1章ー④

愛菜は勘違いしていることが多すぎる。

 そもそも瀬那は一人で静かに読書するのが好きなだけで、友達がいないわけではない。

 美玲と特に仲がいいが、他にもこの教室内に話をする子はいるのだ。

 一人に見えたのは、美玲たちが読書の邪魔をしないため、話しかけないようにただ気を遣ってくれていただけ。

 他の時ではそれなりに友人たちとおしゃべりを楽しんでいる。

 その場面を愛菜が見ていないだけだ。

 そして一番の勘違いは、瀬那は彼女と仲良くする気も友人になる気もないということ。

「そもそも、私ですら瀬那ちゃんと話したいのを邪魔しないよう我慢してるのよ。それなのに、あなたにその時間を取られてなるものですか」

「そうよ、私も神崎さんに話しかけたいの我慢してるのよ」

「私だって!」

 怒る美玲に、次々と美玲の友人たちも声を上げていく。

 読書優先にしていたが、もう少し読書を控え、美玲や他のクラスメイトと話す時間を作るようにすべきだなと、瀬那は申し訳ないと反省する。

 別に美玲たちならば話しかけてきてくれてもいいのだが、気を遣わせてしまっているらしい。

 逆に、気を遣うという言葉を知らない愛菜は理解できない様子だ。

 枢たちと行動をともにしているからだろうか。

 枢のついでではあるが、なにかと優先してもらえることが多いからなのか、愛菜は人の機微に疎い気がする。

 自分中心に世界が回っているとまではいかないが、その一歩手前ぐらいにはいそうに感じた。

 だから、美玲たちが遠慮している意味が分からないでいる。

「話しかけたいなら話しかければいいじゃない」

「だから、瀬那ちゃんの読書の邪魔をしないためなの。それなのにあなたってば、相手のことも考えずずけずけと。まさかと思うけど鉄のおきてを知らないんじゃないわよね?」

 話がなかなか通じない愛菜に、美玲もあからさまにいらってきているのが分かる。

「鉄の掟?」

 愛菜はきょとんとする。

 その様子を見るに、知らないようだ。一年生の頃に作られた、親衛隊の鉄の掟はけっこう周知されていたと思っていた。

 もう三年目になるというのに愛菜が知らないのは予想外だ。

 いや、枢たちといるせいで教えてくれるような同性の友人がいないので、それも仕方がないのかもしれないが。

「はあ……」

 美玲は、おおなほどにため息を吐く。

 いつの間にか教室内の生徒はこちらの騒ぎに注目していた。

 枢たちのグループも。

 美玲は、その枢たちの方へと顔を向けた。

 正確には枢といる、瑠衣にだ。

「和泉さん、この子引き取ってくれます? あなたは鉄の掟のこと知らないはずありませんよね?」

 瑠衣はやれやれと仕方なさそうに席を立つと、こちらへと向かってきた。

 その一挙一動にクラス中の視線が注がれている。

 そんな視線を受けながらも堂々としている瑠衣は、さすが普段から見られ慣れているといったところか。

「もちろん知っているよ」

「親衛隊と生徒会を敵に回す気がないのなら、この子にちゃんと言って聞かせてもらえますか?」

 にっこりと微笑みながらすごむ美玲の目は笑っていない。

 しっかり面倒見とけよ。という副音声が聞こえてきそうだ。

「分かった。二度と神崎さんの邪魔をしないように言い聞かせておくよ」

「お願いしますね」

 瑠衣に対して強気な美玲に瀬那は感心する。

 枢と比べれば話しやすい瑠衣だが、それでもこの学校のヒエラルキーのトップにいる人物だ。

 彼にこれほど強気に話せる者はほとんどいないだろう。

「愛菜行くよ」

「えっ、でも……」

「いいから。あんまり手間かけさせないで」

 若干の苛立ちを含ませて愛菜の腕をつかむと、ほぼ強制的に引っ張って瑠衣は席へと戻っていった。

 瀬那は頼むからもう来ないでくれと思いながら、視線を美玲に戻す。

「ありがとう、美玲」

「どういたしまして。それにしても、瀬那ちゃんの読書を邪魔するなんてある意味つわものだわ」

「そこにぼっちがいたから、同じぼっち同士で友達になれると思ったんじゃない? 私は好きでぼっちになってるんだけどなぁ。まさかあわれまれるとは……。まあ、実際にぼっちだったとしても、絶対に彼女と友人になるのは遠慮したいんだけど……」

「そりゃあそうでしょ。あの子自分に友達いないのが、一条院様たちといつも一緒にいて女の子に嫌われてるからって、本当にそのせいだけだと思ってるのかしら。だとしたら相当おめでたい頭してるって」

 否定はしない。

 よく言えばてんしんらんまんで人懐っこい子。

 悪く言えばれ馴れしく他者への配慮がない空気の読めない子。

 いいように取れればいいが、瀬那には無理だった。

 仲のいい美玲とも、ある一定の距離感を欲する瀬那にとって、あの馴れ馴れしさは受け入れがたい。

 一条院枢たちと親しくしていることによって、女子生徒たちからしつを向けられていることは否定しないが、彼女に友達がいないのは彼女から頻繁に飛び出す空気の読めない発言が一因となっている。

 天然な、言葉での攻撃。それにより相手を逆上させることもしばしばあり、本人はなぜ相手が怒っているか分かっていないのだからたちが悪い。

 そうして離れていった友人は一人や二人ではないと聞く。

 それが嫌われている原因の一つになっているのだが、本人は枢たちと仲良くしている故の嫉妬だと思っているのだ。

 そんな空気の読めない人間といては、どんな面倒に巻き込まれるか分からない。

 もう近付いて来ないことを瀬那は静かに祈った。


    ***


 不満げな愛菜を連れて瑠衣が席へ戻る。

 そこにはすでに興味を失った様子の枢と、なにが面白いのかニヤニヤと笑みを浮かべる総司がいた。

 席に座ると、瑠衣は愛菜に説教を始める。

「なにしてくれてるの? 高坂さんといさかいを起こすのは面倒だから止めてくれる? 彼女には親衛隊とか味方がたくさんついてて、俺たちでも下手に手が出せないんだから」

「私はただ、女の子の友達が欲しくて。いつも一人でいる瀬那ちゃんなら私と友達になってくれるかなって思って」

 まったく反省の見えない愛菜に、瑠衣はため息を吐く。

 いったいどうしたら、彼女なら大丈夫と思ったのか理解ができなかった。

 瀬那に手を出すのは美玲よりもっと悪いことを瑠衣は知っている。

 愛菜は女の子の友人がいないので噂に疎いのかもしれないが、鉄の掟を知らなかったとは瑠衣も思わなかった。

「神崎さんは別に愛菜と違って友人がいないんじゃない。むしろ顔は広い方じゃないかな。友人も多いし、彼女と話したがる人は多いよ。でもそうしないのは鉄の掟があるからだ」

「さっきも聞いたけどなに? その掟って」

 どうやら愛菜は本当に知らないようで、上目遣いに問う彼女に、瑠衣は再びため息を吐いた。

「俺も知らねえ、なにそれ?」

「お前もか、総司」

 瑠衣はちらりとうかがうように枢に視線を向けたが、特に反応はない。

 そういうのには興味がないから知らないだろうなと、すぐに視線を外した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る