2度目の挑戦


 ●◯●


 スタンガンを購入してからヴィーナの研究室に戻った俺は、白井から譲り受けたヴァイスに着替えた。


「なかなか似合ってるよ、太陽」


 マスク越しに見えるヴィーナは、俺のことを見ながらニヤニヤと笑っていた。


「お前、絶対馬鹿にしてるだろ」


「馬鹿にしてないって。そんなことより、早く姿消してみてよ」


 ヴィーナの言葉に従ったわけではないが、俺は腰の部分についている赤いボタンを押した。


 しかし、ベルトのボタン部分が青く光るだけで、感覚的な変化は何もない。


 故障でもしてんのか?


 そう思った矢先、驚いた表情のヴィーナが「わ」と声を上げた。


「凄い、ホントに見えなくなった」


「本当か? からかってるんじゃないだろうな?」


「からかってないって! ね、テスト君?」


 ヴィーナの確認に対して、テスト君は「いえ。私には、普通に太陽様が見えております」と返した。


「やっぱりからかってるじゃねえか」


「違う違う! わたしからはホントに見えてないんだって! ほら、キイも言ってたじゃん。プロトタイプだから、人の目からは見えないと思うって。テスト君はロボットだから見えてるだけだって」


 確かに、白井はヴァイスがまだプロトタイプだと言っていた。テスト君から見えているのは、ヴィーナの言う通りそのせいなのかも知れない。


「確かめて来る」


 俺は一旦地下の研究室を抜け、家の外に出た。


 そして、偶々通り掛かった金髪のギャルの前に立ち塞がってみたが、全くもって反応はなかった。


 どうやら、人間には本当に見えないらしい。


 俺は踵を返し、ヴィーナのいる地下の研究室に戻った。


「太陽?」


 扉が開いたタイミングでヴィーナがこちらを見いたが、その視線は微妙に合っていない。


 俺はヴィーナに近付いてから、ベルトのボタンを押した。


「わっ!? そこにいたんだ、ビックリした……」


「人間に見えていないことは確認出来た。タイムホールの準備をしてくれ。出口は昨日と同じく、2058年9月4日10時25分……」


 あることに気付いて、俺は自分の口を止めた。


「太陽? どうかした?」


「……いや、このタイムホールの座標はこの研究室から動かせないんだよな?」


「そうだね」


「俺は昨日、2058年9月4日10時25分の世界に繋がるタイムホールを使って過去に跳んだ。そして、今回も全く同じ時間に跳ぼうとしている。だが、タイムホールの出口の座標は変えられない。この場合、2つのタイムホールはどうなるんだ……?」


 座標も時間も同じなら、2つのタイムホールは1つに統合されるのか?


 もしそうなら、行きはまだしも、帰りはどうなる? 俺の帰り先は、本当にこのタイムラインになるのか?


 それとも、微妙に座標がずれ、タイムホールが2つ維持されることになるのか?


「う~ん、どうかな……取り敢えず、テスト君に見てきてもらう?」


「それがいいだろうな」


「了解」


 ヴィーナが機械を操作し、タイムホールを2058年9月4日10時25分の世界に繋げる。


「それじゃ、テスト君。タイムホールの出口を確認して来てもらえる?」


「承知いたしました!」


 ヴィーナの指示を受けたテスト君が隣の部屋に移り、そしてタイムホールへ飛び込んだ。


 瞬間、タイムホールの縁が金色に光り、テスト君の姿が跡形もなく消滅する。


「当事者だったから分からなかったが、端から見るとこんな感じなのか」


「うん。結構幻想的だよね、金色に光るとことか」


 確かに、幻想的と言えば幻想的かも知れない。


 それから約3分後、タイムホールからテスト君が吐き出された。可哀想に、俺の時と同じく、研究室の床に熱い接吻を交わしている。


「大丈夫か?」


 俺が声を掛けると、テスト君はゆっくりと立ち上がった。


「問題ありません」


「それで、出口はどうなっていた?」


「タイムホールに関しては私が使用したものしかありませんでした。もう一人の私も、他のタイムホールは見ていないようです」


 テスト君の言葉に、俺は無視し難い違和感を覚えた。


「ちょっと待て……だとしたら、昨日タイムホールを使用した俺はどこに行ったんだ……?」


「さて、タイムホールの向こう側にいたのは、私だけでしたが」


「…………」


 テスト君の言う通りであれば、昨日タイムホールを使用した俺はいなかったことになる。


 だが、俺の記憶には、タイムホールで2058年9月4日10時25分の世界に跳んだ記憶が確かにあって。


 これは、明らかな矛盾――パラドックスだ。


 とは言え、ここで頭を悩ましていても、片庭さんが救われることはない。安全に関しては、テスト君により担保されたのだから、今するべきはタイムホールで2058年9月4日10時25分の世界に跳び、片庭さんを狙う犯人を排除することだろう。


「……取り敢えず、行って来る。ヴィーナ、何かあった時は宜しく頼む」


「了解。気を付けて行って来てね」


 隣の部屋に移動し、ヴィーナが生成し直してくれたタイムホールと向き合う。


「…………」


 今度こそ片庭さんを救ってみせるという決意と、今度こそ足から着地させてくれという願いを抱きながら、俺はタイムホールに再び跳び込んだ。

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