排除


 ●●◯


 残念ながら、願いは叶わなかった。


 タイムホールから吐き出された俺は、まるでジャーマンスープレックスを掛けられた後のような体勢で2058年9月4日10時の世界と再会を果たすこととなった。


「クソ……何故タイムホールを使用する度に酷くなるんだ……」


「大丈夫……ではなさそうですね。お手伝いいたします」


 テスト君に手伝ってもらい、なんとか立ち上がる。


 変な体勢だったせいで、首の辺りに寝違えたような痛みがある。左も向き難いし、最悪だ。


「……ありがとう。悪いが、俺が戻るまでここを頼む」


「承知いたしました!」


 テスト君の、誰よりも快活な返事を受け取ってから、研究室を出る。階段を上がり、玄関まで移動する。


「よし」


 俺はベルト部分のボタンを押し、ヴァイスの迷彩機能をオンにした。これで、俺の行動が誰かに見られることはなくなるはずだ。


 玄関を出て、走ってあの場所――片庭さんの殺害予定地に向かう。


「はぁ……はぁ……っ」


 なんとか片庭さんが来る前に目的地に着いたが、頑張り過ぎたせいで鳩尾辺りが刺されたように痛い。


 元のタイムラインに戻ったら、ヴァイスに身体能力強化のサポート機能を付けるよう白井に進言しよう。


 そんなことを考えながら曲がり角近くで待っていると、パーカーのフードを深く被った小柄な人物が、曲がり角とは反対側から現れた。


 顔はここからでは見えないが、パーカーの下から覗く足の感じからして、恐らくは若い女性だろう。


「…………」


 ヴァイスが消すのは俺の視覚情報だけで、俺が発する音などは消えないため、パーカーの女に気付かれないようにゆっくりと近付き、スタンガンを構える。


「あ、メイ。ごめん、待たせちゃった?」


 曲がり角の向こう側から片庭さんが現れ、パーカーの女に近付いていく。


 やはり、俺の想像通り、片庭さんと殺人鬼は知り合いだったようだ。


「ううん、全然待ってないヨ♪」


 そう言うや否や、パーカーの女はポケットに隠し持っていたナイフを取り出し、片庭さんの首元に切り掛かろうとした。


 それを、


「が……っ!?」


 俺はスタンガンを思い切り押し付けることで阻止した。


 感電したパーカーの女がナイフを手放し、そのままうつ伏せに倒れ込む。


「え、な、なに……何が起きてるの……!?」


 知り合いに殺されそうになり、そして見えない俺に助けられた片庭さんは、当然ではあるが、軽いパニック状態になっていた。


 そんな彼女の前で、ヴァイスの迷彩機能をオフにする。


「な……っ!?」


 急に現れた俺(全身ラバースーツ)を見て、片庭さんの顔が更に強張る。


「怖がらないでください。俺は別に怪しい人間じゃありません」


「どこからどう見ても怪しいでしょ……!」


 片庭さんの言い分も分からなくはない。と言うか、分かり過ぎる。今、俺の見た目が過去一変態チックなのは、俺自身が一番理解しているつもりだ。


 このデザインで行こうと考えた白井ロボティクスの決定権者は、頭がいかれてるか、ただの変態に違いない。


 俺はスーツのマスク部分のみ脱ぎ、片庭さんに顔を見せた。


「真中太陽と言います。俺は片庭ルナさん、貴女がこの女に殺された過去を変えるためにここに来ました」


 俺がそう言うと、片庭さんは気絶して地面に転がっているパーカーの女を見下ろした。


「……確かに、メイは明らかにワタシを殺そうとしていた。でも、だからって、そんなこと信じられるわけ……」


「俺が未来から来たことは、別に信じてもらわなくて大丈夫です。ですが、この女は貴女の命を奪おうとした。それは間違いのない事実です」


「…………」


「警察に連絡してください。それで、貴女の命は助かるはずです」


 片庭さんは俺と地面に転がるパーカーの女を交互に見てから、「……分かったわ」と言った。


「警察に連絡して、メイを引き渡す。それで、ワタシの命は助かるのよね……?」


「はい」


 片庭さんはEXtENDを操作し、「もしもし警察ですか」と言った。


 これでもう大丈夫だろう。


 そう判断した俺はマスクを被り、ヴァイスの迷彩機能を再びオンにしてから、元のタイムラインに戻るべく、ヴィーナの家に向かって歩みを進めた。


 これで片庭さんが俺に好意を抱いてくれたら最高なんだけどな、なんて考えながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る