1章ー⑤

「高坂さんもそうだけど、神崎さんにも親衛隊がいるんだよ」

 自社ブランドのモデルも務める、社交的で華やかな美しさを持つ美玲。

 一方。一度も染めたことがないだろう美しい黒いストレートの髪に、柔らかな雰囲気を持ち、おとなしく白が似合いそうなはかなげな美しさの瀬那。

 よく図書室にいることから、図書室の天使とひそかに呼ばれていたりする。

 本を読むのが好きなのはよく知られており、成績も優秀という話だ。

 社交的な美玲とは違い、男子生徒が瀬那に声をかけるのはハードルが高いのか、たかの花のごとく遠くから見守られていた。

 学校内でも特に人気の高い二人には、彼女たちのファンで結成された親衛隊なるものが存在する。

 親衛隊に入ると瀬那と話ができる機会に恵まれるかもと入会者が後を絶たないとか。

 瀬那本人は美玲のおまけと気がついていないようだが、美玲と人気を二分するほどの人気があり、瀬那の親衛隊は美玲の親衛隊より団結力が強いと有名である。

 親衛隊に入っていなくとも、あのれんな容姿にかれる男女は多い。

 しかし、見た目に反して案外はっきりと物を言うタイプのようで、そんなギャップも性別問わず人気の理由だとか。

「その親衛隊が決めたいくつかの決まり事があるんだ。その中でも特に守らないといけない決まりが鉄のおきて。その内の一つが、神崎瀬那が読書をしている時は、騒がない、話しかけない。そして昼休みには非常階段には行かない。その二つは親衛隊以外にも守るようにって周知されているんだよ」

「へえ、つまり愛菜はその読書中に話しかけて、鉄の掟を破ったってことか」

 納得したような総司に瑠衣はうなずく。

「そういうこと。破ったら親衛隊から警告されるって話。まあ、愛菜は俺たちと一緒にいるから大丈夫だと思うけど、今後も掟を破るようならなにかしらの対応をしてくるかもね」

「返り討ちにすればよくね?」

 総司は簡単に言うが、そうはいかないのだ。

「親衛隊の中には、学校内にとどまらない影響力を持つ奴もたくさんいるんだ。それにノワールの人間にも親衛隊とかけ持ちしている奴がいるしね。なにより生徒会が厄介だ。神崎さんとは仲がいいようだし、彼女になにかあれば動いてくるよ」

 生徒会はこの学校で強い発言力がある。

 教師でも生徒会の決定には逆らえないほどに。

 それは、学校を作っていくのは生徒という、この学校を作った一条院家の方針があればこそなのだが、そうでなくとも生徒会の人気は絶大で、瑠衣たちでも下手に手は出せない。

「だから、もう彼女には関わるな。分かったね、愛菜?」

「でも、私瀬那ちゃんと仲良くなりたい」

 まだ言うのかと、瑠衣は少しイラッとした。

「愛菜がそう思っていても彼女はそう思っていないよ。現にもう彼女は愛菜のことなんか興味から外れてるじゃないか」

 美玲のそばで読書を再開した瀬那の姿をちらりと見る。

 もうこちらには見向きもしていない。

「……ひどい。ねえ、そう思わない、枢君?」

 愛菜が問うが、枢はにもかけない。視線すら向けなかった。

 これがいつもの枢の愛菜に対する反応だが、愛菜はショックを受けている。

「愛菜。枢を巻き込むな」

「だって! あの子……っ」

 愛菜は直後なにかを言おうとしたが、言葉をみ込むようにして黙る。

 少し厳しく言い過ぎたか、愛菜は目に涙をめ始めた。

 しかしこれぐらいはっきりと言わないと、愛菜は理解しないことを瑠衣は分かっていた。

「そんなに女子の友達が欲しいなら、俺たちから離れればいいだろう? そうすれば、神崎さんは無理だけど他の女子の友達はできるんじゃないの?」

「やだ、枢君たちと一緒にいる!」

 愛菜は『枢君たち』と、あたかも三人同列だと告げているが、本当は『枢』が重要であることを瑠衣と総司は気づいていた。

「でも、女の子の友達も欲しいんだもん」

 今にもあふれそうなほど目に涙を溜める愛菜に、瑠衣は何度目か分からないため息を吐く。

 そんな中、空気を読まない総司が口を挟む。

「ところでさ、瑠衣」

「なに?」

「読書を邪魔するなってのは分かったけど、なんで昼休みに非常階段に行ったら駄目なんだ?」

「ああ、なんでも昼休みには神崎さんがそこでお昼ご飯を食べてるらしい。騒がしいのが好きじゃない彼女が、人の来ないそこで食べるようになってから、親衛隊が立ち入り禁止にしたそうだよ」

「ふーん」

「興味ないなら聞くなよ」

「いや、なんとなく?」

 二人の話はそこで終わったが、愛菜の方は先ほどの話に納得していない様子で、ちらりと瀬那に視線を向けた。

 そこにあるわずかな負の感情を見つけられた者は今のところいなかった。


    ***


 あれからというもの、愛菜が瀬那に話しかけてくることが多くなった。

 瑠衣に注意されたため、瀬那が読書をしている時に話しかけることはなくなったが、用もないのに話しかけるのはやめて欲しいと瀬那はげんなりしていた。

 彼女と仲良くなる気などまったくないのだ。

「ねぇ、瀬那ちゃん」

 なにか彼女の興味を引くようなことをしただろうか。

 まったく覚えがなく、瀬那は首を傾げるのだった。

「瀬那ちゃんは好きな子とかいるの? 私ねぇ、友達と恋バナするのが夢なの。ねっ、どうなの?」

「いないから」

「えー、絶対いるよ。意地悪しないで教えてよー」

 いないと言っているのになぜ噓だと言い切るのか。

 そんな親しい間柄でもないのに、瀬那のなにを知っているというのだろう。

 たとえ好きな人がいたとしても、仲がいいわけでもない人間に話すわけがない。

 それでもなお、ずけずけと立ち入ってくる無神経さとれ馴れしさに嫌気がさす。

 こういう人は苦手だと瀬那は再確認した。

 その点美玲は、明らかに嫌がっている相手に無理やり踏み込んで来たりしない。

 瀬那が読書をしたいなと思い始める頃合を計ったように、それとなく離れて時間を作ってくれる。

 美玲に友達が多いのは、彼女の性格のよさと気遣いができることによるものだろう。

「瀬那ちゃん」

 計ったように美玲から声がかかると、ほっとしたように瀬那は立ち上がる。

「呼ばれてるから行くわ」

「えっ、瀬那ちゃん」

 呼び止める声がするが、もうこれ以上愛菜と会話したくない瀬那は構わず美玲の下に行く。

「ありがとう」

「最近しつこいわね、あの女。瀬那ちゃんがうつとうしがってるのが分からないのかしら。もう近付くなってはっきり言っちゃう?」

「うーん、でもあんまり強く言って泣かれでもしたらね……。自分の彼女が泣かされたってなったら、一条院さんが出てくるでしょう?」

 美玲は嫌いな相手には容赦がないので、確実に泣かすまでいきそうだ。

 一条院枢が出てくるのだけは絶対に避けたい。

 いくら美玲でも枢相手には対抗できないだろう。

 瀬那も頼まれたって嫌だ。

「えー、違うよ、瀬那ちゃん。新庄さんは一条院様の彼女じゃないって」

「そうなの? だって彼女には名前で呼ばせてるから、てっきり……」

 女子には下の名前で呼ばせていない枢が、唯一名前で呼ぶことを容認しているのだから、それだけ愛菜は枢の特別な人なのだろうと思ったのだが、美玲によると違うようだ。

「だって、瀬那ちゃん。彼女と話してる一条院様が笑ってるの、見たことある?」

「……ないかも」

 瀬那は、愛菜と枢が話している姿を思い返してみてそう答えた。

「でしょう! 普通、彼女相手なら笑うでしょう? でも、話している場面はよく見るけど、それも新庄さんが一方的に話してるだけだし、一条院様が彼女の相手をしてるの見たことないもの。あれで彼女なんて、ないない」

 確かに美玲の言う通り、枢が笑った場面は見たことがなかった。

 恋人と話していればもう少し表情が緩むはず。

 しかし、愛菜が枢に話しかけていても表情一つ変えないどころか、視線すら向けないのだ。

 恋人同士と言うには無理があるかもしれない。

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