1章ー②

 新しいクラスとなる三年C組に足を踏み入れる。

 ざわざわと騒がしい教室内には、先程いた枢たちがすでに来ていた。

 女子生徒たちはちらちらと彼らの方に視線を向けては、きゃあきゃあと小さく騒いでいる。

 気にはなるが彼らに話しかける勇気はないのか、ただ見ているだけだ。

 瀬那も用がないのに話しかける気はさらさらない。

 新しいグループを作り始めている生徒たちをしりに、瀬那は静かに自分の席に座る。

 決して友人が欲しくないわけではない。

 けれど瀬那は本を読む一人の時間が好きなので、あまり積極的に友人作りに励もうとはしないだけ。

 それに先程見たクラスの名簿の中には、友人の名前が載っていたのを確認していたために気持ちに余裕があった。

 そうでなかったら積極的にあいさつをして回っていたはずだ。

「瀬那ちゃーん」

 教室に入ってくるやいなや、かわいらしい笑顔で手を振り瀬那の下に駆け寄ってくる女の子。

 その女の子の登場で、にわかに教室内にいた男子が沸き立つ。

「わっ、れいさんだぜ」

「よっしゃ、同じクラスなんてラッキー」

 そんな男子生徒の声が聞こえてくる。

「三年になってようやく瀬那ちゃんと同じクラスになれたよ。嬉しーい」

「うん、私も嬉しい。一年間よろしくね」

 はにかむ瀬那に嬉しそうに抱きついてくる彼女、こうさか美玲は、服飾ブランドの社長令嬢だ。

 自社ブランドの専属モデルも務める美玲は、かなりの美人。

 ミルクティー色の髪をれいに巻き、スタイルもいい彼女は、男子生徒だけでなく女子生徒からもあこがれのまとである。

 美玲とは、まだ中学生だった頃、兄についていったとあるパーティーで出会った。

 周囲は大人ばかりの中、同じぐらいの年齢の子が瀬那と美玲だけだったことから話をしていると、美玲はお嬢様とは思えない気さくでサバサバとした性格で、思いのほか気が合い交流するようになった経緯がある。

 そうしたら瀬那は、美玲が小学生から通っている一条院学園に高校から入学すると互いに分かり、驚くと共に喜んだ。

 そんな美玲は生徒会にも入っており、副会長を務める彼女には親衛隊なる者も存在するほどだ。

 それについては瀬那も納得なのだが、まったくもって謎なことに、なぜか瀬那にも親衛隊がひそかに存在していた。

 しばらくそれを知らずに過ごしていた瀬那が親衛隊の存在を知った時の驚きと言ったらない。

 なにせ美玲とは違うごくごく普通の女子高生なのだから。

 本当にいつからそんなものができたのか、作ったのは一体どこの誰か不明だが、瀬那が気付いた時にはしっかりとルールまでできあがっているという徹底ぶりには舌を巻いた。

 もはや瀬那の意思を無視して、小さな組織としてなりたっていたのだ。

 美玲はモデル活動もしているので、ファンクラブみたいなものだと、気にしていないどころか静かな学校生活を送るためのウィンウィンな関係を親衛隊と早々に築いていた。

 しかし、何度も言うが、瀬那は一般人。

 即時解散を求めたものの、泣きながら「お願いしますぅぅ」「後生ですから!」「嫌なことはしませんから!」とすがられた。

 はっきり言ってうれしいどころかドン引きである。

 あまりにも必死になって存続を求めるため、迷惑をかけないことを条件に認め、晴れて公認となったものの、自分にも親衛隊がいることに瀬那は首を傾げる。

 だが、よくよく考えると、きっと美玲とよく行動をともにしているから一緒くたにされたのだなと思うと、深く納得した。

「それにしても、一条院様がいるからかノワールのメンバーが多いわね」

 美玲が教室内にいる男子生徒たちの顔を確認しながらそう話す。

「そうなの?」

「瀬那ちゃんって、そういうの興味なさそうだもんね。知らなくて当然か」

「失礼な。さすがに誰が入ってるかまでは分からないけど、一条院さんの取り巻きってことは知ってるし」

「それ、この学校に通っていれば誰でも知ってる最低限のことだよ」

 一条院枢に憧れ、集った者たちをいつからかノワールと呼ぶようになった。

 少々不良な集団のようで、夜中にバーに集まって騒いだり、町の不良とけんをしたりしているという噂である。

 あくまで噂なので、事実かどうかさだかではない。

 しかし、枢のもとに統制が取れているので、一般人に被害が及んだという話は聞いたことはない。

 もっぱら喧嘩の相手となるのは、目立つ枢やノワールというグループが気に食わない、この辺りの地区にいる暴走族や不良と呼ばれるたぐいの人たちなのだが、返り討ちに遭って解散した暴走族は数知れないとか。

 むしろ治安がよくなったと感謝する人たちすらいるという。

 そんなノワールに所属している生徒は思いのほか多い。

 学校に通っている男子生徒の三分の一は所属しているとかいないとか。

 そこも噂なので瀬那は詳しく知らない。

 けれど、枢を慕う人間が多いのは確かな情報だ。

 一年生、二年生はもちろんのこと、瀬那は枢とは違うクラスだったにもかかわらず、男子たちの間で枢を尊敬する言葉が飛び交っていたから瀬那も知っていた。

「ここって進学校なのに、よくそんな不良集団に入るよね。そんな時間があるなら勉強しなさいよって思うんだけど」

 瀬那が素朴な疑問を口にする。

 とはいえ、枢はその容姿だけでなく、成績も運動神経も優れているハイスペックさ。

 天は二物を与えずとは噓だと自身で証明しているような存在だ。

 そんな枢がわざわざノワールのために作った〝ノワール〟というクラブが繁華街にあるらしい。

 そんなことのためにお店一つ作ってしまうのだから、さすが天下の一条院グループの御曹司といったところか。

 そこで彼らは夜遅くまで騒いでいるらしいのだが、よく勉強に置いていかれないなと瀬那は感心してしまう。

「まあ、確かにね。でも純粋に一条院様に憧れてノワールに所属しているわけではない人もいるみたいだよ」

「どういうこと?」

「将来のために一条院の御曹司に顔を覚えてもらおうっていうね。簡単に言うとびを売ってるのよ」

 美玲が苦笑交じりに説明する。

「ああ、なるほど」

 その説明に対して、瀬那は深く納得する。

 多少勉学を引き替えにしても、不良集団に所属する価値はあるのだろう。

 それだけ一条院とは魅力的な名前なのだ。

 特に関連企業が多くあるこの町では。

 まあ、顔を覚えてもらえればの話だが。

 枢を見る限り、媚びを売られて喜んでいるようには思えない。

「一条院家の御曹司も大変ね」

 瀬那は完全に他人ひとごとだ。

「まっ、あの一条院に生まれたんだからそういうやからがついて回るわよ。私の家の規模の会社でもそういう媚びを売ってくる人たちがいるんだから、一条院となったらそれ以上でしょうね。私は一年の時に一条院様と同じクラスだったんだけど、そういう人たちがあふれてひどかったもの」

「あんまり教室内で騒がれるのは嫌だな。本がゆっくり読めない」

 瀬那のけんしわが寄る。

 本を読む時間は瀬那の至福の時間だ。

 離れて暮らす両親──特に父親が本の虫だったことに強い影響を受けていると思っている。

 瀬那の父親は知る人ぞ知る文学作家なのだ。

 父親と外に出て遊ぶことは少なかったが、本を通して感想を言い合ったりして親子の交流となっていた。

 父親との大切で楽しい時間は瀬那の記憶に強く印象付けられ、今の瀬那を形作っている。

 瀬那にとってもはや本は、衣食住と同じぐらい大事な生活の一部と言っていい。

 うるさくされてそれを邪魔されるのは困る。

「それなら大丈夫よ。親衛隊の『鉄のおきて』は周知されてるはずだし。現に瀬那ちゃんがいるからか、いつもより女の子たちも大人しいよ。私が一年の時はこんなもんじゃなかったもの」

「だといいんだけど」

 十分うるさいと思う瀬那だったが、同じクラスになったことのある美玲がそう言うのだからそうなのだろう。

 親衛隊などというものに対して少々恥ずかしいという思いがあるが、静かな学校生活を守れるなら親衛隊も悪くはない。

 そこで先生が入ってきたので話を切り上げた。

 瀬那の高校最後の一年が始まる。

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