3話 交わる軌跡

 フェルガーナ郊外に位置する小さな街、カルネア。街の規模こそ控えめだが、その名は交易路に生きる者たちの間で知らない者はいない。カルネアの市場は、周辺地域の物資が集まる流通の要所だ。農作物や日用品だけでなく、遠く離れた土地からの珍しい品々や情報までもが行き交い、石畳の広場には活気のある声が絶えない。


 市場の中心に位置するギルド――通称「カルネアの耳」。ここは旅人や傭兵、商人たちが情報交換を行う場所として有名だ。カルネアのギルドには各地から新鮮な情報が集まり、魔女の目撃談や危険地域の動向といった重要な情報を求めて、様々な人々が足を運ぶ。


 その中でも異端のレプリカとして知られるレナ・カローネにとって、カルネアのギルドはなくてはならない拠点だ。魔女の目撃情報を収集し、依頼をこなし、時には市場で必要な物資を調達する。金を稼ぐための足がかりとして、カルネアは彼女にとって最適の根城だった。


 ここは、規模は小さくとも、多くの人々の命と生活を支える街であり、数多の縁が交錯する場所でもある。そして、今日もこの街は賑やかな声に包まれていた。


「――んで、このレナちゃんをどこに連れてくつもりですか? あんま拘束すっと、お手当もらっちゃうぞ〜?」


 街の中、カレンの後をついて歩くレナは、肩をすくめながら皮肉混じりに言った。


「どーせこの後暇なんでしょ? ちょい付き合いなよ」


 カレンは振り返ることなく、気だるげな声で答える。


「別にいいけどさ……」


 レナは歩きながらカレンの背中をじっと見つめた。


「お前、これから魔女狩りに行くんじゃねーの? ……ってまさか」


 そこでハッと気づき、足を止める。


「そゆことー」


 カレンは振り返り、ニヤリと笑って答えた。その態度に、レナの眉がピクリと動く。


「お前なー、サボりにも限度ってもんがあるだろ。自分の仕事くらいちゃんとやれよなー…」


「まあまあ、細かいこと気にすんなって」


 カレンはひらひらと手を振りながら歩き続ける。


「……良いから来なって。あんた魔女狩り得意でしょ?」


「勝手に人の得意分野決めんなよ……。つーか、手伝うってんなら手当てくらい出すんだろーな?」


「考えとく」


「んだよそれー……」


 気の抜けた返事に、レナは溜息をつきながら肩を落とす。

 ぼやきながらも、結局カレンの後を追うレナ。二人の影は夕陽に伸び、賑やか街の中へと消えていった。


 ・・・・


 やがて二人がたどり着いたのは、この街のギルド「カルネアの耳」だった。


 市場の喧騒とは打って変わって、ギルドの中は緊張感のある静けさに包まれている。ここには情報を求める傭兵や冒険者が集い、時折低い声で交わされる会話が響く程度だった。


「ほら、こっち」


 カレンは飄々とした態度でレナを促し、ギルドの待合所へと向かった。そこには丸テーブルを囲むように座った四人の少女たちの姿があった。


 漆黒のロングコートに無骨な武器――彼女たちが討魔協会のレプリカであることは、一目でわかった。


「サーセン。遅れましたー」


 カレンは軽い調子で声をかけた。その瞬間、テーブルを囲む四人のうち一人が冷たい視線を向けてきた。


「……舐めてるの? あんた」


 その声は低く冷たく、空気を凍らせるような威圧感を持っていた。声を発したのは、短い黒髪をきっちりと整えた気の強そうな少女だった。


「すんませーん。ちょっと野暮用でー」


 カレンは視線をそらすことなく、明らかにあえて挑発するような態度で答えた。相手はさらに視線を鋭くし、言葉を続ける。


「集合時間はとっくに過ぎてるんだけど。なんで一番弱いあんたが平然と遅刻できるの?」


 その言葉には、嘲りと挑発がはっきりと滲んでいた。


「……チッ」


 カレンは短く舌打ちをし、その挑発的な視線を睨み返す。二人の目が交差し、テーブルを挟んで火花が散るような緊張感が漂う。


 レナはその様子を少し離れた場所から眺めながら、内心で小さくため息をついた。


(おお、あの子こわ……てか普通にカレンが悪いだろこれ……)


 レナの気の抜けた心中をよそに、テーブル周辺の雰囲気は一触即発。だが、その空気を破るように明るい声が飛び込んできた。


「――遅刻とかそんなんどーでもよくねー? てゆーかマジでリアちゃん、今日も顔怖すぎ~!」


 沈黙を破ったのは、金色の髪を頭の右側にまとめた明るい少女だ。協会支給の制服である黒コートを煌びやかな装飾品でアレンジしており非常に目立っている。

 彼女は快活な笑みを浮かべていた。


「あ、あの…! 私は全然気にしてませんから……! ど、どうか落ち着いて…」


 そう言ったのは、端っこでおどおどしていた気弱そうな少女。彼女は小柄で華奢な体格で、黒いロングコートが少し大きく見える。

 同調するように小声で言ったが、怒りの矛先がそちらに向かうのを恐れてか、目を泳がせながら一歩引いた。


「そうだよー。何事も楽しく、だよ」


 最後に口を開いたのは、この中で一番年上に見える大人しそうな女性だった。ふわふわとした柔らかな物腰で静かに言うと、周囲に少しだけ穏やかな空気が流れる。


 しかし、それに水を差すように、周りから諭された少女、リアが苛立ちを隠せずに声を荒げた。


「……って、あんたらも遅刻したからってコイツの肩持つのやめてくれる!? ……まったく、レプリカってどうして時間守れないやつしかいないの……」


 その言葉には、怒りと苛立ち、そしてわずかな諦めの色が混じっている。その場にいる誰もが「これはいつものことだ」と思っている様子だった。


「えー、そんな固いこと言わなくてよくなーい?リアたんーうりうりー」


「ティナ、次その気持ち悪い呼び方したらキレるから。あとほっぺたつっつくな」


「えー可愛いのにもったいなーい」


 気さくな少女、ティナがぶーぶーと文句を言った。


 カレンは苦笑しながら手をひらひら振り、レナをちらりと見た。


「ほら、レナ。見ての通りだから。適当に力貸してよ」


「いやいや、なんの集団だよこれ。今から魔女を狩りに行く連中には見えないんですけど…?」


 レナは呆れ顔でツッコミながら討魔協会の未来を憂いたが、少しだけ、彼女達に興味を引かれていた。







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