阻害要因


 ●◯●


 2058年9月4日10時25分の世界から元のタイムラインに戻った俺に突き付けられたのは、片庭さんの死が覆っていないという現実だった。


「どうして……」


 俺は空中ディスプレイに表示されたニュースを見たまま言葉を失ってしまった。


 確かに犯人を無力化し、片庭さんの死を回避したはずなのに、ニュースの文章はタイムホール使用前と一言一句変わっていない。


「どうしたの、太陽?」


「……俺は成功した、絶対に成功したはずなんだ。それなのに、どうして片庭さんの運命が変わらないんだ……」


 俺の疑問に対し、ヴィーナが「もしかしたらだけど」と呟く。


「ノヴィコフの首尾一貫の原則が働いてるのかも」


「ノヴィ……なんだって?」


「ノヴィコフの首尾一貫の原則。決定論とも言われていて、タイムトラベラーが過去で行う全てのことは既に歴史に組み込まれていて、タイムパラドックスに繋がるような行為は絶対に実行出来ないって考え方なんだけど」


 ヴィーナの仮説を、俺は「……いや、それはないはずだ」と言って否定した。


「どうして?」


「ロト8の当選番号を手に入れた時、テスト君はと言っていた。だが、使。俺から見たら過去の改変ではないが、タイムホールの出口にいたテスト君から見たらあれは間違いなく過去の改変だ。ノヴィコフの首尾一貫の原則が働いているのであれば、そもそも一等の当選者は元からいないとおかしいだろ」


 俺がそう言うと、テスト君が「ちょっと待ってください、太陽様」と割って入った。





「……なに?」


 俺はテスト君に当選番号を聞いたからこそ、8億円を手にすることが出来た。それなのに、テスト君がそれを知らないというのはどういう――


「まさか……」


 もしかして、なのか……?


「ヴィーナ、もう一度タイムホールを2058年9月4日10時25分の世界に繋いでくれ。少し確かめたいことがある」


「う、うん。分かった、ちょっと待ってて」


 ヴィーナが機械を操作し、タイムホールを再生成する。


「行って来る。何かあったらその時は頼む」


 隣の部屋に移動し、マスクを被り直した後、俺は3度目の2058年9月4日10時25分の世界へ向かった。

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