼女は、世間からは『天才美人研究者』と呼ばれている。
そんなキイさんは、専門はロボット工学であるものの、未来を見ることの出来る僕のラプラスに強い興味を持っていた。
ラプラスの発動時、僕の脳味噌はどんな活動をしているのか。
それを解き明かすための装置が、今、僕の頭には取り付けられている。手足こそ拘束されていないものの、気分は電気椅子に座らされている死刑囚だ。あまり、と言うか、全く以って気分の良いものではない。
しかし、僕は小さい頃からキイさんにはかなりお世話になっている。断るわけにはいかないだろう。
「分かりました……」
僕はキイさんの手からシェイカーを受け取った。
キイさんのためとは言え、未来を見るのはやはり憂鬱だ。疲労感や吐き気などの身体的負荷はともかく、見た未来は必ず訪れるという縛りがキツイ。せめて、何かしらの変化を与えることが出来ればと思わずにはいられない。
「はぁ……」
僕は溜め息を吐いた後、大量の糖質が溶け込んだ甘ったるい液体を一気に飲み干した。
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