第7話 小坂部の恐怖

 わらわは一目でこの城が気に入ってしもうた。


 まるで白鷺しらさぎが天へと飛び立つようじゃ。


 姿を消して城の中へ入って行くと、どうじゃ、おおぉ、おるわ、おるわ、うまそうな若い男どもが。


 若い男はわらわの好物こうぶつじゃ。


 子供も旨いが肉かやわらか過ぎる、甘いし、まるで果物くだものじゃ。


 沢山たくさんえぬ、少し喰えば充分じゅうぶんじゃ。


 やはりわらわの主食しゅしょくは若い男じゃ、それならいくらでも喰える、あぁぁ、今すぐに喰いとうなって来たわ。


 しかしまだ我慢がまんせねば、皆が寝静ねしずまるまでは我慢じゃ。


 さむらいは光り物を持っておるでな、油断ゆだんさせて事を行わねば、直に抜きおるから注意が必要じゃ。


 あれに何度も斬られると、わらわとて無事でおれるかどうか。


 まぁ一刻いっこくもすれば傷もえるのじゃが、痛いのは嫌じゃ。


 その昔わらわは家臣かしんたちに手籠てごめにされておるのでな、侍は許せぬ相手なのじゃ。


 その侍を油断させて頭からかぶりつくのが何とも言えぬ。


 期待きたいする顔が一瞬にして恐怖に変わる。


 その瞬間、わらわはしとねの時と同じ絶頂ぜっちょうを感じるのじゃ。


 その後は脳のみそをすすり、心の臓をえぐり取るのじゃ。


 良い男であれば性器をかじり取ることもする。


 ほほほ、わらわはやりたい放題じゃ。


 真夜中の丑三うしみどきまで待つと、わらわはこの城の城主じょうしゅ寝床ねどこへ行った。


この城の真の城主が誰なのか、教える為じゃ。


池田輝政いけだてるまさとか言うえらそうな侍じゃった。


 わらわが枕元まくらもとに立ってやると、輝政は飛び起きわらわの姿を観るやおどろきおののいておったわ。


 わらわが散々脅さんざんおどし付けてやると、足をがたがたとふるわせ腰を抜かしておったわ。


 戦国武将などと言うて偉そうに威張いばって居ったが、わらわの手に掛かるとこんなもんじゃ、実に物足りない。


 この城はわらわの物じゃと言うてやった。


 輝政はその通りですと答えおった。


 まずは、この天守てんしゅにわらわの住いを整えさせた。


 そこは開かずの間と呼ばせ、誰も入って来させぬ様に強く言い聞かせた。


 昼間の輝政は偉そうにして居るが、夜の輝政はわらわに恭順きょうじゅんで可愛いものよ。


 わらわが夜な夜な城の若い衆や、輝政の領地りょうちの者を喰い殺す事を了承りょうしょうさせた。


 わらわの注文を輝政は断った事は無い、いや、断らせなかった。


 わらわが毎夜輝政の所へ注文を付けに行き始めると、輝政は段々と痩せていった。


 そして寝込むようになった。


 何とも弱々しい男か、おのれはそれでも戦国を生き抜いた武将かと𠮟しかり付けたこともある。


 それでも輝政は病にせるようになった。


 人間とは何と弱いものか。


 かつてわらわも人間で在ったことががあるが、その頃はもっと弱々しい生き物だった。


 その弱々しさの為、男どもにおもちゃにされてしもうた、だからわらわは今の強いわらわが気に入って居るのじゃ。


 しかし……


 ええい、忌々いまいましい、また思い出してしもうたわ。


 これも弱々しく病に伏せっている、輝政のせいじゃ、きっとそうじゃ。


 お仕置きをしてやろうと思い、今夜も輝政の枕元に立ってやった。


 輝政は泣いた、泣いて許しを乞うていた。


 わらわの胸には虚しさだけが残った。


 世の男どもを全て食ろうてやろう、それしかない、そうせねばわらわの気がすまぬ。


 まずはこの輝政からと一瞬思うたが、辞める事にした。


 この男はまだ利用した方が得じゃ、それに不味そうじゃ。


 そうしている内に、輝政の病は段々悪化していった。


 全国より名のある医師を集め治療にあたらせたが一向に良くならん。


 南蛮なんばんのより高価こうかな薬を取り寄せたりしていたが、それも効果が無いようだ。


 ほほほ、それはそうであろう、わらわがこうして取り付いて居るのじゃ、その様な物が効くものか。


 そうして今度は比叡山ひえいざんから坊主を呼ぶと言い出した。


 ほほほ、最後は神仏に頼るのじゃな。


 まぁ、神仏は実在するでな、その証拠にわらわがこの様な姿で生まれ変わって居る。


 これが神仏の仕業しわざで無ければ、どう説明を付けるのじゃ。


 しばらくして、比叡山から阿闍梨あじゃりと言う高僧こうそうがやってきた。


 ふん、坊主は好かぬ。


 その阿闍梨が何やら念仏ねんぶつの様なものを唱えだした。


 病気平癒びょうきへいゆのための加持祈祷かじきとうとやらじゃ。


 坊主の念仏を聴くと頭が痛うなってくる、じゃがこの阿闍梨の念仏はちと強力じゃ。


 さすがは比叡山の高僧だと豪語ごうごするだけのことはある、頭が割れそうじゃ。


 我慢の限界にきたわらわは、その阿闍梨の元へ姿を現した。


 妖しい女よ何しにまいったか、の様なことを阿闍梨が言うた。


 わらわに対して、その様な口をきいた者など今まで一人も居らぬ。


 そのうえこの阿闍梨は、妖怪変化ようかいへんげよ立ち去るがよい、の様なことまで言うた。


 わらわに命令したのじゃ。


 坊主の分際ぶんざいでわらわに命令するのかえ、わらわが怖くないのかえ、とこの様に返答してやった。


 阿闍梨は立ち上がり、「去れ」といきなり大声を出すので、わらわは驚いた。


 いきなり大声を出されると、誰でも驚くであろう。


 それを観た阿闍梨は、わらわがひるんだと思うたのであろう、大音声で、去れ、を繰り返し始めた。


 寝床から観ていた輝政が嬉しそうな顔をして居るのが分かった。


 周りに居る者たちも、これでわらわが退散するであろうと思って居る様だ、その様な眼をして居る。


 わらわは本来の般若はんにゃの姿に形を変えて、その阿闍梨を蹴り殺してやった。


 一瞬の出来事だったので、周りの者も、輝政も言葉も出て来ない様だ。


 坊主は不味いで喰いとうない、しかし気が収まらないので、その阿闍梨の生皮をいでやった。


 その時になって初めて周りの者たちが騒ぎ始めた。


 わらわは気が立って居たので、そのうるさい者たちも、輝政を除いて皆殺しにしてやった。


 その後は、わらわは開かずの間に戻ったのでどうなったのかは解らない。


 しばらくして輝政の元へ行くと、綺麗に片付いていて、輝政は土下座どげざをしていた。


 土下座の体制のまま、わらわの足元にしがみつき、泣きながら許しをうた。


 わらわには人間の寿命じゅみょうが解る。


 輝政の寿命はもうそれ程長くはない、それなのにその僅かな時間を、こうまでして生きたいのか。


 哀れな、戦国武将として今まで生きて来たのだから死ぬときは雄々おおしくきたいとは思わぬのか。


 余りにも哀れな姿は、わらわも観とうないのでその場で喰い殺してやった。


 わらわはその足で次の城主になるであろう輝政の息子である利隆としたかの寝床を訪ねた。


 利隆はわらわが来ることが解って居ったのだろう、居住いずまいを正しておった。


 小坂部姫様、父より全て聴いております、どうぞよしなにお願い奉ります、とこの様に礼儀正しく申して来た。


 わらわも己があやめて置いて、そうか、父のことは残念であったなぁ、と優しい言葉を掛けてやった。


 そして、わらわに恭順きょうじゅんなうちは喰わぬで置いてやると告げてやった。


 観るとこの利隆、がたがたと震えて居た、ふふふ、可愛い奴よなぁ。


 わらわは今すぐに喰うてやりたい衝動を抑えて開かずの間に帰った。


 ここで喰うては、契約が成立せぬでな。


 しかし、この利隆が家督かとくを継いで城主になるまで半年も掛ったのじゃ。


 それまでの間、姫路に城主は居らぬ、がたがたじゃと皆言い合うておったが、わらわは思わず笑うてしもうた。


 元々この姫路城城主はわらわではないか。


 この通りほれ、まだわらわはぴんぴんして居るではないか。


 ホホホホホホホ。

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