魔女狩り少女は稼ぎたい
池添
プロローグ 黄金の輝き
お金さえあれば、この世のほとんどの問題は解決する。どんなに険しい壁でも、どんなに辛い状況でも、金があれば乗り越えられる。
力が欲しい? 強い武器を買えばいい。それでも足りないなら傭兵でも雇えばいい。
美味い飯が食べたい? 高級な酒場にでも行けばいい。何なら専属の料理人を雇うのもいい。
寒い夜を安心して眠りたい? いい宿とれば、ふかふかのベッドに毛布まで揃えてやれる。もっと言えば、自分だけの城を建てて住めばいい。
――こんな具合に、大体の人間の欲望は金で解決するんだよ。
世の中って残酷だよな。金を持たないやつは見捨てられて、金を持つやつに全部良いことが回ってくる仕組みになってる。金があるやつは笑っていられるけど、ないやつは泣きながら生きていくしかない。それが当たり前。
でも、あたしにはその「当たり前」がむしろ安心なんだよね。金があるかないか、それだけで勝敗が決まるなら、持ってるやつになればいいだけの話だ。そしたら、笑う側に回れるんだから。
金の冷たい感触――硬貨の手に馴染む重みとか、最高に気持ちいい。それを手に入れた瞬間の高揚感。あの時だけは「ああ、生きてるな」って実感できる。
汚い? 欲深い? だから何だよ。金がなきゃ何も始まらない。
あたしが魔女狩りをやってるのだって、別に正義のためでも復讐のためでもない。あたしにたまたまその才能があって、それがめちゃくちゃ稼げるからやってる。それだけ。シンプルだろ?
金こそが、この世界で唯一信じられる「力」だよ。それ以外に信じるものなんていらない――あたしが生きてる理由も、それで十分だからさ。
「金は嘘をつかない。それだけで、愛おしさ満点だよな?」
・・・・
夜空を赤く染め上げる炎。
辺境の小さな村は、燃え盛る火の海の中で崩れ落ちようとしていた。人々の悲鳴は既に聞こえず、ただ風に乗る焚き木のような臭気と、生焼けになった肉の異臭だけが漂っている。それは、村がかつて存在していたという痕跡の最後の残り香だった。
その炎の中心に、一人の少女が立っていた。
「うえっ!やはり人間が焼ける匂いは悪臭極まりないですわー!」
少女――この世界では「魔女」と呼ばれる存在は、長い赤髪を靡かせながら、満足げに村の残骸を見渡していた。その赤い瞳には、狂気にも似た輝きが宿り、その端正な顔立ちはどこか幼さを感じさせる。しかし、その仕草や言葉には恐ろしいほどの異常性が滲んでいた。
「でも、それがまた癖になってたまらんのですわー!」
その時、皮膚を焦がすような炎の熱気の中、崩れ落ちる民家の一つから、小さな影が飛び出してきた。すすで全身汚れた少年が、怯えた様子で悲鳴を上げながら全力で走り出す。
魔女はそれを見逃さなかった。
「あら、追いかけっこですの! お相手になりましょう!」
そう言って猟奇的な笑みを浮かべると一歩足を踏み出した。次の瞬間、その華奢な体躯からは想像もできない速度で少年の背後に追いつく。その動きは、常人では辛うじて目で追えるかどうかの速さだった。
「おっそいですわね〜」
魔女はそう呟くと、少年の肩にそっと手を置いた。その動きは驚くほど優雅で、まるで何気ない挨拶を交わすかのようだった。
「ワタクシの勝ち、ですわ」
――刹那。
少年の身体が勢いよく燃え上がる。悲鳴を上げる暇もなく、彼は瞬く間に黒焦げとなり、その場に崩れ落ちた。
「全く、貧弱な生物ですわねえ、人間というのは。もっとワタクシを楽しませるような奴はいないのかしら」
瓦礫を踏みしめながら一人呟き、くつくつと笑う。その赤い瞳は、新たな「遊び相手」を求めるかのように周囲を見回していた。
――その時。
背後から迫る殺気。
魔女は反射的に反応し、軽やかに身を翻す。鋭い刃が彼女の耳元をかすめ、火花が一瞬弾けた。
「おっと! 不意打ちとは、中々食えないことをしますわね!」
振り返った魔女の目の前には、一人の少女が立っていた。
クセのある長いブロンドヘアが乾いた風を受けて揺れる。その手には黄金に輝く長剣が握られ、その切先は真っ直ぐに魔女を指していた。
「くっそー!もうちょいで一撃金貨三枚は固い激アツ案件だったんだけどなぁ!」
この地獄のような風景には場違いだと思えるほどの明るい声が響く。その言葉には悔しさと挑発的な響きが含まれていた。
魔女の唇が、ゆっくりと弧を描く――。
「あらあら。あなたもしかして、魔女狩りさん?」
魔女の声は柔らかく響くが、その裏には嘲笑と威圧が込められていた。
その問いかけを無視し、少女は周囲を一瞬だけ見渡す。
崩れた建物、燃え盛る炎。その中に転がる無数の遺体。黒く焦げた肉塊や、無惨に折れ曲がった四肢。それらがすべて、この場で何が起きたのかを物語っている。
「なあ。これ、全部あんたがやったん?」
聞くまでもないことを、気まぐれに少女は問いかける。その言葉は軽い調子でありながらも明確な敵意が滲んでいた。
魔女はその問いに対し、胸を張り、誇らしげに笑みを浮かべる。
「ワタクシを誰だと思っていますの?かの偉大なる〈業火の大魔女〉、カルディナ様よ!ワタクシ以外にこの芸術を作り出せるとでも?」
大仰に手を広げながら張り上げる魔女の声には、確信と狂気が絡み合っている。まるで、この破壊が芸術品であると本気で信じているかのように。
少女はその言葉を聞き流すように、手にした金色の剣を肩に担ぎ、ふっと気の抜けた笑みを浮かべた。
「うん、りょーかい!そういうことなら気が楽で助かるわー」
彼女の目が鋭く光る。その瞳には、確かな殺意と決意が宿っていた。その目つきは、炎の中で揺れる金貨のように冷たく輝いている。
「――あんたみたいなクズ魔女は、後腐れなくぶっ殺せる」
「えらく大口を叩きますわね、小娘」
魔女はその言葉に興味を示したように、赤い瞳を細め、口元に微笑みを浮かべる。
「人間風情が、このワタクシに勝てるとでも?」
少女を値踏みするような視線を向ける。その眼差しには、格下の存在を侮る傲慢さと、少しばかりの好奇心が入り混じっていた。
だが、少女はまるで意に介さないように軽く答える。
「うん。あと一応忠告しとくけど、あんま人間舐めない方がいいぞー。――まあ、今のあたしが人間かどうかは怪しいところだけど」
その言葉に、魔女の瞳がわずかに揺れる。
「あなた、まさか」
魔女の言葉を遮るように、少女は軽やかな動きで剣を構え直した。その動作には一切の無駄がなく、明確な殺意が込められていた。
「さーて。サクッとあんた殺して、ガッツリお金稼いじゃいますかね」
燃え盛る炎を背景に、二人の少女が向かい合う。緊張が満ちる中、夜空を裂くように冷たい風が吹き抜け、舞い上がった火の粉が儚く消えた。
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