消滅との出会い


 ●○●


 山を舐めてはならない。


 先人のありがたい言葉に従い、俺とヴィーナはありとあらゆる登山道具を買い揃え、レンタカーで××県に向かった。


 しかし、目的地近くのホテルに着いた頃には、陽は既に暮れており、俺とヴィーナは一泊の後、朝六時にホテルを出発し、上之浦山に向かった。


「ここが上之浦山か」


 古びた質感の赤い鳥居の向こう側には、多くの杉の木に囲われた石の階段が続いている。


 一体何段あるのだろうか。階段の終わりは、り出す葉っぱに隠れていて見えない。


 こけの生えたその階段をなんとか登り切ると、ようやく登山道らしい土道に切り替わった。地面が柔らかいからか、それとも傾斜が緩やかだからか、石の階段よりも断然歩きやすい。


 耳を澄ませば、どこかで流れているであろう水のせせらぎが聞こえる。


 一方、最近まで調査のために封鎖されていたからか、俺達以外の人の気配は全く感じられない。


 そんな中、


「暑い……」


 山を登り始めて30分も経っていないのに、俺の少し後ろを歩くヴィーナが弱音を吐き始めた。


「嫌ならホテルで待っててもいいんだぞ」


「そう言う太陽だって汗だくじゃん」


 確かに、暑い。


 しかも、目的地に近付けば近付くほど暑くなっているような気がする。


「汗は垂れても文句は垂れてないだろ」


「ごめん、今じゃなかったら笑えてたんだけど……」


「やっぱり戻るか?」


 俺がそう確認すると、ヴィーナは「ううん」と言って首を横に振った。


「このまま行く。でも、ホテルに戻ったらアイス買ってね」


「アイスぐらいならな」


 そんな生産性のない会話をしながら登山道を登っていると、目の前に一匹のタヌキが現れた。


「あ、タヌキだ。可愛い~♡」


「ん? あのタヌキ、何か咥えているな……」


 青く光る鉱石のようなものを咥えたタヌキは、俺達の顔を数秒見た後、近くの草むらに入っていってしまった。


 そしてその瞬間、


 追わなければという気持ちが、身体の奥底からマグマのように沸き上がって来た。


「ヴィーナ。今のタヌキを追うぞ!」


「え? あ、ちょっと、太陽⁉」


 タヌキを追って草むらに飛び込み、ガサガサという音を頼りに進んでいく。


 そして、



「なんだ、これは……」



 開けた所に出ると、先程のタヌキが加えていたものと同じ青く光る鉱石と、赤く光る鉱石が数え切れないほど転がっていた。


「うわぁ~、綺麗~! なんなんだろぉ、この石。宝石?」


 ヴィーナがしゃがみ、赤く光る鉱石を拾い上げる。


 その横で、俺はタヌキが加えていたものと同じ青く光る鉱石を拾い上げた。


「もしかして、これが一週間前に落ちた隕石……なのか……?」


 ここら辺一帯は、捜索隊が隈なく探しているはずだ。草むらの向こう側にあったとは言え、全く見付からなかったというのは不可思議が過ぎるだろう。


「だとしたら、わたし達大発見だね」


「これが本当に隕石だったらな」


 そんな会話をしていると、先程のタヌキの後ろから、大きな何かがゆっくりと現れた。


「な……っ⁉」


 2mほどある巨大な、焦げ茶色のそいつは熊だった。


 興奮しているのか、グルルルという低い声を漏らす口からは、粘着質な涎がダラダラと垂れている。


「太陽……!」


「……ヴィーナ、俺の後ろに移動しろ」


「う、うん」


 ヴィーナが俺の後ろに回ったのを確認してから、俺はリュックサックのサイドポケットに差しておいた熊撃退用スプレーを手に取った。


「…………」


 震える手で熊撃退用スプレーを構えながら、熊を刺激しないようにゆっくりと後退あとずさる。


 頼むから来ないでくれ。


 そう願いながら。


 しかし、


「ガァッ!」


 熊は大きな声を上げると、そのまま俺達の方へ走り出した。


「くそ……っ!」


 あんな巨体に襲われたらひとたまりもない。


 俺は熊撃退用スプレーの引き金に掛けた人差し指に力を籠め――た瞬間、先程のタヌキが、青い鉱石を咥えたまま熊の前に飛び出して来た。


 そして、


 熊が行く手を邪魔するタヌキを払い除けた瞬間――



 ――



「……は?」


 なんだ今のは?


 一体、何が起こったんだ?


 熊とタヌキは一体どこに消えてしまったんだ?


「太陽……今のって……」


 俺の背後に隠れていたヴィーナが、熊とタヌキが消えた場所を見たまま呟いた。


「……消えた、よな? 熊も、タヌキも」


「……消えたね、間違いなく」


 ヴィーナはそう言うと、自分の手の内にある赤い鉱石に視線を落とした。


「ねえ、太陽。さっきのはもしかして、これが原因なんじゃないかな……?」


 ヴィーナが手の平に乗せた鉱石を俺に見せつける。


 美しいと同時にあやしいし、繊細なのに力強い。なんとも不思議な魅力を持つ鉱石だ。


 見ているだけで、身体が妙にうずいてくる。


「その可能性は高いだろうな」


「だよね。これ、どうする?」


「どうする? そんなの決まってるだろ。可能な限り回収していくぞ」


 俺がそう言うと、ヴィーナは嬉しそうに笑った。


「太陽ならそう言うと思ったよ」

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