相棒


 ●◯●


 元の世界の9月4日10時25分に跳んだ俺とテスト君は、すぐに例の曲がり角に向かった。


 白井にヴァイスを貰った事実がなくなってしまったため、パーカーの女に見付からないよう少し離れた所から様子を見守っていると、奴が逆側の曲がり角から現れた。


「テスト君、あいつが例の殺し屋だ」


「太陽様。あの女性、どうやら私と同じのようですね。白井製ではないようですが」


「成る程な……」


 だから、ヴァイスを装着した俺のことが見えていたのか。異常に発達した第六感の賜物だと思っていたが、合点がいった。


「テスト君、作戦変更だ。相手がロボットなら、本気でやっても構わん。正義のロボットとして鉄槌てっついを喰らわしてやれ」


「承知いたしました」


 それから数分ほど待っていると、カフェの方から片庭さんがやって来た。


 相変わらず、完璧な美しさだ。


「あ、メイ。ごめん、待たせちゃった?」


 片庭さんが、壁に寄り掛かっていたパーカーの女に声を掛けた。


「ううん、全然待ってないヨ♪」


 そう言うや否や、パーカーの女はポケットに隠し持っていたナイフを取り出し、片庭さんの首元に切り掛かろうとした。


 それを。


 超高速で接近したテスト君が、鋼鉄の腕で弾き飛ばす。


「な……っ!?」


 想定外の妨害に、パーカーの女の動きが鈍る。


「太陽様、ここは私に!」


「最高だぜ、相棒……!」


 俺は飛び出し、片庭さんの腕を掴んだ。


「片庭さん、こっちへ!」


 片庭さんの腕を引っ張ったまま、大通りに出る。そして、事前に呼び出しておいたAIタクシーに乗り込む。


「事前に送った住所まで頼む」


「カシコマリマシタ」


 システムが返事をすると、車体が中に浮かび、全自動運行システムに従ってゆっくりと進み始めた。


 ヴィーナの家までは2kmもないので、5分もあれば到着するだろう。


「あ、あの、貴方は一体……?」


 動揺を表情で存分に表現しながら、片庭さんは言った。


「真中太陽。あまり大きな声では言えませんが、貴女を助けるために少し未来の世界から来ました」


「未来って……流石に冗談ですよね……?」


「さあ、どうでしょう?」


 そうはぐらかして、俺は進行方向に目線を移した。


 目的地――ヴィーナの家に向けて、タクシーがどんどんと加速していく。片庭さんが運命の呪縛から解き放たれるその時が、段々と近付いていく。


 いよいよだ。


 何度も失敗し、一度は自分の命まで奪われたが、あと少しで俺の願いは叶えられる。


 問題は、助けた片庭さんをどうやって惚れさせるかだが、それは全てが終わってから考えるとしよう――


「あ、ごめんなさい」


 タクシーが急にハンドルを切ったのか、片庭さんの身体が俺に触れた。


「大丈夫ですよ。気にしないで――」


 視界の左側に陰りを感じた。


 そして。


 前を向いた次の瞬間、フロントガラスの向こう側に大型トラックが見え、今まで感じたことのない強烈な衝撃が全身を駆け抜けた。


「ぐ……ぅ……」


 頭が痛い。身体が痛い。手も足も全く動かないし、音も聞こえない。視界もぐにゃぐにゃに歪んでいるし、色も殆んど赤黒く染まって見える。


「…………」


 首を僅かに動かすと、徐々に狭まっていく視界に、真っ赤に染まった片庭さんの姿が映った。


 ああ。


 また、助けられなかった。


 そう思った瞬間、僅かに残っていた光が完全に途絶えた――


 


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