6話 一瞬の攻防
なんか知り合いに付いてきたら、変なことに巻き込まれちゃったんですけど。
でもまあいいや。稼ぎ話としては悪くない。
「勝手に魔女狩るなや!」って協会がわざわざ最強のレプリカ使って釘を刺しにきやがったおかげで、びびってちょっと商売に手をつけてみたけど――ありゃダメだ。あんなちまちました稼ぎじゃ、あたしの心は全然満たされねーのよ。
やっぱりあたしには、この心臓がドクドクする感じが必要なんだ。命を懸けて、命を奪って、それ相応の報酬を手にする――やっぱこれが一番気持ちいいわけよ。お金がただの金属の塊に過ぎないなんて言う奴もいるけど、そいつらは分かっちゃいない。お金は生きてる。稼ぐ瞬間に流れる血と汗と命――それが価値そのものなんよねー。
それはそれとして、目の前にいるリアって子…ちょっと強くねー?まだ魔力を解放すらしてないのに、ビシビシ伝わってくるこの威圧感。空気が張り詰めるってこういうことかって感じだ。こうして向かい合ってると、「魔女ですか?あなた」ってくらい魔女と大差ない雰囲気をまとってる。
あの域に達するまで、どれだけの努力や代償を積み重ねてきたんだろう――いや、積み重ねざるを得なかったのかもね。協会に所属してるレプリカってのは、そういう生き物だって聞いてるし。
でも、そこまで彼女を駆り立てたものって、一体何なんだろう。使命感? 誰かに強要された? それとも、もっと個人的な理由があるのか。
なんて、考えたところで――ぶっちゃけ、そんなことには微塵も興味ありませーん!
とりあえず、こいつから金貨一枚ちょうだいする事から考えよう。
「……集中してないように見えるけど、本当に戦う気あるの?」
リアの冷たい声が、夜風に乗って響く。その視線は鋭く、油断を許さない。
「あー、あるある。バッチリ準備できてますとも!」
「そう。じゃ、こっちから行かせてもらうから――」
――次の瞬間、周囲の空気が一変した。月明かりに照らされたその姿から、冷気を帯びた突風が放たれる。それは視覚だけでなく、肌で感じるほどの圧力を伴い、まるで凶暴な獣が解き放たれたかのようだった。
――きた。
突風が全身に殺到する刹那、あたしは迷うことなく体内に秘めた魔力を解放した。
・・・
リアが手に構えた銀色の長剣、それは彼女専用の触媒『グラシェール』と呼ばれる特注品だ。冷気を纏い、まるで鋭利な氷の塊そのもののようなその剣は、リアの固有魔法を最大限に引き出すために設計されたものだった。
リアの固有魔法は、この触媒を中心に至近範囲限定で瞬時に氷を生成し、自在に操作するというものだ。触媒を基点とすることで、魔法の効果範囲が明確に制限されるが、それこそが魔法の強力さを際立たせるポイントでもある。
こういった『触媒を基点に魔法の使用可能な領域を制限する』形式は、レプリカにおいて一般的な仕様であり、『魔法の領域限定』と呼ばれ認知されている。この枠組みは、魔力の効率的な運用と制御のしやすさを両立するための一種の『枷』とされている。
領域限定魔法の特性として、範囲が狭ければ狭いほど魔力の密度が高まる。その結果、出力される威力や精度は飛躍的に向上するが、一方で汎用性や応用性は著しく低下する。逆に広範囲で領域が設定された魔法は柔軟な運用が可能だが、威力や制御が難しくなるという欠点がある。ただし、魔法の扱いにも才能というものがあり、その枠に囚われない例外も存在する。
リアの場合、触媒『グラシェール』を中心とした範囲は非常に狭く設定されており、魔力の密度と威力が特化されている。これにより、瞬時に発生させた氷は鉄の鎧すら砕く硬度を持ち、形状や大きさを自由自在に変えることで攻撃・防御の双方において圧倒的な戦闘能力を発揮する。
しかし、その特化が故に、魔法の有効範囲は極めて近距離に限定されており、戦術面では素早い判断力と正確なタイミングが要求される。リアの戦闘スタイルはこの特性を最大限に活かし、触媒を振るう一瞬で勝負を決する「局地戦の覇者」としての完成度を誇っていた。
『魔法の領域限定』という枷に囚われながらも、それを最大の武器とする――それがリアの固有魔法の真髄だった。
・・・
レナは身構え、眼前の敵――リアを見据えた。銀色の長剣を手にしたリアは、無表情のままその刃を胸元からゆっくりと頭上に掲げた。次の瞬間、リアの周囲に冷気が満ち、澄んだ音を伴っていくつもの結晶が空中に現れる。
――なるほど、氷ね。
レナは鋭い目つきで動きを読み取ろうと集中する。結晶は一瞬で形を変え、細く鋭い矢へと姿を変えた。その数、六本。氷の矢はまるで護衛する衛星のようにリアの周囲をゆっくりと回転しながら、冷たく輝いている。
リアが刹那、長剣を大きく振り下ろした。その動きに呼応するかのように、氷の矢が一斉に放たれる。矢は空気を切り裂きながら高速でこちらに向かってくる。
速い。が、レナは微動だにしなかった。その必要がなかったからだ。どれもレナのギリギリ近くを掠める。顔を掠めた一本が頬をわずかに凍らせた。
その威力は、いくら魔力で肉体を強化したレプリカでも直撃すれば致命傷になりかねないことを察した。
「…ふーん、最終忠告ってわけね。――上等じゃん」
レナは腰の布袋に手を突っ込み、銀貨を三枚握りしめた。
すかさずリアは二の矢を放つ。今度は明確に狙いを定めた軌道――確実に当てにきている。だが、レナは冷静だった。矢が迫る寸前、最小限の動きで体を捻り、軽やかにそれを躱す。そしてそのまま地面を強く蹴り、一気に踏み込んだ。
激しい音と共に、硬い地面が抉れる。爆発的な力を伴ったレナの突進で、二人の距離は一瞬で縮まった。しかし、それを見たリアの表情は一切変わらない。まるで想定済みとでも言うように、グラシェールを無駄のない動きで下段に構え直す。
次の瞬間、レナが長剣の間合いに飛び込んだのを見計らい、横薙ぎの一閃を放つ。鋭い氷の刃を纏ったその攻撃は、空気を切り裂きながら凍結の冷気を伴って迫った。
レナは垂直へ高く跳び上がる。冷気を帯びた剣閃が彼女の足元をかすめ、軌道上の空気を凍らせながら空間に白い霜を散らした。辛うじて攻撃をかわしたものの、空中での体勢は無防備。
それを見逃すほど、リアは甘くなかった。彼女は素早く魔力を『グラシェール』に込め、地面へと突き刺す。長剣の刃が地面に触れた瞬間、空気が一気に冷却される音が響いた。
「終わりよ」
リアの冷淡な声が響く。次の瞬間、地面から無数の氷の牙が突き上がり、天を貫くようにレナへと殺到する。それはただの障害物ではない。一つ一つが鋭利で、回避も容易ではない追尾の軌道を描いている。
空中で動きを封じられたレナに迫る氷の牙。その数、密度、鋭さ――どれを取っても避けられない死の宣告そのものだった。
だが、レナは笑っていた。
レナは銀貨を握った右手に魔力を込めた。
刹那、レナの右手に突如として自身の身長の倍近くある巨大な鋼鉄のメイスが現れた。
「なっ…!」
リアが目を見開いたのも束の間、レナはそのまま自由落下の勢いを乗せ、圧倒的な質量を持つメイスを振り下ろした。その一撃は、殺到していた氷の牙をまとめて粉砕し、破片を四散させながら一直線にリアへと迫る。
リアは咄嗟に身を翻し、寸でのところで直撃を避けた。次の瞬間、メイスが地面に叩きつけられ、周辺の大地が激しく揺れる。落下地点を中心に巨大な亀裂が走り、瓦礫と砂埃が凄まじい勢いで舞い上がった。
視界が一瞬、完全に塞がれた。
――見失った!?
舞い上がる砂埃の中、レナは気配を完全に消しているのか、どこにいるか検討もつかない。
瞬間、視界の端に人の動いた影が見えた。リアは咄嗟に切りかかり、冷気を纏った斬撃が影を捉え、上半身と下半身が真っ二つに裂ける。同時に影は凍り付き、レナの姿をした氷の彫像となる。しかし手応えはない。これは――
「人形――!?」
気づいた時にはもう遅かった。
「金貨一枚ゲットぉ〜♡」
リアの背後からレナの気の抜けた声が響いた。
・・・・
「………」
舞い上がっていた砂埃が徐々に晴れていく。そこには二つの影が浮かび上がっていた。一方は首筋にナイフを突きつけられ、動きを止めているリア。もう一方はその背後に立ち、勝利を確信した表情を浮かべているレナ。
カレンはその光景を見て、決闘の終わりを悟った。
「……す、っご……」
呆然とした声が漏れる。ほんの一瞬の出来事――あまりに速く、そして予想外の展開に頭が追いつかなかった。
「つっよいね〜、あの子……ほんとにリアちゃんに勝っちゃった……」
ティナは目を丸くしながら呟いた。驚きと信じられないという感情が入り混じった声だった。リアの圧倒的な戦闘力を知る者として、この結果は想像しにくかったのだろう。
「あ、あの人…や、やっぱり、本当のレナ・カローネさん…なんですね…」
クララが震えるような声で呟いた。彼女の目は、砂埃の向こうで勝利を収めたレナに釘付けになっている。
「…そうみたいだね」
ルルが落ち着いた声で同調したものの、その表情には驚きが隠せない。目の前で起きた戦闘の異質さに、彼女も圧倒されていた。
「ねぇねぇルルちゃん!」
ティナが興奮した様子でルルに問いかける。
「あのレナって子、どんな魔法使ったか分かる!?」
ティナの声は好奇心そのものだったが、その背後にはリアが負けたことへの信じがたい思いも見え隠れしている。
「……これは推測だけど……お金を武器に変えてたんじゃないかな」
ルルは少し考え込むようにしながら答えた。その言葉は自分でも信じがたいものだった。
「え、そんなんあり!?ってか触媒は!?触媒無しで魔法使ったらヤバいっしょ!」
ティナはさらに声を張り上げた。魔法の常識に反するような話に、興奮と戸惑いが混ざっている。
「お金だよ。多分ね」
ルルは静かに答えた。その声には自信があったが、同時に呆れと困惑も混じっている。言葉にしてしまった瞬間、自分でもその馬鹿馬鹿しさに気づき、思わず苦笑した。
「魔法使いはイカれてる奴ほど強い…とはよく言ったものだね」
魔女狩り少女は稼ぎたい 池添 @ikze
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