1話 異端のレプリカ
この世界? まあ、一言で言えばカオスだよね。
あたしが生きてるのは、「黒焔暦」って時代。今は確か、二十七年だったか?その前は「帝国暦」とか言ったらしい。そう、ちょっと前までは大帝国なんてものがあったらしいけど、今じゃ見る影もない。そりゃそうだよ、一夜にしてぶっ壊されたんだから。
原因は――そう、魔女。そんじょそこらの魔女じゃない。「大魔女」って呼ばれるヤバいやつ。そいつが「黒焔」っていう真っ黒で消えない炎をばら撒いて、帝国は跡形もなく燃え尽きた。で、その焼け跡には今も黒い炎が燃え続けてる。近づけばめちゃくちゃ熱いし、遠くから眺めるだけでも嫌な気分になる代物だよ。
そのせいで帝国は崩壊、人々は四散。で、残った連中が何をしたかって? まあ、群れを作るのは人間の本能みたいなもんだよね。結果、いくつかの国家が生まれたってわけ。でも、どれも一筋縄じゃいかないんだよなぁ……。
デカいところで言えば、大きく分けて四つある。
まずはあの厄介な『セリオクス』。教会国家ってやつだ。
表向きは「神の意志」とか「正義」とか掲げて、魔女狩りに燃えてる。でも、実際はただの狂信者の集まりさ。魔女だけじゃなく、ちょっとでも魔女に関わった疑いがあれば、人間相手だって容赦なく焼き払う。あいつら、どっちが魔女かわかんないよね。
んで、次は『フェルガーナ』。傭兵国家だ。
ここは一番分かりやすい。力が全て、金が物を言う国だよ。あたしみたいな傭兵が集まって、それぞれ勝手に派閥を作ってる。まあ、あたしもここの連中にはよく世話になってるけどね。魔女狩りの依頼も多いし、腕さえあれば生きていける。金稼ぎには最高だよ。
で、次が『エルバルド』。亜人たちの国家。
帝国時代、奴隷として酷い目に遭ってた亜人たちが独立して作った国だ。種族同士の絆を重んじてるとか言うけど、正直、人間に対しては敵意むき出し。特にセリオクスとは犬猿の仲で、魔女と結託してるとか言われてる。まあ、あたしには関係ないけどね。
最後に、『カルディナス』。商業国家だよ。
ここは金! 金が全てって感じの国だね。貿易で儲けた金で最新の武器を開発したり、討伐隊に資金提供したりしてる。でも噂じゃ、裏で魔女と取引してるらしい。要するに、勝つためなら手段を選ばないタイプ。ちょっと尊敬しちゃうよね。
結局さ、この世界は魔女だけじゃなく、人間同士でも争ってばっかり。あたし? あたしはその間で上手く立ち回って、金を稼ぐだけだよ。
正義だの平和だの、そんなのどうでもいい。
目の前の金を稼ぐこと。それだけ考えてればいい。
だって金さえあれば、大抵の事はどうにでもなるんだから。
・・・・
「――だぁーかぁーらぁー!! 謝ってんだから許してくれてもいーじゃんっ!!」
喧騒が絶えない傭兵国家フェルガーナ、その中心部から少し外れた一角で、少女の叫びが夕焼け空に響き渡った。
夕陽が低く沈む街並みは、煉瓦造りの建物が密集し、狭い路地が迷路のように張り巡らされている。舗装された石畳は年月を経て摩耗し、隙間からは雑草が覗く。その雑多な風景の中を、ひときわ目を引く少女が全速力で駆け抜けていた。
長いブロンドの髪が疾風を受けて踊り、腰に下げた布袋からはコインの軽快な音が鳴っている。その少女――レナ・カローネは、走りながらちらりと背後を振り返る。
「ゴルァ!待てコラガキィ!!! 逃げ切れると思ってんのかボケェ!!!」
「いやほんとごめんってば!! ちょっとハジけちゃっただけじゃんよー!! あとあたしはガキじゃねー!!」
振り返った先には、怒号を響かせながら追いかけてくる屈強な男たち――その数、およそ10人。血走った目、剥き出しの筋肉、そして手に握られた即席の武器。彼らの姿に思わずレナは息を呑む。
「あっ、これマジでヤバいやつ……!」
先ほどまで浮かべていた飄々とした笑みは消え、焦りの色が濃くなる。レナの声は、路地にひしめく群衆の中で浮いているように響き渡った。だが、追っ手たちは容赦しない。
事の発端は、とにかくハジけすぎたことだ――
ついさっき、レナはたまたま街の外で見かけた魔女を狩り、その首をギルドに持ち込んでいた。その魔女が中々のワルだったらしく、力自体は大したことなかったのだが、辺境の小さな村や集落などの弱い集団を中心に襲う悪質な個体だった。そんな周辺諸国に悪名を轟かせるクズだったおかげで懸賞金は高額、気が付けばレナの懐は久しぶりに「ほかほか状態」になっていた。
「うっし、久々にぱーっと美味い飯でも食いながら酒でもやるかぁ!」
と、いつもは財布のひもを締めっぱなしのレナも、この時ばかりは気が大きくなり、柄にもなく酒場へ足を向けたのだった。
そう、ここまでは良かった――ここまでは。
問題は、その後だ。
フェルガーナの酒場はいつでも荒くれ者たちの巣窟だ。疲れ果てた傭兵や、日銭稼ぎに精を出すゴロツキたちが集まり、安酒をあおりながら取っ組み合いの喧嘩をするのが日常茶飯事。しかし、そんな中でレナはどこ吹く風、堂々とカウンターに陣取ると酒を頼み――そして持ち前の銭ゲバ精神を発揮してしまった。
「あたしと賭け飲み比べやろうっていう屈強な野郎はいねぇかーー!!こんなかわいい女の子と酒飲める機会そうそうねーぞー!!」
レナの外見は極めて場違いだった。女は酒場にもちらほら見かけるが、年端もいかない少女ときたら話は別だ。侮る要素しか無かった。その場にいた男たちは次々に挑み、しかし、全戦全勝、それも圧勝を重ねるレナ。それも当然、いわく付きの体を持つレナにとって、酒など水にも等しい無味無臭の液体。酔いなど回るはずがなかった。その秘密を知る者はいない以上、勝利は必然だった。
だが、男たちから金を巻き上げるうちに、次第にその勝ち方の「異常さ」が目立ち始める。
「おい……お前、なんかやってねぇか?」
「ガキが酔わねぇわけねぇだろ、この量で……!」
「イカサマしてやがるぞコイツ!!」
詰め寄る男たちに対し、レナは能天気に笑顔を見せて誤魔化そうとする。
「いやいや、そんなことないって! あたしの酒耐性が高すぎるだけだよ――!」
その言い訳は通じなかった。
そして、気付くのが遅すぎた。
彼らがこの街で悪名高い「鉄鉤団」の一員であることを――。
酒場の空気が凍りつき、男たちの表情が一変した時、レナは軽く舌打ちした。そして立ち上がり、カウンターのコインを掴むと、そそくさと出口へ向かう。
「じゃ、あたしそろそろ帰るわ! いい夜をね!」
その背中に浴びせられる罵声。そして、少女と屈強な男達による愉快な追いかけっこが始まった――。
――そして、現在。
「てめえの生首引き摺り回して街中に晒してやるから覚悟しろゴルァ!!」
「いやこえーって!そこまではやんなくていいじゃん!?金なら返すって!」
「それでオレらが納得すると思ってんのかクソガキ!!」
――血気盛んにも程がある。噂には聞いていたが、正直舐めてた。「鉄鉤団」か、次見かけたら関わらないようにしよう。
てか、こっちにも汚い思惑があったから詰められるのは仕方ないにしても、この扱いは流石にひどくねーか?酔わない体質なだけで酒はちゃんと飲んでたのに…。
依然として彼らの叫びが風に乗って耳に届く。だがレナの足は速かった。まるで獲物を狩る前の獣のような身のこなしで、街の入り組んだ路地を逃げ続ける。徐々にだが、彼女の背後を埋め尽くす足音と怒号は遠ざかっているように思える。
レナはさらに速度を上げた。入り組んだ路地はまるで迷路のように複雑で、視界の端で雑然と並ぶ商店や住居が次々と流れ去っていく。路地を埋め尽くすように干された洗濯物が風に揺れ、窓からは住民たちが物珍しそうに顔を出している。通りを行き交う人々が、突然の騒ぎに驚いて次々と道を避けた。
――ここだ。
路地の角を曲がり、咄嗟に近くの建物の窓枠に手をかけ、素早く身を引き上げる。軽々と屋根に飛び移り、静かに息を潜めた。
程なくして、下から男達の声が聞こえた。
「チッ、逃げ足のはえーガキだ! お前らはあっち探せ!」
怒りの混じった叫び声が響き渡る。だが、次第に声は遠ざかり、ついには聞こえなくなった。どうやら撒いたらしい。
屋根の上で足を止めると、レナは胸に手を当てて一息ついた。夕暮れに染まる空を見上げながら、乱れた呼吸をゆっくりと整える。
「ったく、あいつら……命あるだけ感謝しやがれってんだ……」
「――なんで魔法使わないんですか?」
「うお!?」
突然の声に、レナは飛び上がるほど驚き、反射的に身構えた。
咄嗟に腰の袋を握りしめ、振り返った先に立っていたのは――一切の気配も立てず、いつの間にかそこに現れた一人の少女だった。
印象を一言で表すなら――純真無垢。しかし、それを裏切るかのように、彼女の姿には異質さが漂っていた。
漆黒のロングコートは無骨で重厚感があり、胸元には「スペードのA」が描かれた輝くバッチ、その肩越しには黒金の柄を持つ長剣が鈍い光を放ちながら覗いている。その潔白さを象徴する瞳と、背負う武器の不穏な気配は、どこか噛み合わないようでいて奇妙な調和を保っていた。
〈レプリカ〉――。
この異様な風貌を目にすれば、同業者であればすぐに察するだろう。魔女の黒血を体に取り込み、その力を操るよう調整された少女たち。言わば、魔女を模倣して生み出された存在――人間が造り出した対魔女の「兵器」だ。
汚れを知らなそうな澄んだ瞳が、真っ直ぐこちらを見つめている。その視線は無害そうにも見えるが、どこか底知れないものを感じさせた。肩まで伸びた真っ白色な髪が、夕陽を受けて柔らかく輝き、風に揺れている。
「……お前なぁ、いちいち魔法使って急に現れるのマジやめろって」
「ご、ごめんなさい。レナさんが可愛かったから、つい……」
「……」
レナは一瞬、虚を突かれたように口を開きかけたが、すぐに表情を引き締める。
(可愛いなんて言われて許しちゃうとか、絶対ないからな!)
と、心の中で自分を戒める。そう、目の前の少女はいつもこんな調子でレナを褒めちぎってくるのだった。それが純粋な好意からくるものなのか、ただこちらをからかっているだけなのかは知る由もなかった。
レナはため息をつきながら、やや呆れた口調で話す。
「……てか、あんたのその固有魔法って、どう考えてもそんな無駄撃ちしていい代物じゃないよな? こんなとこで使っちゃって大丈夫なのかよ」
「む、無駄撃ちなんかじゃないですよ!だって、レナさんの汗ばんだ脇の匂いからしか得られない栄養素だってありますし――」
「てめぇの変態趣味のために魔法使うなぁぁぁぁ!!」
思わずツッコんだ。
レナは即座に大声を張り上げ、屋根を踏み鳴らした。彼女は口が滑ったとでも言わんばかりに慌てて取り繕う。
「あう!も、もちろん冗談ですよレナさん!」
「……ほんとかぁ?」
レナの疑いの眼差しは緩まない。これまでの彼女の数々の奇行を思い返すと、冗談の一言で片付けられるか怪しいものだ。
何を隠そう、目の前の魔女狩り少女――
フィーナ・テンディスは、自分以外に流れる全ての時間を止めることができる。
彼女がその気になれば、レナの体など好き放題にできるというわけだ。
――そんな変質者疑惑のかかっている少女は、レナの知る限りだとぶっちぎりで最強の魔女狩りだった。
「……あんたの
「あ、いや…『代償』とかそういうのは支払って無い、と思います」
「は?」
レナは絶句した。
フィーナが使える魔法――時間停止。それは目撃するたびに強力すぎると感じていた。圧倒的な力を目の当たりにすれば、自然と疑問も浮かぶ。強すぎる力には、必ず何かしらの「代償」が付きまとうのが常識だ。
そもそも、レプリカの魔力は、基本的にオリジナルである魔女のそれに比べれば大きく劣る。魔女が持つ魔力の多様性や膨大なエネルギーに対して、レプリカは限られた力を効率よく使うために「固有魔法」を設定し、それを出力するのに特化する。
固有魔法とは、魔力の持つ汎用性を犠牲にし、特定の性質を極限まで高める代わりに生まれるものだ。そして、さらにその力を高めるためには「代償」や「枷」を自ら課すのが一般的だった。寿命を削る者、身体機能を損なう者、記憶を失う者――レプリカにおける代償や枷の重さは、魔力の大きさに比例する。
それが「力ある者」の宿命だとされていた。
(『枷』がめちゃくちゃ重いとかじゃ無いと納得できねー……)
そんなフィーナは呆然としているレナを見つめ、何かを思い出したかのように手を打った。
「あ、そうだ。今日はレナさんに伝えることがあって来たんでした」
その言葉に、レナは半ば呆れたように肩をすくめる。
「どうせ、『雇われても無いのに勝手に魔女狩るな』でしょ?」
「もう……分かってるならやめてもらえませんか?」
フィーナは少し眉をひそめながら、小言を続ける。普段の柔らかな雰囲気の中に、真剣さが滲み出ているのが見て取れた。
「しょーがないじゃん。通りかかった村がめちゃくちゃに燃やされてたら、流石に手ぇ出ちゃうでしょ」
レナは目を逸らしながら言った。
フィーナはわずかにため息をつく。
「『討魔協会』に属してないレプリカってだけでも、本来ならあり得ない存在なんですからね。それなのに悪目立ちしてると――いつか討伐対象になっちゃいますよ?」
その指摘には、冷静な警告が込められていた。
討魔協会――正式名称を「レプリカ統括機構」といい、この世界のレプリカを統制・管理する役割を担う組織だ。その目的は、レプリカを軍事力として国家が独占することを防ぎ、あくまで魔女討伐という本来の目的にのみ使用するよう調整することにある。
討魔協会は各地にレプリカを派遣し、その行動を厳格に管理する。そのため、組織に属さないレプリカ――いわゆる「フリーランス」の存在は基本的に認められていない。それは協会の目に留まるだけでも異端扱いされ、敵対勢力や同業者にとっても危険視される対象となる。
つまり、レナの存在は、それ自体が目立てば目立つほど危険を呼び込むのだ。
「はいはい、気をつけるよ」
レナは軽く手を振りながら、流すように答える。
その態度にフィーナの眉が少し動いた。
「もしそうなったら――私が真っ先にレナさんを殺しに行きますから」
静かな声だった。それなのに、その一言が周囲の空気を一瞬で凍りつかせた。
まるで音そのものが消えたように、周囲の喧騒が遠ざかり、風すらやんだようだった。
まるで、時が止まったかのよう、いや、本当に止まっているかもしれない。
背筋にぞわりと寒気が走る。
フィーナの瞳が微かに揺れる。その純粋さを思わせる瞳の奥に、一瞬だけ何か鋭いもの――刃のような感情が覗く。
「……わたし以外に、レナさんは絶対渡さないから」
その言葉には、得体の知れない執着が絡みついていた。声は静かでありながら、どこか歪んだ熱を含んでいる。
レナは無意識に金貨を握りしめた。彼女が冗談を言っているとは到底思えない。
時間が止まったような沈黙が流れる。空気が張り詰め、屋根の上には風の音だけが淡々と響いている――それがかえって異様な静けさを強調していた。
やがてフィーナの表情は穏やかなものへ戻った。それは、場面を切り替えた演劇のような、急激な変化だった。
「じゃあ私はこの辺で戻ります。さようなら、レナさん」
彼女は軽く手を振ると、何事もなかったかのように背を向けた。
「う、うん。じゃーねー……」
動揺を隠しきれないレナは、いつになく気の抜けた声で返事をする。
だが、去ろうとしたフィーナは一瞬立ち止まり、振り返った。
「あ、そうだ。さっきの騒ぎでどうして魔法を使わなかったか、まだ聞いてませんでした。私、気になります」
その問いかけに、レナは一瞬だけ間を置いた。
「あー……あたし、仕事以外で魔法使わないようにしてんの」
「どうしてですか?」
フィーナの無邪気な問いに、レナはほんの少し目を逸らす。そして肩をすくめ、気軽に答えるふりをしながら、真意を隠す。
「……どーしてだろうね。私にも分かんないや」
軽く笑って見せるが、その裏に隠された理由を語る気は今はない。レナは、自分の中にその答えを持っていた――だが、それを他人に明かすつもりはなかった。
フィーナはその答えに満足したのか、再び背を向けて、とんっ、と屋根から飛び降り、やがて姿は見えなくなった。
「……なんであたし、あのバケモンに激重感情抱かれてるわけ?ホントに覚えがねー……」
屋根の上には、再び風の音だけが響いていた。
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