第5話 安永8(1779)年2月初旬 ~如何にして家基に毒を服ませるか~

 西之丸にしのまるあるじたる次期じき将軍しょうぐん家基いえもとどくふくませるにはまず西之丸にしのまる御膳所ごぜぜ台所だいどころがしらいで西之丸にしのまるぜん奉行ぶぎょう、そして膳番ぜんばん小納戸こなんどを「仲間なかま」に引入ひきいれる必要ひつようがあった。


 膳所ぜぜ台所だいどころがしら料理担当りょうりたんとうぜん奉行ぶぎょう毒見どくみ担当たんとう、そして膳番ぜんばん小納戸こなんどぜん奉行ぶぎょうつづいて毒見どくみにない、しかもそのさまぜん奉行ぶぎょう監視かんしする。


 このうちだれけても―、一人ひとりでも治済はるさだなびかぬものがあれば、家基いえもと毒殺どくさつ不可能ふかのうであった。


 さてそこでまず膳所ぜぜ台所だいどころがしらについてだが、現在げんざい礒谷いそがや新次郎しんじろう長政ながまさ内田うちだ文左衛門ぶんざえもん重矩しげのり二人ふたりつとめていた。


 礒谷いそがや新次郎しんじろうじつ彦根ひこねはん井伊いい掃部頭かもんのかみつかえる本郷ほんごう大右衛門たえもん信秀のぶひでせがれであり、井伊いい掃部頭かもんのかみと言えば、いま当主とうしゅ直幸なおひで田沼たぬま意次おきつぐしたしく、また分家ぶんけすじ與板よいたはん井伊いい兵部少輔ひょうぶのしょうゆうかいして田沼家たぬまけ縁戚関係えんせきかんけいにもあった。與板よいた藩主はんしゅ井伊いい直朗なおきら意次おきつぐ息女そくじょめとらせていたのだ。


 一方いっぽう内田うちだ文左衛門ぶんざえもん末娘すえむすめ安祥院あんしょういんつかえていた。


 安祥院あんしょういんと言えば、次期じき将軍しょうぐんレースにおいて治済はるさだの「ライバル」ともくされる清水しみず重好しげよし母堂ぼどうであり、これでは礒谷いそがや新次郎しんじろうにしろ、内田うちだ文左衛門ぶんざえもんにしろ、治済はるさだ付入つけいすきはないようにおもわれた。


 だがそれでも、治済はるさだ礒谷いそがや新次郎しんじろうの「懐柔かいじゅう」には成功せいこうした。


 礒谷いそがや新次郎しんじろう成程なるほどたしかに意次おきつぐしたしい井伊いい直幸なおひであるじつとめる彦根ひこねはんではあるが、同時どうじ一橋家ひとつばしけとも所縁ゆかりがあったのだ。


 すなわち、礒谷いそがや新次郎しんじろう嫡子ちゃくし新左衛門しんざえもん忠政ただまさ鳥見とりみ組頭くみがしらかく中村なかむら六右衛門ろくえもん正勝まさかつ長女ちょうじょめとっているのだが、その長女ちょうじょしたいもうと一橋ひとつばし家臣かしん江口えぐち六郎兵衛ろくろべえ輝文てるふみつまであったのだ。


 そこで治済はるさだはこの「ほそいと」をたよりに、つまりはおのれつかえる江口えぐち六郎兵衛ろくろべえかいしてまずは礒谷いそがや新左衛門しんざえもんつづいて礒谷いそがや新次郎しんじろう接触せっしょくつことに成功せいこう、そしてこれを「洗脳せんのう」、「同士どうし」として「仲間なかま」に引入ひきいれることに成功せいこうしたのだ。


 問題もんだい内田うちだ文左衛門ぶんざえもんほうである。内田うちだ文左衛門ぶんざえもん一橋家ひとつばしけとはなん所縁ゆかりもなく、それどころか清水家しみずけとの所縁ゆかりほうほどであり、さしもの治済はるさだ内田うちだ文左衛門ぶんざえもんの「洗脳せんのう」はあきらめざるをなかった。


 もっとも、膳所ぜぜ台所だいどころがしら交替制こうたいせいであり、つねみな同時どうじはたらいているわけではない。


 これはほか御役おやく、それこそぜん奉行ぶぎょうにもまることだが、こといま西之丸にしのまる膳所ぜぜ台所だいどころがしら場合ばあい礒谷いそがや新次郎しんじろう内田うちだ文左衛門ぶんざえもん二人ふたりしかおらず、それゆえたとえば、礒谷いそがや新次郎しんじろう朝食ちょうしょく担当たんとうするならば、内田うちだ文左衛門ぶんざえもん夕食ゆうしょく担当たんとうするといった具合ぐあい勤務シフトがバッティングすることはなかった。


 そうであれば膳所ぜぜ台所だいどころがしらかんして言えば、礒谷いそがや新次郎しんじろう一人ひとりを「洗脳せんのう」、「同士どうし」として「仲間なかま」に引入ひきいれるだけで充分じゅうぶんであった。


 礒谷いそがや新次郎しんじろう料理りょうり担当たんとうするときに、うらかえせば内田うちだ文左衛門ぶんざえもん休日オフためにそのとどかないおりどくを、附子ぶす(トリカブト)と河豚ふぐどく混入こんにゅうしてもらえればむからだ。


 もっとも、ぜん奉行ぶぎょうともなるとそうはいかない。


 流石さすが毒見どくみ担当たんとうというだけあって、つね二人ふたりたがいに監視かんしいながら毒見どくみになう。


 それゆえぜん奉行ぶぎょう定員ていいんは3人であり、これは本丸ほんまる西之丸にしのまる同様どうようである。


 いま西之丸にしのまるぜん奉行ぶぎょう神谷かみや與市郎よいちろう久武ひさたけ松野まつの六郎兵衛ろくろべえ親善ちかよし、そして坂部さかべ五郎太夫ごろだゆう正直まさなおの3人であり、このうち治済はるさだ松野まつの六郎兵衛ろくろべえのぞ二人ふたりぜん奉行ぶぎょうの「洗脳せんのう」、「懐柔かいじゅう」に成功せいこうした。


 松野まつの六郎兵衛ろくろべえ妻女さいじょ本丸ほんまる書院番しょいんばんつとめた一尾伊織いちおいおり安通やすみち末娘すえむすめであるのだが、その妻女さいじょうえあにすなわち、一尾伊織いちおいおり次男じなん清水家臣しみずかしん、それも重好しげよし側近そばちかくにつかえる近習きんじゅうばん一尾いちお又吉通度またよしみちのりであった。


 そのうえ松野まつの六郎兵衛ろくろべえまれてもない孫娘まごむすめはこの一尾いちお又吉またよし嫡子ちゃくし一尾いちお又左衛門またざえもん通收みちまさ養女ようじょにすることがまっているらしい。


 事程ことほど左様さよう松野まつの六郎兵衛ろくろべえ清水家しみずけ所縁ゆかりがあり、まさに「清水しみずシンパ」とでもぶべき存在そんざいであった。


 それゆえ治済はるさだ松野まつの六郎兵衛ろくろべえを「同士どうし」、「仲間なかま」にむかれることは断念だんねんし、そのわり神谷かみや與市郎よいちろう坂部さかべ五郎太夫ごろだゆうを「同士どうし」、「仲間なかま」としてむかれることに全精力ぜんせいりょくかたむけた。松野まつの六郎兵衛ろくろべえあきらめた以上いじょう神谷かみや與市郎よいちろう坂部さかべ五郎太夫ごろだゆう、そのどちらがけても―、「同士どうし」、「仲間なかま」としてむかれられなければ、家基いえもと毒殺どくさつには成功せいこうしないからだ。


 結果けっか治済はるさだ神谷かみや與市郎よいちろう坂部さかべ五郎太夫ごろだゆうの「洗脳せんのう」、「懐柔かいじゅう」に見事みごと成功せいこうし、二人ふたりを「同士どうし」、「仲間なかま」としてむかれることが出来できたのだ。


 神谷かみや與市郎よいちろう実妹じつまい西之丸にしのまる書院番しょいんばんつとめた沼間ぬま内膳隆清ないぜんたかきよもとし、そのあいだした末娘すえむすめいま一橋ひとつばし大奥おおおくにて侍女じじょとしてつかえていたのだ。また、沼間ぬま内膳ないぜん実妹じつまいもまた一橋ひとつばし大奥おおおくにてつかえており、そこで治済はるさだはその所縁ゆかりたよりに、神谷かみや與市郎よいちろう接触せっしょく、そして「洗脳せんのう」、「懐柔かいじゅう」をほどこして「同士どうし」、「仲間なかま」としてむかれたのだ。


 一方いっぽう坂部さかべ五郎太夫ごろだゆうはと言うと、こちらは神谷かみや與市朗よいちろう以上いじょう一橋家ひとつばしけ所縁ゆかりがあると言えた。


 すなわち、坂部さかべ五郎太夫ごろだゆう妻女さいじょ西之丸にしのまる小姓組番こしょうぐみばんつとめた小笠原おがさわら主殿とのも長孝ながたか長女ちょうじょであるのだが、その妻女さいじょしたいもうと―、小笠原おがさわら主殿とのも末娘すえむすめなんと、治済はるさだ側近中そっきんちゅう側近そっきんである岩本いわもと喜内きない正信まさのぶ妻女さいじょなのである。


 それゆえ、この坂部さかべ五郎太夫ごろだゆうたいする「洗脳せんのう」、「懐柔かいじゅう」は神谷かみや與市郎よいちろうよりも容易よういであった。


 かくして一人ひとり膳所ぜぜ台所だいどころがしら二人ふたりぜん奉行ぶぎょうを「同士どうし」、「仲間なかま」としてむかれることが出来できのこるは膳番ぜんばん小納戸こなんどを「同士どうし」、「仲間なかま」にむかれるだけである。


 家治てきもさるもの、愛息あいそく家基いえもとしょくする料理りょうり最終さいしゅう確認チェック毒見どくみにな膳番ぜんばん小納戸こなんどには石谷いしがや次郎左衛門じろざえもん清定きよさだ高島たかしま安三郎やすざぶろう廣儔ひろかず中野なかの虎之助とらのすけ清翰きよふで能勢のせ小太郎こたろう頼徳よりのり本田ほんだ新兵衛しんべえ正堯まさたか三浦左膳みうらさぜん義和よしかずの6人であった。


 まず石谷いしがや次郎左衛門じろざえもん意次おきつぐ縁者えんじゃであった。


 石谷いしがや次郎左衛門じろざえもんはやはり西之丸にしのまるにて家基いえもと小納戸こなんど頭取とうどりとしてつかえる新見しんみ豊前守ぶぜんのかみ正則まさのり次女じじょめとっているのだが、この次女じじょだが、はは意次おきつぐ実妹じつまい意知おきともにとっては叔母おばであるのだ。


 のみならず、石谷いしがや次郎左衛門じろざえもん妻女さいじょ実姉じっしすなわち、新見しんみ正則まさのり妻女さいじょにして意次おきつぐ実妹じつまいとのあいだにもうけた長女ちょうじょ意次おきつぐ養女ようじょとしてそだてられていた。つまり意知おきともにとっては義理ぎりいもうとたるのだ。


 そのうえ石谷いしがや次郎左衛門じろざえもん意次おきつぐおい―、意次おきつぐ実弟じっていにして一橋ひとつばし家老かろうつとめた田沼たぬま能登守のとのかみ意誠おきのぶ五男ごなん直三郎なおさぶろう清豊きよとよ養嗣子ようししとしてむかえていた。


 つぎ高島たかしま安三郎やすざぶろうだが、これもまた意次おきつぐ所縁ゆかりがあった。


 高島たかしま安三郎やすざぶろう伊丹いたみ藤三郎とうざぶろう直彝なおつね長女ちょうじょめとっているのだが、この伊丹いたみ藤三郎とうざぶろう実姉じっしなん意次おきつぐ前妻ぜんさいなのである。


 つまり高島たかしま安三郎やすざぶろう前妻ぜんさいとは言え、意次おきつぐしつめいめとったわけだ。


 つづいて中野なかの虎之助とらのすけだが、こちらは意次おきつぐとは所縁ゆかりがないわりに、じつ叔母おばである初崎はつざきかいして家基いえもとそのひと所縁ゆかりがあったのだ。


 初崎はつざきなん家基いえもと乳人めのとつとめたひとで、いま西之丸にしのまる大奥おおおくにて家基附いえもとづき老女ろうじょつとめており、中野なかの虎之助とらのすけはそのおいであるのだ。


 それから能勢のせ小太郎こたろうだが、きゅうふくして意次おきつぐと、いや正確せいかくにはその分家ぶんけすじ意次おきつぐおいにしてげん一橋ひとつばし家老かろう田沼たぬま能登守のとのかみ意致おきむね所縁ゆかりがあり、意致おきむね長女ちょうじょ意次おきつぐにとっては姪孫てっそんめとっていたのだ。


 さら本田ほんだ新兵衛しんべえだが、こちらは中野なかの虎之助とらのすけ同様どうよう大奥繋おおおくつながりで家基いえもと母堂ぼどう於千穂おちほかた所縁ゆかりがあり、本田ほんだ新兵衛しんべえ従姉いとこ西之丸にしのまる大奥おおおくにて於千穂おちほかた老女ろうじょとしてつかえる玉澤たまさわであるのだ。


 そして最後さいご三浦左膳みうらさぜんだが、将軍しょうぐん家治いえはるこころゆる腹違はらちがいのおとうと清水しみず重好しげよし母堂ぼどう安祥院あんしょういんおいたるのだ。つまり清水しみず重好しげよし三浦左膳みうらさぜんとは従兄弟いとこ間柄あいだがらにある。


 以上いじょう、6人の履歴りれきかぎりにおいては一橋ひとつばし治済はるさだ付入つけいすきはどこにもないようおもわれた。


 家治いえはるにしても、


「よもやとはおもうが…」


 治済はるさだによる家基暗殺いえもとあんさつ警戒けいかいして、家基いえもと食事しょくじ最終さいしゅう確認チェックをする膳番ぜんばん小納戸こなんどにはかる布陣ふじんにしたものとおもわれる。


 だがそこに家治いえはるあまさがあった。


 それと言うのも、このなかでも高島たかしま安三郎やすざぶろう中野なかの虎之助とらのすけの2人はすで治済はるさだつうじていたからだ。


 まず高島たかしま安三郎やすざぶろうだが、成程なるほど如何いかにも意次おきつぐしつめいめとってはいたものの、それでも意次おきつぐしつ前妻ぜんさいいまく、いま安三郎やすざぶろう実妹じつまいかいして一橋家ひとつばしけ所縁ゆかりがあった。


 高島たかしま安三郎やすざぶろう実妹じつまいなん一橋ひとつばし家臣かしん小川おがわ七郎左衛門しちろうざえもん廣隆ひろたかもととついでおり、しかもその実妹じつまいにしろおっと一橋ひとつばし家臣かしん小川おがわ七郎左衛門しちろうざえもんにしろいまでも健在けんざい治済はるさだはそこで小川おがわ七郎左衛門しちろうざえもんかいしてその義兄ぎけいたる高島たかしま安三郎やすざぶろう接触せっしょくち、これを取込とりこむことに成功せいこうしていたのだ。


 一方いっぽう中野なかの虎之助とらのすけだが、こちらは家治いえはるおおいなる勘違かんちがいにたすけられた格好かっこうである。


 すなわち、中野なかの虎之助とらのすけ叔母おば初崎はつざき成程なるほど如何いかにも家基いえもと乳人めのとつとめていたが、しかしそれもわずかのあいだぎない。


 それと言うのも家基当人いえもととうにん初崎はつざきちちきらい、もなく室津むろつなる女性にょしょう交替こうたい相成あいなったのだ。


 家治いえはるはそんな初崎はつざきあわれにおもい、そこで家基附いえもとづき老女ろうじょとしてぐうしたわけだが、家基いえもと拒絶きょぜつされた初崎はつざきはそれで慰撫いぶされたわけではなく、家基いえもとうらんでいたのだ。


 このことは治済はるさだひそかにつうずる将軍しょうぐん家治附いえはるづき御客会釈おきゃくあしらい大崎おおさきより仕入しいれた情報じょうほうであり、そこで治済はるさだ大崎おおさきかいして、それも書状しょじょうにてだが接触せっしょくち、やがてその初崎はつざきをもかいして、お目当めあての中野なかの虎之助とらのすけとも、こちらはじか接触せっしょくつことに成功せいこうし、治済はるさだはこの中野なかの虎之助とらのすけをも「同士どうし」、「仲間なかま」にむかれることに成功せいこうした。


 ちなみに初崎はつざきわって家基いえもと乳人めのとつとめた室津むろつだが、いま家基いえもとひらそばとしてつかえる大久保おおくぼ志摩守しまのかみ忠翰ただなり妻女さいじょであり、大久保おおくぼ忠翰ただなりひらそばでありながら、それよりも格上かくうえそばしゅう筆頭ひっとうとして用取次ようとりつぎをもねる小笠原おがさわら若狭守わかさのかみ信喜のぶよし佐野さの右兵衛尉うひょうえのじょう茂承もちつぐおさえて家基いえもと寵愛ちょうあいていたのはかる事情じじょうによる。


 のみならず同族どうぞくひらそば大久保おおくぼ下野守しもつけのかみ忠恕ただみをも家基いえもと紹介しょうかい、そのなか取持とりもち、忠恕ただみまでもがやはり小笠原おがさわら信喜のぶよし佐野さの茂承もちつぐおさける格好かっこうでその寵愛ちょうあいるにいたった。


 おさまらないのは小笠原おがさわら信喜のぶよし佐野さの茂承もちつぐであり、二人ふたり大久保おおくぼ忠翰ただなり大久保おおくぼ忠恕ただみ二人ふたりおおいに嫉妬しっとし、その嫉妬心しっとしんうらみへと昇華しょうかし、やがてそのうらみの矛先ほこさき家基いえもとへと転嫁てんかけられることになった。


 このてん家基いえもと自身じしん配慮はいりょりなかったと言え、小笠原おがさわら信喜のぶよし佐野さの茂承もちつぐ二人ふたりむねくそのうらみも完全かんぜんには逆怨さかうらみと言切いいきれないめんがあった。


 ともあれ、正当せいとううらみにしろ逆怨さかうらみにしろ、うらみにはちがいなく、治済はるさだにとってはなんとも好都合こうつごうであった。


 それと言うのも、家基いえもと毒殺どくさつするには、


膳所ぜぜ台所だいどころがしら礒谷いそがや新次郎しんじろうぜん奉行ぶぎょう神谷かみや與市郎よいちろう坂部さかべ五郎太夫ごろだゆう、そして膳番ぜんばん小納戸こなんど高島たかしま安三郎やすざぶろう中野なかの虎之助とらのすけ


 このライン、勤務シフト絶対ぜったい条件じょうけんであったからだ。


 だがそう都合つごうくいくものではない。ましてや、


鷹狩たかがりのまえ朝食ちょうしょく…」


 そのようなオプションがくともなれば尚更なおさらだろう。


 だがそれもそば用取次ようとりつぎ協力きょうりょくがあればはなしべつである。


 中奥なかおく最高さいこう長官ちょうかん本丸ほんまる西之丸にしのまるともそば用取次ようとりつぎであり、そば用取次ようとりつぎ中奥なかおく勤仕ごんじする役人やくにんのその勤務シフト絶大ぜつだいなる影響力えいきょうりょくほこる。


 よう勤務シフト自由自在じゆうじざいあやつれるのだ。


 そうであれば、治済はるさだのぞむライン、勤務シフトおもいのままということになる。なにしろ、本丸ほんまる大目付おおめつけ松平まつだいら忠郷たださと正木まさき康恒やすつねかげくだんそば用取次ようとりつぎ小笠原おがさわら信喜のぶよし佐野さの茂承もちつぐまでもがいまや、治済はるさだの「同士どうし」、「仲間なかま」であるからだ。


 西之丸にしのまるそば用取次ようとりつぎはそれに今一人いまひとり、やはり家基いえもと寵愛ちょうあい水上みずかみ美濃守みののかみ興正おきまさがいるだけであり、中奥役人なかおくやくにん勤務シフトについてはそば用取次ようとりつぎ合議ごうぎによりまり、それゆえ治済はるさだはその過半数かはんすう二人ふたりそば用取次ようとりつぎさえたことを意味いみする。


 つまりかり治済はるさだのぞかるライン、勤務シフト水上興正みずかみおきまさ一人ひとりとなようとも、小笠原おがさわら信喜のぶよし佐野さの茂承もちつぐ二人ふたり押切おしきられれば、それまでのはなしで、水上興正みずかみおきまさ反対はんたいなどさしずめ、蟷螂とうろうおのぎないというわけだ。


 かくして家基毒殺いえもとどくさつためコマすべそろった。

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