1章ー③

 三年生になってから早数日。

 新しいクラスになったものの、特に目立った出来事のない生活を送っている。

 読書が好きな瀬那は、休み時間になっても周囲の子たちのように特に誰かと談笑をするでもなく、自分の席に座って本を開いていた。

 人付き合いが嫌なわけではないが、ただ本を読むのが好きなのだ。

 それを分かっている美玲は、瀬那の邪魔はせず、他の友人たちと話している。

 社交的な美玲は、瀬那以外にもたくさん友人がいるので困ってはいないようだ。

 当初懸念していたようなやかましさもなく、安心して読書に励むことができていたのだが、この日は違っていた。

 瀬那にとっては最悪と言ってもいいかいこう

「ねえ……」

 外界を遮断し、本に集中していた瀬那に声がかけられたようだが、瀬那はそれに気付かなかった。

 そして突如、肩を揺さぶられる。

 さすがにこれだけされれば気付くが、逆を言えばこれぐらいしなければ気がつかないほど集中していたということ。

 瀬那が本から顔を上げると、女の子が目の前にいた。

 自分の魅力を理解し、よく見せるようにかんぺきだしなみを整えている美玲とは違い、化粧っ気はないが、小動物のようなあいきようのあるかわいらしさを持った女の子。

 その子が誰だか知っている瀬那は、思わず顔をゆがめそうになった。

「なにか?」

 予想以上に低い声が出てしまい、瀬那は我が事ながら内心で少し驚く。

 しかし瀬那にとって大好きな読書の時間を邪魔されたせいもあるのだからいたし方ない。

 だが、彼女は特に気にした様子もなく、にっこりと微笑む。

「私、しんじようって言うの!」

 だから?

 思わずそう口から出そうになったが、瀬那はすんでのところで言葉をみ込んだ。

「知ってます」

「そうなの? うれしい」

 まだ新しくなったクラスメイト全員を覚えきってはいないが、新庄愛菜は有名なので、瀬那に限らず知らない方がおかしい。

 神宮寺総司の幼なじみで、彼ら三人とよく一緒に行動している女の子。

 一条院枢を『枢君』と唯一下の名前で呼ぶ女の子で、彼らのファンである学校中のほとんどの女子生徒から嫌われていると言っても過言ではない。

 それ故に、彼女には女の子の友達は一人もいないようだ。

 ならば男子生徒からはどう見られているかと言うと、総司のおさなみということで、目立った接触を図ろうとする者はいないようだ。

 愛嬌のある性格をしているので異性からの人気はありそうなものだが、いかんせん、一緒にいる三人の威光が大きすぎた。

 それに、伝え聞いたところによると、一条院家の足元には及ばないものの、それなりに大きな会社の社長令嬢なのだとか。

 総司と一緒に行動しているのも、総司の親がその会社に勤めているからだという話だ。

 そのことに対して、立場を利用して三人の近くにいると不満の声をあげる者は多い。

 まあ、だからといって、なにかが変わるわけではない。

 なにせ愛菜は枢のことを名前で呼ぶぐらいなのだから、二人は付き合っているのだろうと瀬那は思っていた。

 そんな学校のピラミッドのトップにいる三人に一番近い女の子だ。

 瀬那もそんな厄介な人間とは関わりたくはなかった。

 いったいなんの用なのか、瀬那は嫌な予感がしてならない。

「あなたいつも一人でいるでしょう? 私もね、女の子の友達いないの。よかったら仲良くして!」

 瀬那の嫌な予感が的中して、いっそ気を失いたくなった。

 引きつりそうになる頰を必死で抑える。

 頼むからあっちへ行ってくれと念じるが、瀬那の心の声が伝わるはずもなく、愛菜はニコニコと笑みを浮かべている。

「ねぇ、あっちで一緒にしゃべろう?」

 そう言って彼女が指し示すのは、枢たちがいる席。

 冗談ではないと、今度こそ引きつる口元が隠せなくなった。

「ごめんなさい。私、本読んでるから」

「いいじゃない、そんなの後でいくらでも読めるんだし」

「遠慮しておきます。今面白いところだから」

「いいから、ほら早く」

「ちょ、ちょっと──」

 人の話を聞かず、無理やり立たせようと手を引っ張る彼女に、瀬那はイライラとしてきた。

 手を振り払おうかと考えていると、まるでそんな瀬那の心を読んだかのようなタイミングで美玲の声がかかる。

「瀬那ちゃん」

 瀬那のところに来た美玲は、雑誌の表紙を飾っているれいな笑みを浮かべながら、瀬那をつかんでいた愛菜の手を容赦なく振り払う。

「きゃっ」

 小さく悲鳴を上げた愛菜に構わず、美玲は瀬那の手を取り立たせると、瀬那が読んでいた本を回収して、先程まで美玲が話していた友人たちのところへ行く。

 そばにある机の上に本を置くと、にっこりとかわいらしく笑った。

「さっ、瀬那ちゃん読書続けてね」

「ありがとう」

 さすが美玲だと、瀬那は感謝と共に愛菜への容赦のなさに思わず笑ってしまう。

 口を挟んできたタイミングといい、瀬那が彼女と関わりたくないと思っていることをよく分かっている。

 いや、恐らくこの教室にいる全女子が彼女と関わりたく思っていないからこそ、瀬那の心も察してくれたのだろう。

 美玲もまた、社交的ですでにクラスメイトのほとんどと交流を持つまでになっているが、愛菜にだけは近づいていなかった。

 それは枢たち三人についても同様だが、彼らは別次元の住人なので、関わらないのは美玲に限ったことではない。

 安心して席に着こうとした時、愛菜が不服そうに後を追いかけてきた。

「ひどい! 瀬那ちゃんは私としゃべろうとしてたのに、どうして邪魔するの?」

 いつから名前で呼ぶほど仲良くなったんだと、瀬那は心の中でツッコむ。

 勝手に瀬那ちゃんなどと呼ばないで欲しいと、嫌悪感を抱く。

 ここで口を挟まなかったのは、すでに美玲が臨戦態勢に入っていたからだ。

 美玲は彼女を見下すように鼻で笑う。

 美玲は悪役顔もよく似合う。そう言ったら落ち込むだろうか。

 いや、美玲の性格上、逆にノリノリで悪役をしてくれそうではある。

 今もまさに気合いすら感じるほどに愛菜をあおっていた。

「どう見ても瀬那ちゃんが嫌がってるのに、分からないの?」

「そんなことないわ。瀬那ちゃんだって友達がいなくて寂しいに決まってるじゃない。いっつも一人でかわいそうだなって思ってたの」

 勝手にかわいそう認定された瀬那は内心複雑だった。

「だから友達になろうと思って話しかけただけなのに、私が話しかけた途端に瀬那ちゃんにかまうなんてひどい! 枢君といる私が気に食わないのは分かるけど、私が友達を作ろうとするのまで邪魔しないで」

「別にあなたが一人なのは一条院様と一緒にいるだけが原因じゃないって気づいてないの? あなたそんなだから友達できないって気付いた方がいいわよ。もう少し周囲に目を向けて人の気持ちを考えないと、いつまでも友達できないわよ」

 美玲に激しく同感する瀬那と同じくうんうんとうなずくのは、美玲の友人たちだけでなく教室内にいた関係ない女子たちもだった。

 

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